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新装備を作ってから一週間が過ぎ、グレイは魔物との戦闘の日々を過ごしていた。今日もギルドからの依頼で魔物討伐に来ていた。
今は3匹のゴブリンと戦闘中だ。剣を抜いたグレイに1匹のゴブリンは棍棒を振り下ろす。グレイはその攻撃を躱し、背中を斬りつける。続いてナイフと剣を持つゴブリンが一斉に襲いかかる。グレイは相手の動きをよく見て後方に飛んで躱し、勢いのまま回転斬りを繰り出す。剣はゴブリンの腹を切り裂き、3体とも倒れる。
「ふぅ、よっし!倒せたー」
グレイはそのまま、両手を掲げ草原に倒れる。
「おー遂に課題達成か、おめでとさん。」
拍手しながらブレインが歩いてくる。
グレイはこの一週間、険しい修行の日々が続いていた。基礎訓練の後は剣術を学び、実戦。この流れを休みの日無しで一週間ひたすら行った。そして、遂にブレインから出されていた課題。『ゴブリン3体を無傷で討伐』を達成したのだ。
「どうよ、ブレイン。少しは見直したんじゃ無い?」
「バカ言え、これでやっと土俵の上だ。」
グレイの努力を一蹴されてしまった。
「えーもっと褒めてくれてもいいのに。でも、これでやっと旅に出れるんだよね?」
グレイが嬉しそうに聞くとブレインは鼻で笑って、
「はんっ、まだ旅に出るには実力不足だよ。少し外出たらお前なんて一撃だ。」
「えー」
「まぁ、ご褒美に休みの日くらいは用意しといてやるよ。次はもっと強い魔物を倒してもらうからな。」
先が見えない訓練にグレイは項垂れた。
王都に戻り、ブレインと別れた後グレイは冒険者ギルドに顔を出した。
「よぉ!グレイ。こんな時間に珍しいな。」
グレイに話しかけてきた彼はこの一週間で顔見知りになった先輩冒険者のベリックだ。
「あ、ベリックさん。今日も酒飲み?」
「いや、これから依頼に行く所だよ。お前は?今日の訓練は休みか?」
「そうそう、聞いてよ。遂に課題達成したんだよ!」
「おぉ!凄えじゃねえか!ゴブリン三体討伐だったか?ついこの間までスライムに負けていたお前がなぁ。」
と素直に祝福してくれた。グレイはこのギルドの人たちから可愛がられている。皆厳ついが良い人が多く、グレイにとって居心地の良い場所となっていた。
軽い世間話をした後ギルドの受付にゴブリンの魔石を納品しに行く。魔石とは魔物を倒すと現れる宝石のことでギルドでは討伐した証明となっている。
「あ、グレイさん。依頼の完了確認しました。お疲れ様です。」
クリーム色の髪を揺らし、ふわっと微笑む彼女はギルドの受付嬢のリエルだ。顔が整っており、愛想も良いため冒険者から人気が高い。
「そう言えば、ブレインさんの課題達成したらしいですね。おめでとうございます!」
「聞こえてました?そうなんですよ。でもまだ旅に出る事はできないみたいです、、、」
グレイが残念そうに話すとリエルはクスクスと笑う。
「まだまだ先は長いですね。これからももっと頑張りましょうね!」
「はい、ありがとうございます。」
リエルから悪意という物を感じた事は殆どない。本当に良い人なのだろう。周りを元気にするようなそんな人だと思う。
依頼完了の手続きを完了し、グレイに久しぶりの休日が訪れた。
グレイが訪れたのは王都から少し離れた草原にある大きな教会だった。
最近は奴隷の保護が強まった影響か教会で保護される孤児も多くなっているらしい。あの王様はしっかり約束を守ってくれているそうだ。
教会に訪れるのはグレイの日課になっていた。来るのはいつも夜だったが。
教会の前には僧侶が箒がけをしており、こちらに気づいて話しかけてくる。
「あ、グレイさん。こんな時間に珍しいですね。サボりですか?」
気怠げで僧侶には思えないような彼女はクロエだ。ここ最近で顔見知りになった。グレイと同じくらいの歳で、彼女に僧侶のお淑やかさは無く、結構性格が悪い。
「ううん、今日は休みを貰ったんだ。ところで子供達は?」
「あー多分外で遊んでるんじゃないですか?」
と草原の方を指さす。
指差された方に歩く。ここら辺は風が心地良く、草木のざわめきが心を穏やかにする。少し歩くと子供達が遊んでるのが見えた。
グレイが衛兵に連れられた後、裏取引を行っていたグレイ達の持ち主は捕まった。他の奴隷たちも保護され、今はこの王都近くの教会で暮らしている。グレイが子供達のところに近寄ると1人の女の子がこちらに気付きショートカットの黒髪を揺らしながら駆け寄ってくる。
「あ!お兄!」
近づいてきた女の子はエリナだった。エリナはグレイに元気に飛びついた。ぶつかって来た小さい体をなんとか支えきる。
「エリナ、すごく元気そうだね。ここでの生活はどう?」
「うん!すっごく楽しいよ!神父さんもみんな優しいし。何よりベッドがフカフカ!」
どうやらエリナもグレイと同じくベッドに感動したらしい。すると他の子供達もこちらに気付き駆け寄ってくる。子供達と話しているとお祈りの時間になり、教会の方へと戻る。神父さんに許可をとり、今日はグレイも教会で過ごすことにした。
教会には10人ほどの神父やシスターさんと30人ほどの子供達が暮らしている。お祈りを済ませ、洗濯や炊事などの手伝いをして過ごした。子供達は感情を殺していた奴隷の時とは全く違い、感情豊かで幸せそうだった。
夢を見た。八つの目に八つの足、鋭い鎌のような足と酸が垂れている鋭い牙。恐ろしい蜘蛛の化け物がグレイを襲って来る。グレイは必死に逃げて、逃げ続ける。大切な物を失った喪失感がグレイの心を握りしめる。大切な人を見殺しにした罪悪感がグレイに重くのしかかる。恐怖が、怒りが、悲しみが心を蝕む。だが、何より憎いのは安心感を抱いている自分自身だった。
グレイは目を覚ますと辺りはまだ真っ暗だった。呼吸が荒い、冷や汗が頬を流れる。あの夢はグレイ自身の記憶の一部だろうと直感でわかった。グレイには奴隷の時から前の記憶が無い。最近になり、過去の記憶を思い出す事が多くあった。恐らくこの夢もグレイの奥にある記憶の断片だろう。
「、、、一度外に出るか」
まだ寝ている子供達を起こさぬように静かに部屋から出た。心を落ち着かせるため、グレイが訪れたのは聖堂だった。聖堂の椅子に座り考えを巡らせていると僧侶のクロエが話しかけてくる。
「グレイさーん、こんな所で何してんですか〜」
「あ、ごめん。邪魔だったかな?」
「いや、別に邪魔って訳じゃ無いんですけど。なんでこんな深夜に聖堂にいるのかなって。」
クロエはグレイの隣に座る。辺りにしばらく沈黙が続く。クロエは自身の金髪を指で弄びながらグレイの返答を待つ。
「少し、怖い夢を見たから落ち着かせようしてただけだよ。クロエさんは気にしないで。」
グレイが作り笑いで答える。
「うーん、グレイさんって誤魔化すのへたっぴですよね。そんな顔しとして気にしないでーって言うのは無理がありません?」
するとクロエはグレイの顔を覗き込み、
「知ってると思うんですけどー。私、僧侶なんですよ。人の悩み事とかー懺悔とかーそういうのを聞くのも仕事なんです。なので、深夜のお悩み相談しません?」
クロエは不敵に笑う。
「で?どんな夢見たんですか?」
「話すほどのことでもないから」
「どんな夢見たんですか?」
お悩み相談とは思えないクロエのゴリ押しに耐えられずグレイは口を割った。
「、、、蜘蛛の化け物に追われる夢。恐ろしい化け物で、ずっと追いかけてきて、それから逃げる夢。でも、逃げてる間ずっと別のことを考えてる。何かは分からないけど喪失感と罪悪感があって、他にも色んな感情がごちゃごちゃになって、、、」
グレイが話す間クロエは黙って耳を傾ける。
「なるほど、ただの悪夢って訳ではなさそうですね。恐らくグレイさんには心当たりがあるんですよね。その悪夢について。」
「心当たりは、、、ある。多分、僕が奴隷になる前の記憶だと思う。きっと、忘れちゃいけない物のはずなんだ。でも、、、思い出したく無い。」
グレイの心が体が罪悪感と不安で押しつぶされそうになる。思い出せない事、忘れてしまったこと、忘れたいと思ったことの罪悪感がのしかかるのだ。
「えーと、私はグレイさんのこと何も分からないんですけど、、、そんなに重大に考える必要あります?」
「え?」
クロエは小首を傾げ人差し指を立てて話す。
「だって、人って何でもかんでも忘れちゃうじゃ無いですか。一週間前に食べたご飯なんて覚えてないですよね?それなら、奴隷になる前、すごく小さい頃ですよね。その時の記憶なんて忘れて当然ですし、覚えていたくないようなことなら尚更です。」
「でも、この記憶を覚えてなきゃいけなくて、それが僕の責任で、、、」
「自分で自分を追い込むのやめた方が良いですよー。幸せな思い出だけ思い出せればそれで良いじゃないですか。怖いのが忘れられたなら万々歳ですよ。」
グレイは沈黙を守る。納得し切れないグレイの表情見ながらクロエは続ける。
「納得が出来ないならそれでも良いです。責任と言うのは重要な物だとは思いますから、でも、一つ言えるのは過去にばかり囚われるのは愚か者ということです。ですので、貴方がするべきなのは、、、」
クロエはグレイの頭に触れると何か呪文のような言葉を発する。その手から仄かな光が溢れ、心が落ち着くのを感じた。
「今日は眠って明日に備える事ですね。思い出さないといけないなら思い出すまで気楽に待てば良いんです。」
グレイに急な眠気が襲い、瞼が重くなる。
「、、、何をしたんですか?」
「簡単な聖魔法ですよ。心を落ち着かせるくらいの効果しか無い超初級魔法です。」
グレイは意識がある内に部屋に戻り、ベッドで眠った。その時には恐怖も不安も無く、心がほのかに暖かくなるのを感じた。