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始めに、こちらは刀剣乱舞の話を大いに書き換えた世界線の話になりますので、こちらで考えた設定などがあります。
女審神者が出てきますが、刀剣男士も審神者も互いに恋愛感情はございません。主に陸奥守吉行、和泉守兼定を中心とし、物語は進みます。
全てがイレギュラーの物語となっていますので、ご了承の上お進み下さい。また、こちらの物語、相当長い話になりますので、いいねなど頂けたら続きを更新していこうと思いますので、先の展開が気になったら是非いいねの方よろしくお願い致します!
陸奥守吉行と和泉守兼定という刀に大きく触れた作品です。
肩の力を入れず、気軽に読んでくれたら嬉しいで
❀❀❀
-エピローグ-
──これは僕が君たち審神者の為に残した物語だ。
きっとこの物語が出回る頃に僕は消えていなくなっているだろう。無くなる前に残しておく。それは歴史を作る上ではとても重要なことだ。日記でも手紙でもなんでもいい。生きた証が歴史を彩る。そこに嘘を書いたって真実になる。歴史なんて朧月のように曖昧なものなのさ。
僕が見てきた世界はここに記そう。
きっとこれは、何万何億何兆──いや何回時を遡ったって見られない、とても貴重な物語だ。奇跡にも等しいこの世界で作り上げた物語──それを君たちに語ろうか。
❀❀❀
刀剣男士──歴史を守ることが使命。
歴史を守る為ならば、友を斬り、愛した者さえも斬り捨て、残酷な運命が待ち構えていようとその通りにする。それがかつての主だったとしても、斬って、斬って、殺して、殺されて。自分の親にも近い存在を殺した時の刀剣男士の心境は計り知れないだろう。どれだけの苦痛の中彼らが生きているのか僕らはそれを──
いや、いや、いや。
やめよう。こんな冒頭じゃだめだ。
こんなんじゃ終盤を迎える前に読むのも嫌になる。 だからといって、ここに平和でほのぼのとした花丸の様な日々は綴らない。ここに綴るのはただ一つ、真実のみだ。僕が見てきた本当の世界。そして、陸奥守吉行という刀が掴んだ世界──それをここに記そう。
さて、話を戻すけど、歴史を守る。これを君たち審神者は正しいことだと思い込み、敵を斬り続けてきた。審神者だけじゃない。時の政府や国民もこれが正しい歴史の守り方だと信じている。
きっとこれを読んでいるのはどこかの本丸の審神者だろうし、もう単刀直入に聞こう。
君たちはいつからそれが正しいと思っていた?
──僕は正しい歴史を守ることが正義とは思わない。
人は多くの文明を築いてきた。食べ物や服はもちろん、建物もそうだが、最新のものではAIといったものもある。そんな中で、最も世界を動かし通用するものができた。それが『時空転移装置』だ。過去に戻ることが出来る、人類が夢見たもの。
時空転移装置があれば、歴史を変えることができる。行った先の時代に触れることで、歴史は大きく変わるだろう。これで多くの人間が救われたと思わないかい?
例えば日本が豊かになってお給料が上がったり。もっと技術が発展して楽な暮らしが出来たり。医学が進み治らなかった病気が治ったり。死んだ人を救うことが出来るかもしれない。大きな地震が来ると先に伝えられたら、多くの命が助かったかもしれない──ましてや、未来を知っている僕らなら第二次世界大戦も止められただろう。
ここまでのメリットがあって、何故歴史を変えない?歴史を変えず、守る為だけに時空転移装置を使う。それは全くもって無駄な使い方であり、意味が無い。時空転移装置とは歴史を守るためにあるのではなく、歴史を変えるためにあるんだよ。
きっと過去を変えたいと思っているのは刀剣男士だけじゃない。君たち人間だって変えたいと願ったはずだ。
平等で平和的な解決をするのは確かに歴史を守ることかもしれない。中にはこういう意見もある。「歴史は歴史、良くも悪くも」。僕の兄さんがよく呟いていた言葉だ。しかし、その考え自体古いんだよ。歴史改変でもしない限りこの戦は終わらない──
──刀剣男士とは、不幸な生き物だ。
審神者によって一生戦わせるだけの運命を背負わせたくせに人間の姿で顕現させるなんて最低だ。審神者こそ人の心を忘れた本物の『鬼』だと僕は思う。……いや、審神者が悪い訳ではないか、こんな戦い方で勝てると本気で思っている無能で無知な国のせいだ。相手が数で対抗するならこちらも数で対抗する。その考えが幼稚で馬鹿らしいと僕は言いたい。
この戦に意味があると思うかい?現世を守るために戦う。それが君たちの答えならこの戦いは戦とは言わない。現世を守るために戦うのは、守備であり、正当防衛。歴史を守るだの、日本を守るだのそんなことは国に任せておけばいい。僕が知りたいのは審神者である君たちが“何の正義を持って”この戦に参加し、最前で戦っているのかだ。そこに何の正義もなく、ただ上に言われた通り敵を殺害しているのなら、君たちのやっていることはただの殺戮だ。これは断じて正義ではない。歴史を守ることが正義と言い張るのなら、何も敵を斬る必要はないだろう?片っ端から殺している君たちは歴史を守るためと言えるか?僕には邪魔だからという適当な理由で殺しているようにしか見えない。
歴史修正主義者の見た目は確かに人間とかけ離れているが、一応人間も混じっている、奴らはその時代を生きるものを操るからね。だから審神者は戦に出ないから気付いてないみたいだけど、君たちは立派な【殺人】をしているということになる。
殺された人はたまったもんじゃないだろうね。未来から来た謎の生命体に操られ、最後は刀剣男士に斬られて死んでしまうなんて……この戦の最大の被害者は刀剣男士でもなく、審神者でもなく、過去の人物だろう。
僕がこの話をすると大抵みんな心の中ではこう唱える。「別に私は殺してないし」と。刀剣男士にその罪を擦り付けようものなら君は審神者失格どころか人間失格だ。全て君の指揮の元動いているんだから、全責任は君にある。
なぜ僕がこんにに口うるさく文句を垂れているのかというと、この戦に本気で立ち向かってほしいからだ。
もし、この戦に負け、歴史修正主義者が勝った時、歴史改変することが正義になる。そう世界は変わるはずだ。その時、何万、何億、何兆と斬り続けてきた君たちの行いはどう償うつもりだい?歴史改変することが正しいことだと謳われた時代で、君たちのやってきたことをただ黙って見届ける者なんていないはずだ。特に、刀剣男士に斬られた偉人の子孫なんかは黙ってないだろうね。何百年経とうと君たちの行いは許されないものになる。だからこの戦いは多くの者を斬ってきた以上、絶対に“勝たなきゃいけないんだよ”。どんな手を使ってもだ。分かるかい?全滅を目指すのなら、全滅を──歴史を守るのなら徹底的に守ること──引き分けなんてもう存在しない。休戦の余地すらない。ただ勝つことだけを考えればいい。
僕の話を重いと捉えるか。でも、これは至ってシンプルな話であり、戦の基本だ。
戦とは、互いの正義をぶつけ合う命懸けの儀式であり、勝ったものが正義となる。
歴史修正主義者──奴らの目的は未だに改名されないが、奴らには奴らなりの正義があると見た。だから、こんな必死に歴史を改変しているんだと僕は思っていた……。しかし、長年あいつらの研究に時間を費やしたが、そこに正義なんてものはこれっぽっちもなかったんだ……。奴らが歴史を変える動機は全て本能。心なんてないんだよ……誠に残念だ。もしかしたら、時間遡行軍を操っている首謀者には正義心があるのかもしれない。それはきっと同じ舞台で戦っている刀剣男士もそうなんだろう。彼らにも正義心なんて本当はどこにもないが、審神者の持つ正義にただ従っているだけ。時間遡行軍と同じでね。
つまり、彼ら刀剣男士と時間遡行軍が持っているのは正義心ではなく、『忠誠心』。どちらもこの戦に巻き込まれている可哀想な神様達ということになる。
君たちは君たちの正義に刀剣男士を『巻き込んでいる』自覚はあるか?刀剣男士が持っているのは世界を変えるほどの正義心ではなく、『忠誠心』だ。そこを履き違えてはいけない。
互いに正義を持っていないこの戦は戦争ではなく──ただの『殺戮』だということを覚えておいてほしい。そうなるとこのくだらない茶番劇に参加している君たちは観客側からするとただの殺人鬼であり、この戦自体、神の気まぐれなゲーム、暇つぶし、それくらい軽いものにしか見えてない。
審神者が神を操っているのか……はたまた、神に遊ばれているのは君たちの方か──
まあ、この話は一旦終わりにして
ここからが僕の話したいこと、本題だ。
歴史を改変されていく中で、失われた命もあるが、中には“生まれた命”もある。歴史改変のおかげで生まれた人はそれを『奇跡』と呼ぶだろう。しかし、その奇跡さえも打ち砕くものがいる。
そう。それが──『刀剣男士』だ。
歴史を守るためならば、奇跡すらも斬り捨てる。運命通りに死へ導く彼らは付喪神なんかじゃない──
──時を司る『死神』だ。
特に『陸奥守吉行』──あいつは人の死を知りすぎている。見すぎている。気にしすぎている。そのせいで、陸奥守吉行という刀に生死の逸話が出来上がってしまった。
刀剣男士が持つ逸話は偉大だ。特に陸奥守吉行、あいつは逸話そのもので出来ている。その逸話のエネルギーはきっと運命をも変える……いや、もう回りくどい説明はなしにして、簡単に言おう。
陸奥守吉行が死ぬ時、必ずと言っていいほど額を損傷し死ぬか、横腹を斬られて死ぬ。これはどこの本丸でもだ。
坂本龍馬という男が額を斬られ死んだこと、そして、その時受け止めた刃が陸奥守吉行本体に入り、傷がついたことから、陸奥守吉行も死ぬ時は同じ運命を辿るようになっている。それは全て──陸奥守吉行の中に刻まれた逸話のせいだ。
人を斬るのが嫌と言っておきながら、愛した坂本龍馬ですらあいつは斬り殺す。必ず陸奥守吉行は歴史通りにする。どんなに辛くても、逃げたくても、歴史通りにする。それこそ、陸奥守吉行が誰よりも強く持つ『正義』なんだ。彼は人一倍この戦の意味を分かっている。やるのなら徹底的にやらなければいけないことも。そして、無駄な摂取は避け、勝つことに大きな意味があることも分かっている。だから手段は選ばない。刀剣男士としては十分すぎる、立派な優等生だ。
しかし──皮肉にも陸奥守吉行という刀は非常に不幸な刀だ。どれだけ目の前の人を救おうと結局自分の逸話のせいで周りが死んでいく。坂本龍馬もそう、岡田以蔵もそう、武市半平太もそう。それだけではない、その時代を生きる者も、陸奥守吉行が近くにいるというだけで人は死ぬんだ。それは全て陸奥守吉行が持つ生死の逸話のせいだ。
もちろん言わなくても分かるだろうがこんなこと陸奥守吉行本人に言っちゃダメだよ?彼は自分の逸話のせいで周りの人間が次々死んでいってることに気付いていない。
陸奥守吉行という刀が近くにいるだけで誰かしらが死ぬ。そういう風にできている。それは時の政府が仕組んだものなのか、それとも、陸奥守吉行が神だからなのかは分からないが、逸話が影響しているのはほぼ100パーセントだ。
しかも、彼はこの戦の最前で戦う刀。それだけで多くの人間と歴史修正主義者が死んだだろうね。本当にすごいよ、陸奥守吉行という刀は。息をしているだけで周りの生き物が死んでいくんだから。彼が世界を掴んだら、世界ごと殺してしまいそうだ──。それほどの霊力……いや、『魔力』が陸奥守吉行には備わっている。
彼こそ、刀剣男士という名の『兵器』であり鎌を振り下ろさず殺せる最強の『死神』だ。ああ、銃ではなく、鎌でも持って現れたらおもしろかったのに。
その運命から解放してあげたいが、運命には逆らえない。
この言葉を誰よりも痛感しているはずさ。
だが──その運命から僕が解放してやろう。きっと僕にしか出来ない。僕だからこそできることだ。
そして、あの坂本龍馬ですら掴めなかった世界を僕達で掴もう。この世界を生かす為ではなく、殺すために──
──僕の目的はただ一つ。この戦を終わらせること。そして、その先に待っている世界がどんなものか見たいだけだ。
そしてもう序盤からネタバレといこうか。
僕はこの先の未来、約10年の月日を掛けて、この戦を終焉へ導く。
勝者は刀剣男士。
──いいや、違う。
勝者は歴史修正主義者。
歴史改変こそ、正義となる。
❀❀❀
【第1話】桃の本丸
[4月1日 9時26分]
春の訪れ。桜が咲き誇る中、桜並木の道ではなく、わざわざ桃並木の道を通り、散る花を眺めながら歩いていた。
ひらひら、ひらひらと落ちてくる桃の花びらを手に乗せてみると、ふわっと甘い香りがして、思わず顔を近づけて、花びらの霊気を吸い取った。霊気を吸い取られた花びらは枯れることなく儚く消えてしまった。
最後まで美しく消えてゆくその姿は何とも儚く、雅だ。
綺麗で、美しく、強い花。それが桃の花です。
そんな風に強く、可憐に生きてみたいではありませんか。
──これから私は新しい『本丸』に就任する。
ただの本丸ではない。時の政府から直々に下った特別任務を任された特殊な本丸。内容は時の政府が用意した『三振りの刀剣男士』と共に歴史を守っていくこと。
はたして誰と運命を共にするのか、まだ分からないですが、彼らに会うのが今から楽しみなのです!
私は桃色の風呂敷を抱えると本丸へと駆けた──
❀❀❀
[4月1日 11時15分 本丸]
「わぁぁぁぁ!!!」
本丸に着き、門を開けると、そこには幻想的な世界が広がっていた。
まさに、桃源郷と言っても過言ではないほど綺麗な本丸だ。
「凄いです。こんな素敵なところ、私には、勿体ない……!」
そこはたった三振りと審神者一人には勿体ないくらい大きい本丸だった。庭はとてつもなく広く、大きな池には数匹の鯉。畑や馬小屋、稽古場、全てが揃っている最高の本丸だ。そして、この本丸の一番の特徴はこの桃の木だろう。庭全体が桃の木で埋め尽くされており、ピンクに染まっている。
「桃の花がこんなにいっぱい……。先程の桃並木とは比べ物にならないですね。」
私は空いた口が塞がらず、桃の木と本丸を何度も眺めていた。
「立派だわ……。この本丸!」
私の霊気は桃が持つ特殊な霊気に似ている。その為、ここが居心地が良いと感じるのは本能が自然と引き寄せているのかもしれない。
「ここにいると気分が良い。」
私の霊気の主な素質は桃で出来ている。だからこそ、この空間は私にとっては桃源郷のようなもの。ここなら霊気の欠乏はしないだろう。
「さっそく、鍛刀部屋を探しましょう!──」
──これから、私の歴史が動き出す。
刀達と、過去を守る、壮絶な戦いが──
そんな期待も高まり、拳を握りしめた。
「行きましょう!『もものすけ』。」
私が持っていた風呂敷に声を掛けると、風呂敷がモゾモゾと動き出した。
中身の正体が隙間から顔を出すと、頭を振り私を見上げた。
「行こう!桃花。」
この子の名前はもものすけ、私の大切な友達です!
私はもものすけを風呂敷から出すと、抱えて本丸の中へ足を踏み入れた─────────
──────────────
────────────
──────────
────────
<──────【追記】過去の私へ。もしこの手紙が届くのなら、審神者にならないで。
姉さんの言っていたことは正しかった。
神や過去に関与してはいけない。
この戦いはあまりにも残虐で、勝ち目など無いのです。
私達は歴史修正主義者には勝てない。
今すぐ引き返してください。
この戦は危険過ぎます。
我々の近くに敵はいるのです──
見つけ次第斬ってください。これは私からの主命です。>
❀❀❀
【第2話】定めの三振り
私はもものすけを抱えたまま本丸の中を歩き回っていた。
「凄く綺麗な本丸ですね。」
「あたし達しかいないのが寂しいくらいだよね。」
もものすけは私の腕から飛び降りると、気持ちよさそうに縁側を歩き始めた。
縁側には桃の木から落ちた花弁が散っている。その桃の花の霊気すら私は吸い込んだ。
自分の霊気の高まりを感じる。
なんて心地の良い本丸だろうか。
お日様の下でポカポカな気持ちになるのと似ている。心が満たされる感じだ。
「まずは初期刀に会いに行こうよ。」
前を歩くもものすけの後を追い、鍛刀部屋がどこにあるのかキョロキョロ辺りを見回して探してみる。
「しかし、鍛刀部屋がどこにあるのか分かりません。」
「こっちだよ。」
もものすけは私がここに来るより前に一足早くこの本丸を偵察にきていた。研修がてら本丸に訪れたらしいが、私はその研修に参加出来ず、この本丸に来たのは初めてというわけだ。
「初期刀、誰がくるかな?」
初期刀は、加州清光、歌仙兼定、陸奥守吉行、蜂須賀虎徹、山姥切国広、この五振りと決まっている。
普通は自分で選択出来るのだが、今回は特殊。時の政府が既に組んでいる三振りの刀を顕現させる。三振りのうち一振は、初期刀の五振りの誰かなのだが、一体誰がくるのか全く想像がつかない。
「三振りのうち、一振が初期刀の誰か……だとしたら残りの二振りは誰なのですか?」
「さあね。」
もものすけでも誰が来るかは分からないようだ。
「一体誰なのでしょうか。とても気になります。」
もものすけの後をついて行き、柱の角を曲がると、鍛刀部屋へと着いた。
「ここだよ。」
案内された部屋の前は忌々しいオーラを感じた。悪い気ではなく、もっと神々しいオーラだ。
ドキドキと高鳴る胸を抑えて、襖を開けると、中には刀掛けに三振りの刀が掛けられていた。
「わあ……。」
あれが私と共に戦う三振りだ。
私の心臓は強く揺れ動き、目の前がぐらついた。まるで私を待ち構えている神様の姿が見えた気がして衝撃を受けたのだ。
「凄い……。霊気が……強いです。」
「分かるの?」
「はい。部屋全体に凄い霊気が籠ってます。」
キーンっという耳鳴りがして、頭が少しぐらついた。頭を抑えて、深呼吸すると、私は真ん中の刀に歩み寄った。
何故真ん中の刀かって、この刀が最も『何か』を感じるから。何かって何?と聞かれると説明が難しいのですが、この刀を見ていると心臓がドキドキするんです。ワクワクするような、温かくなるようなむず痒い感覚です。
うずうずが止まらないから、早速刀剣男士を顕現させてみようと思う。
私は刀に手をかざし、目を瞑った。
全身の霊気を上げ、一点集中をする。
こうすることで付喪神の声を聞くことが出来るのだ。
──さあ、私に応えて。
<──……おんしが新しい主かえ?>
「っ!?」
脳に直接語りかけてくる声に私は目を見開いた。
この訛った喋り方……まさか!まさか!
間違いない。
「あなたは、陸奥守吉行ですね!?」
つい声を張り上げて言うと、彼は応えた。
<──おん!そうじゃ。>
彼だ──彼こそ私の初期刀だ!
「も、もものすけ!初期刀が誰だか分かってしまいました!!」
「ふふ、それは良かったね。」
ドキドキと高鳴る胸を抑えて、今度は両手で刀に手をかざした。
私は目を瞑ると、全身の霊気を上げ、更に深い所へと触れていく。
刀剣男士を顕現するのに大切なことは、彼らの霊気と私の霊気を合致させること。
霊気というのは、生き物だけでなく、人々の思いが詰まったところに存在する。その中から、陸奥守吉行の霊気を探し当てるのだ。
どこにあるのですか。
あなたの霊気を、もっと、感じさせてください。
彼に近づくためには、私から彼に歩み寄らなければいけない。一体彼はどんな刀なのか、彼とどんな歴史を紡いでいきたいのか、彼の歴史は何か、考えて見つけるのです。
すると、ある人の影が脳内に映し出された。
あれは誰?男性……?
身長が少し高く、何だか和やかな人……。
まさか、坂本……龍馬さん?
違いありません。あの桔梗の紋は坂本龍馬さんです!
これは誰の記憶?いえ、考えるまでもありません。──陸奥守さん、あなたの記憶なのですね。
陸奥守吉行の逸話が脳に直接反映するように入ってくる、ということはだいぶ彼と近い距離に辿り着いた証拠だ。
もう少し、坂本龍馬さんに触れられたら──!もっと近づいて!
更に霊気を高め、そんな霊力を使わなくても顕現できるのに、本気も本気。さっき吸った桃の霊気を全部使い果たす勢いで霊気を陸奥守吉行に送り込んだ。
──あと、少し!!
もう少しで、龍馬さんに届く。
届いて。届いて。私の思いも、声も、逸話も霊気も!全部!
応えて──陸奥守吉行!
その瞬間、陸奥守吉行の霊気を見つけ出した。
(見つけたッ!)
陸奥守吉行と私の霊気が合致した瞬間、私の中にある霊気を一気に送り込んだ。
「はっ!」
目を開き、再び刀に手をかざすと、全身の霊気が刀に吸われていく。
(っ、強い……。)
さっき彼を探すのに体力を使ったせいで、探した時の霊力の量よりも倍の力が吸われていく。
徐々に抜けていく力に耐えながら、刀に自分の霊気を送り込んでいく。
陸奥守吉行の霊気が完全に私色に染まった時、彼は顕現するのだ。
まだ、まだ、足りない。
私の色に染まるには、まだまだ、足りない。
坂本龍馬さんをかき消すほど、私の色で染めなくてはいけない。
(来て、来て。)
願うように刀に手を伸ばすと、彼からその手を取ってくれた。
「ッ!!」
すると、パッと刀が光り、同時に刀から大量の桜が舞った。
「───────。」
ブワッと舞い散る桜はすぐに儚く消えてしまい、その先には人が立っていた。朱色の着物に、跳ねた髪、足には銃を付けており、腰には真っ直ぐな刀を携えている。
目の前に現れた青年は目を開くとオレンジの大きな瞳と目が合った。
「──わしは陸奥守吉行じゃ!せっかくこがな所に来たがやき、世界を掴むぜよ!」
「陸奥守吉行!やはりあなただったのですね!」
初期刀は『陸奥守吉行』だった。
いざ目の前で刀剣男士を見れたことに感動を覚え、目の前が輝く。
「おん!これからよろしく頼むぜよ!主。」
この時をずっと夢見ていました。
この手で顕現させたのです。
これは、審神者名誉に尽きます。こんなに誇らしい気分になれたのは久しぶりです!!
──私はやはり、審神者になって良かった。
「はい!私の名前は桃花です。今日から本丸に配属となりました。審神者として精一杯務めますので、どうか、よろしくお願い致します。」
私は床に手を付き、頭を下げると、吉行も膝をついて頭を下げた。
「ん。こちらこそ!……ん?そこにおるのは?」
顔を上げた陸奥守さんはもものすけの存在に気づき、尋ねられた。
「この子はもものすけ。私の大切なお友達です。」
「あたしは時の政府に仕えている管狐だよ。」
「時の政府?」
「詳しいことは残りの二振りを顕現してからお話しますね。」
「おん……。分かったちや。」
顕現したての陸奥守さんと色々と話したい事はあるけれど、その前に残りの二振りも誰なのかとても気になる。
今度は右側にある刀の前に膝を着くと、刀に手をかざした。
霊力を上げることで刀の声が聞こえるのだが、届くでしょうか。
<──……………。>
…………………。
…………………。
…………………あれ?
……どうしてでしょう?声が聞こえません。
もう一度手をかざし、目を瞑る。
…………………。
…………………。
……………──。
……………──────。
「!」
ほんの微かに声は聞こえます。
しかし、何と言っているか分かりません。
<──……………。>
声が遠くて何をおっしゃっているのか……。もう少し近づければ良いのですが……。
私は脳内で直接刀に語りかけた。
<私の声が聞こえますか?>
語りかけた事で、徐々に刀の霊気が近づいてきた。
私の霊気を混ぜることで、段々声が近くなってくる。
………………──────。
───────。
──あともう少し。あと……少し。
<──ああ。聞こえるぜ。>
きた!
彼の霊気を見つけました。
私は目を開き、霊気を刀に流し込むと、どんどん霊気が吸われていく。
重い、霊気が陸奥守さんよりも強い。
一体誰?
<私に応えてください!>
<ああ──。>
刀の霊気と私の霊気が完全に合致した今、彼は桜の中から飛び出した。
再び舞い散る桜に思わず腕で顔を覆ってしまい、桜が消えていくのを待っていた。
ゆっくり目を開け腕を下ろすと、だんだら模様の羽織に、赤い着物を着た男性が立っていた。
「──俺は和泉守兼定。かっこよくて強い最近流行りの刀だぜ。よろしくな、主。」
「い、和泉守兼定……!?新撰組、土方歳三の刀ですよね!?」
「おお、そうだ。よく知ってたな。」
そりゃもちろん。刀剣男士の逸話や歴史は審神者になる前から勉強済みですから。
「ええ、刀の事は大好きですから!」
「へえ?いきなり告白たぁ、可愛いじゃねぇの。」
顎に手を当てて距離を縮める和泉守さん。
それが鼻についたのか、もものすけが私の肩に飛び乗ると、和泉守さんの鼻を押した。
「ちょっと!桃花にチャラチャラしないでよね!」
「うぉ、何だ?!こいつ。」
「私のお友達のもものすけです。」
「も、もものすけ?」
「桃花も、男の前ですぐ愛想振り撒かない!」
「そんなつもりは……。」
「もっと危機感もってよね!」
「まあまあ、落ち着いてください。」
私はもものすけを肩から下ろすと、今度は左の刀の方に行き、その場に座った。
三振り目を顕現させようと、私が手をかざし、刀の霊気を探っている間──さっそく後ろで陸奥守さんと和泉守さんが衝突した。
「……あんた、龍馬の刀だな?」
「おんしは土方のか。」
私は刀に手をかざすと、目を瞑り、彼の霊気を探った。
「なーんで銃なんか持ってんだよ。」
…………………。
…………………。
…………………やはり、そう簡単に応えてはくれない様です。
「時代は拳銃ぜよ。やっとうなんて時代遅れじゃ。」
「っ!なんだと!?」
和泉守さんが陸奥守さんの胸ぐらを掴み、睨み合っていると、当然刀の霊気が私の元へギュンッ!と近づいた。
<──ああ!兼さんが喧嘩してる……どうしよう。>
「え?」
いきなり、彼が近付いてきたことに驚き、手を引っ込めてしまった。
な、なんだか、この刀、凄く焦ってます。
探す手間もいらないくらい、向こうから私の霊気に触れてくれた。
再び手をかざし、彼に手を伸ばすと、彼は直ぐに私に触れてくれた。
自分の霊力を削り、三振り目を顕現させると、少年は桜の中を飛び出してすぐさま和泉守さんの元へと向かった。
「か、兼さん落ち着いて!」
「ああ!?……お前……国広!?」
和泉守さんは国広と呼ばれた少年に言われたとおり陸奥守さんから手を離すと大人しくなった。
「か、兼さんがすみません。──僕は堀川国広。よろしく。」
「堀川さん?随分焦っていましたけど、大丈夫ですか?」
「ああ。兼さんが喧嘩してると思って、それで急いでこっちに来ちゃいました。」
『堀川国広』。彼は和泉守さんと同じく土方歳三の刀だ。
これで二本差しが揃ったというわけです。
「ッチ、お節介が。」
「堀川さんが来てくれて良かったです!これで土方さんの刀が揃いました!」
「何じゃあ、おんしら新撰組かえ?」
「はい。僕は土方歳三の佩刀。そして、和泉守兼定の相棒です!」
陸奥守さんは無表情で堀川さんを見つめると、すぐに目を逸らした。
「…………………。」
やはり、二振りとも陸奥守さんと相性が悪いみたいです。……困りました。もう既に仲違いをしようとしています……。
「あ、あの、仲良く、しましょう。」
「龍馬の刀と仲良くなんかなれるかよ。」
「こっちのセリフじゃ。新撰組の刀とは喧嘩になりそうぜよ。」
陸奥守さんと和泉守さんは互いを睨み合うと、ふんっと顔を逸らした。
──ああ、どうしましょう。
元主の関係は分かっていましたが、初対面で喧嘩するとは……。
刀剣男士の不祥事も私の責任。ここは仲介し、二振りには仲良くなって貰わないと!
「仲良くしましょう?同じ仲間なんですから。」
「仲間だァ?」
「わしらは敵対しとったがよ。仲間とは程遠い存在じゃ。」
「で、ですが、皆さんで力を合わせていかないと、時間遡行軍には勝てないのです。」
「……時間遡行軍?」
「時間遡行軍って何ですか?」
私はコホンと咳払いをふすると、三振りの前に正座した。
「これから話すことはあなた達に託された任務、そして、審神者である私からの主命になります。」
三振りは私の前に刀を置くと膝をついた。
「今、日本の歴史は大変なことになっています。時間遡行軍という歴史を改変するもの達が現れ、本来の歴史を改変しています。正体は不明、目的も不明です。彼ら時間遡行軍の討伐をあなた方刀剣男士にやって頂きたいのです──。」
一連の任務について話した。こんな突飛な話、いきなりは飲み込めないだろう。
私はもう一度、膝の前で手を合わせると、頭が畳に擦れるほど深くお辞儀をした。
「どうか、私達に力をお貸しくださいませ。」
しばらく頭を下げた後、私が顔を上げると、三振りとも頭を下げていた。
「主の使命なら仕方ないのう。」
「戦か、いっちょやってやろうじゃねぇか。」
「闇討ち暗殺なら任せて!」
三振りとも主命は果たしてくれそう。良かった。
内心ホッとしたのもつかの間──すぐに喧嘩は始まってしまうのだ。
「けど、こいつとは組みたくねぇ。」
「な、なんでですか!?」
「銃を使うようなやつと一緒に出陣したくねぇよ。それに、俺はこいつと上手くやれる気がしない。」
そんなに毛嫌いなしなくても……。銃が嫌なのでしょうか?
「わしも同意見ぜよ。無駄に命散らしたくないきのう。」
「ッんだとぉ!?」
和泉守さんは陸奥守さんの胸ぐらを掴むと、鬼の形相で陸奥守さんを睨んだ。
「お前、それ誰に向かって言ってるのかわかってんのか?」
「分かっちょるよ?副長さん。」
「兼さん!」
「や、やめてください!」
私と堀川さんが間り、陸奥守さんを和泉守さんから離した。
「酷いこと言わないでください。私達は仲間じゃないですか!」
「仲間なんかじゃねぇよ!」
「仲間です!我々は『家族』も同然なのです。そこに、血の繋がりや元の主の逸話など関係ないのです!」
二振りとも肩をすくめると、俯いた。
少し落ち着いてくれたみたいです。
「私達は家族です。だから、仲間じゃないなんてそんな寂しい事言わないでください。」
和泉守さんは目を逸らすと、腑に落ちなさそうに肩を落とした。
「それに、この本丸にはこの三振りしかいないですし、仲良くしてください。」
「え?」
「三振りしか、いない?」
「はい。他の刀剣男士達は来ません。」
「なっ!?」
「来ないんですか!?」
「はい。これは、時の政府が実行している実験。たった三振りだけで任務が遂行できるのか、私達審神者がどこまでやれるのかを見極める実験ですので。」
「実験……!?」
「戦に一振で向かっても勝てません。二振りでも厳しいくらいです。なので、三振りで力を合わせて戦に行くのです。」
三振りとも衝撃を隠せない顔をしているが、構わず話を続けた。
「それに、戦がない日は内番があります。」
「内番?」
「畑当番や、馬当番など、やることは沢山です。」
「ちょっと待ってくれ!畑当番って何だよ!?」
「刀が馬当番……?はは、まっこと斬新じゃのう。」
「きっと戦で戦っている時間より、内番をすることの方が多いでしょう。ですので、少しずつ慣れていきましょう!」
「俺たち畑仕事するために顕現されたのか?」
「そんな訳ないでしょ。」
私の肩にぴょんっと飛び乗ったもものすけがフォローしてくれた。
「これは時の政府直々の任務。文句言わずやってよね。」
「ちぇ。」
納得いかないといった感じで吐き捨てた和泉守さん。気持ちは分かりますが、仕事は仕事なのです……。
三振りとも何だか微妙な様子。これからこの三振りでやっていけるのでしょうか。
まさか因縁の坂本龍馬の刀と土方歳三の刀が来るとは思ってもなかったので、不安でいっぱいです……。
これから、上手くやっていけるのでしょうか──。
❀❀❀
❀───────────────────❀
《桃花桃花》
就任したばかりの新米審神者。実力はかなり
のもので、就任したばかりだというのに時の
政府直々の任務を請け負っている。非常に穏
やかな性格であり、優しい心の持ち主。相棒
のもものすけとは仲が良い。
好きなもの▶︎桃
嫌いなもの▶︎虫
❀───────────────────❀
【第3話】終わりの音
「──はあ、はあ、はあ、はあ。」
なんで、なんでこんなことに。
「はあ、はあ、はあ、はあ。」
どうしたら、どうたらいい?
やってしまった。絶対にやっちゃいけないことをやってしまった。
「はあ、はあ、はあ。」
涙が溢れてくる。
罪の意識、恐怖、不安、焦り、全てが混ざったような感情だ。
「はあ、はあ、はあ、はあ。」
深い深い森の中をただひたすらと走った。
「はあ、はあ、はあ、はあ。」
あの教会へと、ひたすらに─────。
❀❀❀
俺の名前は和泉守兼定。
今さっき顕現したばかりの新米刀剣男士だ。
過去の歴史を守るため、過去に戻り時間遡行軍を討伐する。それが俺たちの任務……の、はずが──。
「なんで畑仕事なんだよ!」
顕現して早々、畑仕事をさせられている。
これはどういう事なんだ?
刀が畑仕事っておかしくないか!?
「食べるためですよ。」
俺の新しい主もジャージに着替えると、一緒に畑を耕している。
「なんで主も畑仕事してんだ?」
「そんなの、私も食べるからです。」
「あんたは審神者だろ?こんなところで仕事してる場合かよ。」
「はい。仕事している場合です。働かざる者食うべからず。私も畑仕事くらい手伝います。」
汗水垂らして一生懸命耕している姿を見ているとサボっている自分に罪悪感がのしかかる。
「はあ。」
俺はため息を吐くと、桑を大きく振り下ろした。
土が髪に跳ねるし、服は汚れるし、暑いし、最悪だ。けど、主が頑張っている姿を見てしまったらこちらは何も文句が言えない。
(俺も国広と出陣したかった。)
国広は先程陸奥守と初陣に行った。相棒だってのに、俺は置いてけぼりで……。
喧嘩するから俺と陸奥守を組ませたくないのは分かるけどよ、畑仕事やるくらいならあいつと出陣しても良かった。……良かった。……──いや、前言撤回だ。どっちも嫌だ。
「なあ、主、あんたいくつだ?」
「19です。」
「へぇ、19か。まだまだひよこだな。」
「そうです。まだ殻から飛び出したばかりなのです。」
審神者なのに畑仕事をせっせとこなしている。審神者の仕事が無いのかと疑ってしまうが、頑張っている姿を見るのは悪くない。
「ですが、すぐにニワトリになって見せます。いいえ、ニワトリよりも大きく、トキの様に羽ばたくつもりです。」
「はは、あんた面白いな。名前は?」
「桃花です。」
「桃花か、あんたは桃に縁があるのか?」
「はい。よくわかりましたね。」
「顕現する時に桃の香りがした。それに、この本丸、庭全体が桃の花で埋め尽くされている。見りゃわかるぜ。」
「綺麗でしょう?ここは、時の政府直々の本丸ですので。」
時の政府直々……。ということは、この娘は特別な審神者なんだろうな。それもすぐに分かる。この娘、審神者には勿体ないくらいの素質だ。霊力の高さが半端じゃない。“俺たち付喪神よりも霊力が強い”ったぁ……どういうことだ……?
「へぇ?あんた、凄腕の審神者だろ?もっと位の高い地位についたら良かったのに。」
「凄腕だなんて……そんな。桃の力があるから、強力な力が出せるのです。」
「桃の力……?」
「はい。桃は『天下無敵』という言葉がつくくらい縁起の良い花なのです。桃を鬼に投げつけ退治したという逸話もあるほど、桃は魔除としても人々から愛されています。桃の霊力を源としている私は桃が持つ強い力を発揮出来るわけです。」
それにしたって、この霊力は強すぎるんじゃないか……?顕現する時に感じた。あの体が引き出されるような感覚。体内に入ってくる霊力の多さ、強さ。
ただの審神者じゃねぇってことくらい俺にでも分かるさ。
「ふーん?……※国広達、上手くやってるかね……。」
ふと、戦場へ行った二振りが気になった。
過去を巡る戦いとは一体何なのか、俺も早く知りたいものだ。
俺は相変わらず桑にもたれ掛かりながら強い日差しを睨みつけた──。
❀❀❀
「はあっ!」
時間遡行軍の首目掛けて刀を横に振ると、遡行軍の血が刃を濡らし、散っていった。
「そら!」
バンッ!という銃声が後ろから聞こえてきた。振り返れば僕に斬りかかろうとしていた遡行軍が頭を銃弾に貫かれ、倒れた。
「危なかったのう。」
「た、助かりました。」
辺りの敵は片付き、これで六体全て倒しきった。
やっと静寂が戻ってきて、僕たちの戦が終わったんだと気付いた。
木の裏に隠れていたもものすけを呼び、抱えると、時空転移装置を取り出した。
「それじゃあ、帰還しよう。」
「ま、待って!まだここにいちゃだめかな?」
僕はもものすけを止めると、不思議そうに顔を上げた。
「どうして?」
「……僕……会いたい人が……。ぁ、いや。」
そう、ここは函館戦争──。ここには僕と兼さんの元主が死んだ特別な場所。本丸に帰る前に、その姿を一目見ておきたかった。
しかし、僕達は未来から来た者。下手に過去の人と接触するのは危ないだろう。任務が終わったらすぐに帰るべきだ。
だが、仕事を放棄をしてもいいから、あの人をもう一度この目で見たい。だって、過去に戻れるなんてそう簡単に出来ることじゃないのだから。こんなチャンス滅多にないはずだ。
「……僕の元主が……ここで命を散らします。だから、一目見に行きたいんです!だめ、ですか……?」
「堀川……。」
「……うーん。」
もものすけは困ったように耳が垂れ下がった。
わがままを言ってしまったかもしれない……。けど、やっぱり、土方さんの最後を看取ってあげたい。
「時の政府からは刀剣男士の勝手な行動はあたし達が止めるよう言われているんだけどね……。」
「そ、そこを何とか!お願いします!」
そう言わず、この機会を僕に与えて欲しい。顕現して初日に元主と再会するとは思いもしなかったが、この体を貰ったからには土方さんに会いたい!
僕のその切実な願いは陸奥守さんにも伝わったのか、刀を鞘に収めると、膝に手を当てて頭を下げた。
「わしからもお願いじゃ。堀川がそう言っとるんじゃ、行かせちゃってくれんか。」
「ええ!陸奥守さんまで……。むぅぅ〜……。本当は主の指令なく勝手に動くことは駄目なんだけど……。桃花はきっと許してくれるだろうから……しょうがない、いいよ。」
「っ!ほんと!ありがとう!」
許可がおり、目の前が明るくなった。
「ムギュッ。」
僕はもものすけをギュッと抱きしめると、戦地の方へと駆け出した。
「陸奥守さんも、ごめん。付き合わせちゃって。」
「えいえい。気にしな。」
笑って許してくれる陸奥守さん。土方さんとは元主が敵対していたけれど、僕のわがままには付き合ってくれるし、土方さんを特別毛嫌いしてる訳ではなさそう。
僕には兼さんが突っかかるほど嫌な人には見えないけどな──。
その後、僕達は高いところまで行き戦を見届けた。
人間が本当に小さく見えた。みんなの顔も分からないくらい遠いところから眺めていた。それでも、土方さんがどこにいるのかも、亡くなった時に見せた顔も、あの時の衝撃も、今のままでそこに残っていた。
目の前で死にゆく主を見届けるのがこんなにも苦しく、誇らしいとは、何とも複雑な気分だ。
──バンッ!
あの一瞬で土方さんの腹は撃ち抜かれた。
今もまだ、終わりの銃声が耳の中で鳴っている。
土方さんの死にゆく景色を兼さんは知らない。
しばらくは、この景色を僕だけのものにしておこう。
じゃないと、僕が僕じゃなくなる気がした。
僕が堀川国広でいるために、この景色は忘れちゃいけないんだ。
どんなに辛くても、苦しくても、あなたの死に様だけは隣で看取りたいから。
最後まで土方さんと兼さんの刀でありたいから──。
❀❀❀
【第5話】戦闘
[4月24日 13:21]
あれから、幾度も歴史を渡り時間遡行軍を倒してきた。
俺達は幕末の刀しかいない為、飛ぶ時代も幕末しかない。だから、任務を遂行しやすいにはしやすいが、時間遡行軍もどんどん力を蓄えていってる。
だが、それは俺達刀剣男士も同じで、時間遡行軍よりも強い力で圧勝している。というのも──。
「行くよ!兼さん!」
三振りで出陣した時のこと、時間遡行軍が民家に現れた。
俺と国広は屋根の上を走り港の方へ向かっていく時間遡行軍に容赦なく刃を入れた。
「はぁっ!」
屋根から飛び降り、時間遡行軍の頭のてっぺんを刀で串刺しにした。
その後に続いて国広も、時間遡行軍の首を斬っていく。
それに気づいた仲間二体は俺たちに刃を向けると、遠慮もなく振り回してきた。
「はは!」
俺は刀を持ち替えると横に腕を振り、時間遡行軍の喉元を斬り裂いた。
遡行軍の返り血が刀に付いたが、お構い無しにもう一体も振り上げた勢いで敵を斬り裂いた。
周りは血だらけだが、すぐに霧となって消えてしまった。
「さすがだね!兼さん。」
「お前もな。」
「うん!」
国広は笑顔で答えると、後ろから襲ってきた敵の腹を刀で刺した。
「〜〜〜!」
時間遡行軍は何やら言っているが、国広が刃を振っただけで一瞬で遡行軍の首は飛んだ。
おっかねぇやつだ。油断も隙もあったもんじゃない。
「陸奥守さん、大丈夫かな?」
「ああ。追うか。」
「うん!」
陸奥守は俺達よりも先に港の方へ行った。
向こうにいる大太刀三体を倒しに行ったのだ。
大太刀に一振で立ち向かうなんて死にに言ってるようなもの。早く援護してやらないと。
俺は国広を連れて、港の方へと走った。
「っ!?」
しかし、すぐに邪魔は現れる。空に時空の歪みが現れた。
そこから雷が落ちると、またもや時間遡行軍が六体現れた。
「ったく、次から次へと。」
俺に斬りかかってきた二体は俺の首目掛けて刀を振った。いち早く時間遡行軍の攻撃に気づき、頭を下げて避けると、自分の刀を大きく横に振った。遡行軍の腹が裂けると血飛沫が飛ぶ。
その間に一体が俺の後ろに回り込んだのが見えた為、横に大きく飛び敵との距離を取った。
近くにいた国広も既に一体倒しており、残り三体となった。
「順調だね。」
国広は俺の背中に背を合わせると、刀を構えた。
「油断はするなよ。」
「兼さんもね。」
お互い、同じタイミングで足を踏み出すと、左右から迫ってきていた二体を斬り裂いた。
そして、残り一体だ。
「行くよ兼さん!」
「おう!」
国広の合図で再び刀を握り直すと、国広が遡行軍の刃を吹き飛ばした。
「「二刀開眼!」」
体制を崩した遡行軍の首に刃を当てると思いっきり押しつけた。
「〜〜〜!」
先程現れた六体を倒すと、辺りは一瞬で静かになってしまった。
俺達は再び屋根の上に登ると港の方へ向かった──。
段々と港に近づくと、海辺に陸奥守がいるのが見えた。
「陸奥守!」
陸奥守の周りには大太刀が三振いた。一対三だ。
果たして一振だけで勝てるのか。
俺はスピードを緩めると、立ち止まった。
「兼さん?」
急に止まった俺を疑問に思い、国広は振り返った。
「早く行かないと!」
焦る国広を横目に、俺は屋根の上から陸奥守を見下した。
「いや、高みの見物と行こうぜ。」
「え?」
「あいつ、一振で大太刀に勝てるのか、見定めようじゃねぇか。」
「か、兼さん!そんなこと言ってる場合じゃないよ!三体もいるんだよ!?」
「いや、あいつならいけんだろ。」
手合わせの時俺を負かせたくらいだ。あれくらい勝ってもらわないと俺が許せない。
「か、兼さん!」
国広は俺の腕をぐいぐい引っ張るが無視して、戦いの行方を伺っている。
(どう立ち向かう、陸奥守吉行。銃を使わずして勝てるか……?いや、無理だな。)
陸奥守は両手で刀を構えると目を閉じた。
「っ!?」
あの時の手合わせと同じ!
見開いた陸奥守は足を引き、敵の懐へと飛び込んだ。
刀を大きく振り上げ、真ん中にいた大太刀の体制を崩した。
(俺と手合わせした時と同じ体勢。)
左右から迫り来る時間遡行軍を飛んで避け、右側にいた敵の背後に素早く回り込んだ。そのまま、刀を真っ直ぐ左胸に刺すと、一撃で一体を仕留めた。
左から迫ってきた敵の刃を片手で受け止めると、銃ホルダーから拳銃を取り出し、バンッ!と一発右側の奴に撃った。しかし、球は斬られてしまい、右からも敵が迫っている。
陸奥守は足を上げると、目の前の敵を思いっきり蹴り飛ばした。後ろへ仰け反った遡行軍に襲いかかり、顔面に刃を突き刺し、二体目も撃破。
後ろから迫り来る遡行軍の刃を受け止めつつ、銃を数発かまし、すぐに三体目も敗れた。
「わあ、陸奥守さん凄い。」
あの大太刀三振りをたった一振で倒してしまった。
「とんでもねぇな。」
……何者なんだ、あいつ。
これが刀剣男士の力なのか?
まさか。そんな呆気なく敵を倒せるわけないだろ。
敵が弱いのか?それとも、俺たちが強いのか?
「これで、全員倒したかな。」
時間遡行軍を討伐し、この歴史は守られた。もものすけが俺の足元に来た。
「さすがだね。さて、帰ろうか。」
「……ああ。」
戦闘を終えた俺達はのんびりしている暇も無いため、もものすけが持っていた時空転移装置を操り、現世へと戻ってきた──。
❀❀❀
「ただいま戻りました!」
「いや〜だれただれた〜。」
本丸の玄関で靴を脱いでいると、主がすぐに玄関へと駆け寄った。
「ご苦労様です!歴史に変化はありません。任務成功です!」
「良かった!」
「おお。やったな。」
任務は成功、すなわち、俺たちの勝ちって事だ。
たった三振りだけだが歴史は守れる。苦戦した事すらない。これくらいなら余裕で任務をこなせるだろう。
「皆さんは食堂へ行ってご飯を食べてください。報告は後ほどで大丈夫です。ご飯は作って置いてあるので、温めて食べてくださいね。」
主はそれだけ言い残し、すぐに事務室へと戻ってしまった。
「国広、先行っててくれ。主に聞きたいことがある。」
「え?うん。分かった。ちゃんと部屋に入る時はコンコンってするんだよ?」
「わぁってらぁ。」
俺は昼食を後にし、主がいる事務室へと向かった。
聞きたいこと──それは、俺達の任務がこれで良いのか、ということ。
というのも、日頃戦闘が呆気ないと思っている。時の政府が戦だ!戦だ!騒ぐ割には、俺たち三振りで歴史が守れている。そんなに騒ぐ程深刻な状態にも思えないのだ。
かれこれ何十回も出陣したが、手入れ部屋というのに入った事すらない。あまりにも敵が弱すぎて唖然としてるくらいだ。
これで本当に良いのかを聞きたい。だから、主を訪ねた。
事務室のドアをノックすると、中からはーいという返事がきた。
ドアを開けると、そこは主の仕事部屋。日本地図がでっかく表示されたモニターに、沢山の書物。大きい机で何やら書き物をしていた。
「今、いいか?」
「はい、大丈夫ですよ。」
主は部屋に招き入れると、ソファへと案内した。
ふっかふかのソファに腰を掛けると、向かい側にあるソファに主が腰掛ける。
「あんたに聞きたいことがある。」
「なんでしょう?」
緊張感はなく、相変わらず優しい笑みを浮かべたままの主に俺も肩の力を抜いた。
「その、呆気ない話にはなるんだけどよ。」
「はい。」
「敵が……弱すぎじゃねぇか?」
「……弱、い?」
ガチャッとドアの方から音がすると、もものすけ用の小さな扉からもものすけが入ってきた。
もものすけは主の隣にいくと、ゴロンと膝の上で寝転がる。
「ああ。敵が……弱いんだよ。」
「そ、そんな事ないと思うんですけど……。敵はかなり強敵ですよ?」
俺たちが言い合っていると、不思議そうな顔をしたもものすけ。
「何の話?」
「敵が弱いんじゃないかという話です。」
「遡行軍が?」
「ああ。」
「……そんな事ないと思うんだけどな……。」
「何だか違和感があるんだ。あんた達が本丸なんて設置して、大事のように騒いでる割には、任務が呆気なさすぎてよ。」
「不思議ですね……。そんなこと言う刀剣男士は見た事がないです。でも、確かに幕末の素行軍は弱いとされていますが、和泉守さん達が戦っている遡行軍の強さは池田屋と同じはず。」
「そう考えると、三振りだけであそこまで敵を倒せてるのは異常だね。」
「い、じょう?」
もものすけは起き上がると主を見上げた。
「私は池田屋の遡行軍がどのくらい強いのか分かりません。何が異常なのですか?」
「強さだよ。刀剣男士の。」
「俺?」
「うん。きっと桃花の霊力が強すぎるあまり、刀剣男士の力にも影響してるのかもしれない。」
「私の力が……?そんな所にまで影響するんですか?」
「するよ。桃花の力は桃を源としてるから一般的な霊力より強いの。だから、刀剣男士の戦闘力も高い。敵が弱く感じるのはそのせいじゃないかな。」
もものすけは俺の隣にくると俺を見上げた。
「桃花は新人審神者だけど、時の政府から期待されたルーキーだよ。『桃花の力でたった三振りの刀剣男士だけでも歴史を守れるのかを時の政府は見てるの』。」
「何でそんなこと……仲間は多い方がいいだろ。」
「そうもいかないんだ。刀剣男士が増えると、それだけ資金がかかる。今の日本は借金まみれで大変なんだよ。時の政府としても非常に困っていて混乱状態なの。だから、たった三振りで歴史を守ることが出来るなら、経費削減になる。『この本丸に刀剣男士が三振りしかいない理由は時の政府が用意した試行実験のようなもの』だから。」
俺達は時の政府に期待されてるってことか。敵が弱いと感じるのは俺達が強すぎるだけ。というのも、主の力が強いから、俺達の力も自然と強くなっているんだろう。
敵が弱いのは敵がおかしいんじゃなくて、俺達がおかしいんだ。
「池田屋相当の敵をたった三振りだけで倒すなんてありえないことだよ。和泉守さん達は最強の刀剣男士かもしれないね。」
「最強?」
「少なくとも三振りだけで倒したなんて資料は現時点ではない。さすがだね、桃花。」
「いえ、私は何もしてないです。和泉守さん達が命を張ってくれているおかげですよ。私は力があっても歴史を直す力はないですから。」
「ま、そういう理由なら納得だけど……。」
「まだ腑に落ちない?」
「……俺は自分が強いとは思わないから。違和感がある。」
桃花ともものすけは顔を合わせると首を傾げた。
「何言ってるんですか。和泉守さんはかっこよくて強い刀ではないのですか?」
「別に、俺は強くねぇよ。」
坂本の刀に負けるくらいだ。別に強くなんてねぇよ。
不貞腐れるように吐き捨てると、桃花は不思議そうな顔をした。
「そんなこと……ないですよ?」
「……腹減った……。」
俺は話を終わらせようと、それだけ言って席を立った。
「……あっ!ご飯、温めてくださいね?」
「別に、冷めてても良いよ。」
すると、桃花は立ち上がって俺の着物を引っ張った。
「っ!なんだよ。」
「ダメです。きちんと温めてから食べてください。」
「っ、別にいいって言ってんだろ。」
「ダメです!絶対ダメです。温かいごはんが食べられるなら温かいごはんを食べなきゃいけないのです。」
「は、はあ?」
桃花の言ってる意味がわからず、困惑してしまう。
別に飯なんて食べられたらなんでもいいじゃないか。冷めていようが食えるもんは食えるのだから。
「『冷めたご飯は心も冷やします』。だから、絶対にダメです。温かいごはんを食べられない子は沢山いるんです。温かいごはんが出るということは幸せの証なのですから、和泉守さん、ごはんは冷めていたのなら温めて、温かいのなら、温かいうちに食べてください。」
桃花の謎のこだわりに俺も言い返す気を失せてしまい、同意するしかなかった。
「お、おう。」
桃花がニコッと笑うと、俺を見送った。
俺は部屋を出ると、一直線に食堂へと向かった。
食堂からは良い匂いがする。桃花がわざわざ作って用意しておいてくれたんだろう。
もう冷めてるんだろうなと食堂の扉を開くと、国広と陸奥守が楽しそうにご飯を食べており、国広の隣は席が空いてあった。
そこの席にはご飯がお盆に盛られており、湯気がまだもくもくと出ている。
「………………。」
未だに湯気があることに驚いていると、国広が俺に気づいた。
「あっ!兼さん、早くご飯食べよ。」
「お、おう。」
俺は国広の隣に座り、手を合わせると、ご飯を食べた。まだ温かいご飯に口の中も胃の中も心も温まっていく。
「……あったけぇ。」
「でしょ?陸奥守さんが温め直してくれたんだよ。」
陸奥守が?
俺は陸奥守を見ると、気まずそうに目を逸らした。
「別に、飯が冷えてて可哀想やったき。温めただけじゃ。」
桃花が、冷めたご飯を食べると心も冷めると言っていた意味が少しわかった気がした。温かいごはんを食べられるというのは幸せの証というのは本当の様だ。
珍しく気分の良かった俺は陸奥守に「ありがとうな」というと陸奥守は一瞬驚いた顔をしたが、少しはにかんだ──。
❀❀❀
【第6話】日記
[4月30日 13時03分]
相も変わらず過去の戦いに出つつ、本丸の仕事をこなしていた頃、主に呼び出された。
「何じゃ?」
珍しい主の呼び出しに何かやらかしてしまったかと内心ハラハラしていたが、そういう訳では無い様だ。
「陸奥守さん。非番なのにすみません。」
「いんや、気にせんで。」
わしは主の方へ行くと、主は引き出しをゴソゴソと漁り一冊の本を取り出した。
「これ。」
渡された本を受け取り、ペラペラと捲ったが、縦の線がいくつも入っているだけで文字は書いてなかった。
この白紙の本はなんなんだろうか?
「?」
「それは、ノートです。陸奥守さんにはそのノートに日記を書いて欲しいんです。」
「日記?」
「はい。日々の感じたことや、思い出、目標など、何でも構いません。一日を振り返った感想を書いて欲しいんです。」
「は、はあ。書く意味はあるんか?」
「はい、大いにありますよ。」
主はソファに座ると、わしにも座るように促した。
気遣いに応えるようにソファに腰をおろすと、ふっかふかのソファに息を飲んだ。
(ふかふか……。)
「この過去を巡る戦は何十年、何百年後にも引き継がれる歴史です。なので、最前で戦っているあなたには歴史に残るような当時の思いや気持ちなどを残して頂きたいのです。」
「え!じゃあ、わしが書いた日記が歴史に残るっちゅうことか?」
「はい!」
いやいや、待て待て!そんなこと急に言われても困る。
「ま、待っとうせ!わし日記なんぞ書いたことがないぜよ!」
「私も書いたことありませんが、時の政府から書いてほしいとの命令が下されてしまったので……どうか書いてくれませんか?そんな難しく考える必要はありません。過去の自分への手紙だと思って書いてください。」
自分への手紙……。
正直書きたくないというのが本音だった。だって、自分のことが歴史に残るなんて、恥ずかしいし……。龍馬が語られるなら慣れているし、鼻が高いが、自分が語られるとなったら話は別だ。
「な、何日まで続ければええんじゃ?」
しかし、断って主を困らせるわけにもいかず、嫌々任務を引き受けた。
「ずっとです。」
「ずっと!?」
「はい。」
ニコッと笑った桃花にはあとため息をついた。
拒否権は無いようだ。
「……あぁ……はは、わぁったちや。やるぜよ。」
「ありがとうございます!とても助かります!」
乾いた笑みしか出てこない。
主はソファから立ち上がると、自分の机の引き出しを漁り出した。
引き出しから出したのは一本のペンと消しゴムだった。
「シャーペンというものを差し上げます。こちらで日記を書いてくれますか?」
「しゃーぺん?」
「これは、書いた文字を消せるペンなんです。」
書いた文字を、消せる!?
今はそんな便利なペンがあるのか……!
「そりゃ、ホントの話かえ!?」
「ふふ、現世の方達は皆使っています。」
主はわしにシャーペンと消しゴムを渡すと、軽くシャーペンの使い方を教えてくれた。
「これで、間違えた文字も消せます。なので、これで書いてくれますか?」
「おお!すごいちゃ!」
「芯が無くなったらこれで補充してください。無くなったら言ってくださいね。」
最初は日記を書くなんて乗り気ではなかったが、このシャーペンというものが使ってみたくて内心うずうずしていた。
「おん!早速書いてきてええか!?」
「え?は、はい。構いませんよ。」
わしは主にお礼を言い、出ていこうとすると、主がわしを引き止めた。
「あの、日記を書く時は日付を書いてくださいね!?」
「おんおん!分かっちゅうよ!」
主の話を聞き流し、ノートたちを持って部屋を出た。
直ぐに自分の部屋へと向かい、シャーペンをカチカチと押して芯を出した。
(おもろいのう。)
押すと芯が出てくるとはどういう仕組みなのだろうか。しかも、こんな細い芯で書けるというのがまた不思議で面白い。折れないんだろうか?
これなら手を汚さず文字を書ける。だいぶ日記が書きやすくなった。
自室へ戻ると、机の前に腰掛け、ノートを開いた。
こういうのは1ページ目から書くものなんだろう。早速最初のページにシャーペンの芯を下ろすと黒い線が引けた。
「おぉ。」
なんて面白いものなんだろう。
とりあえず何か書こうと思い、自分の名前を書いてみた。
「……陸、奥、守吉行。」
書いてみると分かるが、自分の名前は陸奥以外簡単なんだと気づいた。
にしても、自分の汚い字に顔が引きつった。こんな汚い字が歴史に残るとか恥ずかしい……。
何とか上手に文字が書けないだろうか。
もう一度自分の名前を書いて見ることにした。
「陸奥守、吉っあ!……。」
強く書いたからか、ポキッと芯が折れてしまった。
「たまぁ!すまんちや!」
折れるというのが何だか可哀想で、痛々しくてつい芯に同情してしまう。
「芯も脆いんじゃにゃあ。」
優しく扱ってあげなくては、このペンごと折れるんじゃないかと心配になる。
丁度いい力具合で持ち直すと、もう一度試し書きをしてみた。しかし、今度はひらがなで。
「むつ、の、かみ、よしゆき。」
今度は綺麗に書けた。
「むっほほ!ええにゃあ!」
綺麗に書けたのが面白くって何度も自分の名前を書いてみた。ある程度描き続けていると飽きてしまい、今度は元主の名前を書いてみた。
「坂本、龍馬。」
龍という漢字が思ってたよりも難しくて首を傾げた。果たしてこれで合っているのか不安になるクオリティだ。
「さか、もと、りょうま。」
うん、ひらがなは少しは綺麗に書けるみたいだ。
ある程度練習してから日記を書こうと思い、そのページを破ると、文字を書く練習をした。
「森下、平助……。んー、この名前はあんまりしっくりこんのう。」
本名を書いてみたが、個人的には陸奥守吉行の方が気に入っている。だって、龍馬がわしのことをそう呼んだのだから。
ひとまず、紙をくしゃくしゃに丸め、ゴミ箱の中に捨てると、今度こそ日記を書こうとシャーペンの芯を出し直した──。
[6月2日]
日記を書くことになりました。
土佐弁で書くか、標準語で書くか悩みましたが、この日記は歴史に残すための日記らしいので標準語で書くことにしました。
慣れない言葉で書くのは難しいけれど、とりあえず書いてみようと思います。
主曰く、日記は手紙を書く感覚で良いと言うので、手紙感覚で書いてみます。
日記とは面白いものですね。過去の自分宛に手紙を書いているようで楽しいです。いや、過去の自分に手紙を書くのが楽しいのではなく、自由に文字を書けるというのが楽しいのかもしれません。私の元主、龍馬も手紙を書くのが好きで、よく実家の姉に送っていたものです。
私の身近に手紙を送る人はいないので、この日記を読んでいるあなたと過去の私に捧げようと思います。
面白みのない日記ではございますが、どうぞお付き合い下さい─────────
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[11月15日]
全てが終わりました。
私の物語も同時に終わった気がしました。
行かなければ良かったという後悔の念ばかりが私を付き纏います。
あの子をこの手で殺めるのも辛いのに、あの子の幸せまで壊さなきゃいけなかった。
龍馬の顔は忘れられられない。あの顔は龍馬を目の前で失った時の私の無念と全く同じ顔。
あの子を殺めるだけならまだしも、同じ目にあわせてしまった事への罪悪感が拭いきれないのです。
あんな悲惨な状況であっても主は現世の歴史に異常はありませんと答えた。
こんな歴史で本当に良いのか?
歴史を守れたと本当に言えるのか?
あの子の最後があんな残酷なものだなんて私は許せない。
こんな残酷で人徳の無い戦にこれ以上関わりたくない。いっそあそこで共に折れたかった──。
──私は陸奥守吉行で居続けるのが苦しい。
過去の私が一生私を恨んでいるように、私もこの歴史を一生恨むだろう。
いつまで私は陸奥守吉行でいなければいけないのでしょうか?
もう終わりにしたいです。
もう終わらせてください。
もう、いいですよね?
全部、全部無かったことにしてください。
あの人の歴史ごと何もかも無くなればいい。
──もう いい
もう いいよ
終わりにしよう
それにしても
今日の月は霞んでいる
あれが 朧月か
オボロ か
もう 何もナイ どこにもナイ
私も アナタも 何もナイ
ああ
キオク
ガ
オボロゲ だ
[続く]