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12.糸師凛は潔世一を愛している。
「…潔く、ごめ、ほんまごめん…ッ勝ったと思い込んだ。けど僕は自分を知らへんかっただけやった。こんな結果…満足できんわ。」
待機部屋に氷織が涙ぐんで帰ってきた。
慌てて駆け寄って抱き寄せると頭を撫でた。
横目で凛を見るとモニターをじっと見つめていた。
「…氷織、大丈夫。結果が全てだろ。流されてこそ負けになる。勝ったんだから胸張れ。」
「…うん。」
袖で涙を拭って氷織の背中を押すと氷織は凛の前に立った。
「なんだよ。」
「ごめん、凛くん。正直甘く見てたんかもね。凛くんがあの人を破ろうとする理由、ちょっとでも分かったんよ。やから。」
氷織の表情は見えない。
でも凛の見開かれた目に溢れ出す光。
「協力させてほしい。僕なんかじゃ満足いくように動けへんかもしれんけど夢見るのは得意やないんや。現実から逃げへん。僕を、君が使ってくれへんか。」
氷織羊という1人のストライカーが出した答え。
しかしこの答えが正しいのかどうかは俺には分からない。
でも凛の表情から何かが動いたのは分かった。
「凛くん、僕も頑張るよ!こんな性格だし正直世界は遠いけど人一倍やる気はあるんだ!」
「ここで声を出す事自体オシャな上に己を主張する。それこそまさにオシャ。仕方ない、協力してやろう。糸師凛。」
モニターに映る黒名の走りが凛に届く。
強いだけの凛に足りなかったもの、それは仲間なんだと思う。
俺が足を踏み出すとその場にいたみんなが道を開いた。
凛の驚きと困惑する顔を見て思わず溢れる。
「俺、やっぱ凛のこと好きなんだ。」
「…今言うかそれ。 」
「今は友情の場面でしょ。潔くん朝ドラのヒロインになるつもり??」
「えええ、人の告白現場見るの初めてだよ…」
「自分のはあるんだな。時光、しれっとオシャアピするとは…手慣れてるな。」
凛が手のひらで顔を少しだけ隠している。
これは…成功か、?
「あいつらぜってー見てねーだろ💢」
「熱いキスシーン、こっちにもモニターついてるってしらねーのかよ。」
結局試合結果は冴の勝ち。
凛が惜しい所まで言ってたけど取れたのは氷織のあの一点のみ。
俺なんか手も足も出させてもらえなかった。
「あ、潔だ。玲王、潔いるよ」
「凪、玲王!聞いてくれよ、告白したんだ。今日の冴との練習の待ち時間にさ。」
「…は?」
玲王と凪の声が綺麗に重なった。
「いや、なんか雰囲気とか全くだったけどさ、凛みてると好きだなって思って口からこぼれちゃった…みたいな?」
凪は玲王の背中でさっきまで眠そうにしていた目を見開いている。
玲王は俺の後ろを見ながらニヤニヤ。
ゆっくりと後ろを振り返ろうとすると振り返る前に抱きしめられた。
「告白してきた割には他の男と会ってんのか。そんな軽ぃ思いで言ってきたんなら帰れ。」
「り、凛…ッ!」
強引に手を引かれて連れて行かれる。
助けを求めようと2人を振り返り見る。
が、2人は背中を向けて歩き出してしまった。
「凪、風呂に行こう!やっぱ練習後は汗かくしな。」
「だね、俺今日は1人でできるよ。」
何事もなかったかのように会話をする2人の背中を憎んでいると凛は曲がり角で止まった。
「凛。」
「…なんで俺なんだよ。俺じゃなくてもいいだろ。お前は冴に狙われてる、今の俺じゃお前を守り切る事なんかできねぇ…。」
似つかわしくない弱々しい声。
震える背中。強く俺の腕を握る力。
伏せられた長いまつ毛に真っ白な肌。
深い色の瞳に飲み込まれそうになった。
「凛じゃないといけない。守って貰おうなんか思ってないし、冴から狙われてんのはお前だ。黒名から全部聞いてる。俺じゃ、頼りないか…?」
情けないほどに自信がなかった。
でもそんな感情も包み込むようにして凛が顔を伏せた。
「…俺も好きだよ。…こんな気持ち初めてで分かんねぇし、大事にできる保証もねぇ。愛し方が分からないんだよ…くそッ」
照れてる凛を見るのは初めてじゃない。
でもこうして互いの気持ちを知った上で見る凛のすべてが愛おしかった。
出会えて良かった。好きになってよかった。
あの時、気持ちを吐き出せて良かった。
今更かもしれないけど、俺は凛が思う以上に好きだ。
大好きだ。
「まさか潔が俺と凛ちゃんで勘違いしてたとは…!だから機嫌悪かったのか!!」
食堂で俺を囲みながらみんなで話が弾む。
蜂楽がカレーライスを口に頬張って納得するように首を縦に振った。
「薄々気づいてはいたけどまさかサッカーバカの潔もとか聞いてねーよ。な?」
千切が國神を向いて同感を求めると國神も軽く頷いて笑った。
「まー、こんな早くくっつくとは思ってなかった。おめでと、潔。」
國神から素直にそう祝われると実感してしまって胸の奥が痛いくらいに嬉しい。
「惚気話は聞き飽きた。」
「冴ッ!!」
「警戒すんなよ、俺は凛をそーいう対象で見てねーよ。俺のエゴはそんなもんに邪魔されねー。」
後ろから首の絞技をかましてくる冴から必死に抵抗しているとそんな冴に殴りかかる凛が見えた。
「なに触ってんだよ、離れろ。」
「彼氏気取りか、早いな。価値観合わなくなってとっとと別れればいいのに。」
「ただの願望になってんじゃねーかよ笑」
「冴ちゃんキャラ崩壊だね笑笑」
冴と凛の兄弟喧嘩をみんなが笑い出した。
「第一、まだ許してねーからな。いいようにまとまったと思うな。」
「…許さなくていい。俺はお前らにサッカー以外で一切手は出さねーしもう何もしねぇ。せめてもの償いはする。」
冴の表情に変化はないが嘘も見えない。
それは凛も同じように思ったはずだ。
「凛、悪かった。」
「…なんであんな真似…。」
「嫉妬…だよな。小さい頃からサッカーに夢中になったせいでろくな恋愛も友達もできないかった。だから楽しそうにしてる凛が羨ましかったんだろ。」
冴の目は真っ直ぐに俺を仕留める。
でももう怖くもなかった。
「…嫉妬か…そうかもな。悪かったよ、…おめでと。」
みんなの視線が俺たちを暖かく包んでいる。
「潔、恋愛にうつつ抜かしてサッカー弱くならないでよ。俺頑張るから。」
後ろから玲王に背負われて登場した凪に親指を立てて見せつける。
「お前もな、凛。」
「当たり前だろ。潔。」
なくなったと思ってた俺の青春。
みんなの思う普通ではないかもしれない恋。
でも今ある周りのものが気づかせてくれた。
おかえり、俺の青春。
さよなら、弱かった潔世一へ。