『新入生、入場』
東京の郊外にある私立宮丘学園には、今年も280名の新入生が入学した。
桜咲く陽気の中、在校生500余名と共に整列した永月灯里(ながつきあかり)は、欠伸を繰り返していた。
連日のサッカー部の練習で疲れていた。
加えてこの陽気だ。
眠くならない方がおかしい。
何列も前方でこちらを振り返っていた2年生の女子生徒が、「かわいー」とわざとこちらに聞こえるように言い、キャッキャと騒いでる。
半ばうんざりしながらも気づかないふりをして俯くと、春から同じクラスになった名前も知らない男子が、親し気に顔を寄せてきた。
「今年の新入生、なんか色っぽくないか…?おっぱい大きい子多いしさ」
男子の中にはこういう露骨な下ネタを言い合うことで、距離を縮めようとしてくるものが一定数いる。
下卑た会話自体は嫌いではないが、正直言って1ヶ月前まで中学生だった小便臭いガキには興味がないので、あいまいに笑ってごまかした。
『生徒会長、挨拶』
司会をしているのは、副生徒会長の藤崎加恵(ふじさきかえ)だ。
今日も少し茶色かかった髪をポニーテールに結わえ、白いうなじを覗かせている。
『はい!』
体育館には覇気のある男らしい声が響き渡った。
1年生たちが生徒会長の姿を見ようと右へ左へ体を揺らす。
来賓に一礼してから登壇した彼は、校旗に一礼し、演台の中心まで行くと、今度は在校生と新入生に向けて一礼した。
新入生一人一人に視線を配るように見渡してから、彼は口角を上げて微笑んだ。
女子生徒数名から黄色い声が上がり、それに対して在校生が笑う。
彼は黄色い声が聞こえた方向に軽く微笑むと、卓上マイクに手を回し、それを切り息を大きく吸い込んだ。
『新入生の皆さん、こんにちは!』
生徒会長はメモも何も見ずに、地声を張り上げた。
その通る声に新入生たちから拍手が上がる。
『私は私立宮丘学園生徒会長、右京賢吾(うきょうけんご)です!
今日、皆さんと会えることを、心より楽しみにしておりました!』
「―――へっ」
隣にいた男子が鼻で笑った。
「よく言うよ。自分こそ転校生のくせに……」
その言葉に永月は壇上に上がった右京の顔を再度見つめた。
彼が転校してきたのは、年が明けてすぐのことだった。
初めは地味で目立たない生徒だと思ったが、1月に行われた生徒会総選挙でまさかの立候補をした。
転校生という物珍しいフィルターと、ものの数ヶ月で学年トップに躍り出た成績、華やかさこそないが整った容姿、誰にも分け隔てなく接する人柄が評価され、見事当選を果たした。
「俺、2年の時もあいつと同じクラスだったんだけどさあ」
男は頬に散らばったニキビを揺らす様に笑った。
「なんかあいつ、胡散臭いよ。下ネタにも乗ってこないしさあ」
どうやら彼の指標は下ネタしかないらしい。
「そうかな……?」
永月は壇上で750名余りの生徒たちに注目されながら、微塵も臆した様子を見せない生徒会長を改めて見つめた。
「俺は、―――面白い奴だと思うけどね」
永月はそう言うと、スピーチを終え、拍手歓声に包まれている右京を見て、ふっと笑った。
コメント
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いつも見てます!素晴らしいです!楽しみです!