コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「……わ、わたし、生きてる……?」
3700年ぶりにまぶたを開いた翠の第一声は、そんな当たり前のようで、まったく当たり前じゃない言葉だった。
「よっ、おはようさん。生態学者。ま、生きてるっつーより……復活って感じだな」
目の前にいたのは、妙に理屈っぽい口調の少年。
口悪い。白菜。目つきシャキーン。
(え、誰この人……石化したのにこんな化学少年いるの?変な人…)
「おいおい、勝手に“変な人カテゴリ”に入れるなよ。脳内ダダ漏れかよ」
「え!? 聞こえてたの!?」
「そりゃ声に出てたら聞こえるだろ。論理的に考えろ」
「うわっ……リアルでこういう人苦手かも……!」
千空は溜息をつきながら「とんでもねぇの起きたな」とボヤいた。
横でクロムがにこにことフォローに入る。
「まーまー、驚くのも無理ねーよな!オレたちも最初ビビったし!」
「ひとまず、安心してくれ。俺たちは仲間だ」
「仲間って……何の?」
翠がきょとんとしていると、少し離れたところにいたコハクが凛とした声で答える。
「私たちは『科学王国』。人類の70億人を復活させることを目指している集団だ」
「人類……復活……? え? どういうこと……?」
*
その後、焚き火の前で行われた千空の“ざっくり世界石化説明会”は、
翠の脳を完全にキャパオーバーさせた。
「人類、全員石に」
「3700年」
「科学で復活」
「え、これ夢……じゃないの!?」
「オレも最初は夢オチだと思ったぜ〜!」と、クロムが笑う。
「うぅ……私、目覚めたら変な化学男子に“生態学者”って呼ばれるし……!」
「は? 生態学者は褒め言葉だろうが」
翠がツッコミ役になっていることにも気づかないまま、千空はとっくに火の片付けに移っていた。
*
翌日。
初めて見る科学王国の風景に翠はすっかり圧倒されていた。
釜、井戸、水車、小麦を挽く機械、ガラス器具……。
「すごい……全部、手作りなんだ」
「へっへーん、すごいだろ? これが“科学の力”ってやつだぜ!」
クロムがどや顔で言うけれど、その直後、
水車の板がぶっ壊れて川に吹っ飛んだ。
「おぉっとォ!? またバランス失敗したァ!?」
「ナチュラルに壊れてんじゃん!」
「おい、設計図読み違えたんじゃねーのか、石器時代のホムンクルス」
(この人たち、すごいけど、自由すぎる……)
*
その後、村の畑でスイカと一緒に花を摘んでいた時。
「これ、ちょっと触らないほうがいいかも」
翠は一輪の花を指差した。
「それ、有毒。『トリカブト』だと思う。根にアルカロイドがあるから」
「アルカロ……何か分からないけどすごいんだよ!」
スイカがぱあっと目を輝かせる。
少し離れたところで聞いていた千空が、ピクリと眉を上げた。
「……お前、今、成分名で言ったな」
「えっ、あっ……つい、癖で……昔、おばあちゃんが山野草に詳しくて……」
「ふーん……植物系、案外イケんじゃねーの?」
千空がぼそっとつぶやく。
「それ、何かに使えるの?」
「ま、毒と薬は紙一重だからな。抽出法次第で、薬にもなるし兵器にもなる。どっちにしろ“知ってる奴”は貴重だ」
翠は、千空のその言葉に、ほんの少しだけ胸が温かくなるのを感じた。
(こんな時代でも、私が知ってることに……意味があるんだ)
*
夜。
夕食の後、クロムがポツリとつぶやく。
「そういやさ、なんであんな花畑のど真ん中で石化してたんだ?」
翠は、湯気の立つスープを見つめながら、ぽつりと答える。
「たぶん……最後に、綺麗なものを見たくて、そこに座ったんだと思う」
「……へぇ」
「そんなんで、死ぬ間際に花に囲まれるとか……ロマンチストかよ」
「うっ……言われてみれば、恥ずかしいかも……!」
千空がふっと笑った気がしたのは、たぶん気のせいじゃなかった。