その日、俺は仲間と一緒に気晴らしに少し離れた街へとやって来ていた。
いつもと違った風景に新鮮味を感じながら、立ち寄ったカフェから離れた所にあるゲームセンターへ少し遠回りをしながら向かっていると公園の横を歩いていた。
事前に聞いていた通り、俺たちが歩いていても不良に絡まれることもなく、何も起こらない平和な街並みに、一緒に来ていた男二人と話しをしながら、ふらふらと街中を散策していた。
「なぁ紫苑! ゲーセン言ったらバスケしようぜっ!」
「その前にファミレスだろ。腹減ったー!」
「はぁ!? さっきコンビニで食ったじゃん!」
「3時間経った」
「たった3時間でお腹減るかよ! 燃費ワル過ぎ!」
隣りで騒がしくしているコイツ等は、同級生で。友達で。ある集団の仲間だ。
最初に話し掛けた来たのは渡瀬 遥輝で。
天然パーマの茶髪はふさふさしていて、明るい性格と、男にしては低身長の背丈から周りからは中学生と見間違われることが良くある。
そして、その隣りにいる図体がデカイのが、柏木 満里だ。
体格と比例してブラックホール並にお腹を空かせていて一日中、何かしら良く食べている。
性格は短気で喧嘩早く、コイツが関わると必ず抗争になる。正直言って面倒くさい。けれどどんなときも付いて来てくれて頼りにはなる。
そんな二人を幹部に据えて、俺が束ねている集団が『黒薔薇』と言う暴走族だ。
俺はその総長を張っている。
ファミレスか……。
俺もさっきコンビニ弁当食ったけど、物足りないんだよな。
「デザートでも食べいくか」
「ちょっと紫苑まで!?」
「甘いモンは別腹だろ?」
「それは否定しねぇけどさぁー!」
何気なく歩いていると後ろから「ねぇねぇ」と声を掛けられた気がして振り向いた。
なんだ? 今の声は気のせいか?
「おーい紫苑。下、下」
した……?
そう思って下を向くとワンピースを来た女の子が俺を見て立っていた。
──否。俺たちを見て、愛嬌たっぷりの可愛いらしい笑みを浮かべて立っている。
なんだこの子供はと疑問を抱きつつも女の子と向き合った。
周囲に保護者らしき大人がいなかったが、草むらの向こう側が広場だったことを思いだして、大体の事情を察する。
きっと、この広場で遊んでた子供だろう。何で話しかけて来たのかは分からないが……。
どう見てもガラの悪い俺たちに話し掛けて来るなんて度胸があるらしい。別にどうこうするつもりなんてないけど。
一瞬。迷子か、とも思ったが。それならもっと優しそうな大人を選ぶだろう。年が近そうだからって俺たちに話し掛けて来るとは思えない。
だからちゃんと、目的があって声を掛けて来たハズだ。
「お嬢ちゃん、どうしたのかな?」
「迷子かー?」
遥輝がその場にしゃがみ込みと、珍しく満里も腰を曲げて顔を近づけた。
興味津々に遠慮なく近づく二人に、泣かれても知らねぇぞと俺は知らんぷりをしたくなる。
すると女の子は、ギラギラのエックレスやら指輪やら、ドクロ柄の黒いTシャツやらと厳つい遥輝のことも。
図体のデカイ満里の圧迫感にも、怖がることもなく首を横に振り返った。
そして幼い子供にしてはやたらとハキハキした声で話し出す。
「まいごじゃないよ! あのね、これ落ちてたの。お兄ちゃんたちの?」
「あれ? これって……」
遥輝が女の子の持っていた物を見る。
それは二つの鍵がついた茶色の革製のキーケースで。遥輝はまじまじとそれを見ると俺を振り返った。
遥輝も思ったらしい。俺もそのキーケースには思い当たる。
どう見ても俺が持ってたキーケースに似てるのだ。
腰のベルトから垂れているチェーンを辿って行くと、チェーンに通しておいた肝心なキーケースがなくなっていた。
「……俺のだわ」
落ちたのに気が付かなかったな……。
ポケットに入れていたつもりだったが、さっきのカフェ店の支払いで財布を出す時に出いたのだろう。
付いている二つのキーは、バイクと家の鍵で。落ちていたことに気が付かずにいたら、最悪帰れなくなるところだった。
拾ってもらえて良かったなと安堵していると、満里がチェーンの先を見て指摘る。
「──おい、紫苑。これ金具壊れてるぞ」
「ホントだ。隙間出来てんじゃん。そこから落ちたんだね」
帰ったら代用品探さなきゃだな。
小さくため息をつきながら子供の手からキーケースを受け取った。
「ありがとな」
「どういたしまして!」
そう言ってニッコリと笑った女の子。見た目的には保育園児ぽいが、口調や態度からは小学生にも感じられた。
俺にも同い年くらいの弟がいるが、可愛気が全くなく生意気で年齢相応で、いつも兄弟喧嘩ばかりしている。
このくらい可愛気があると遊んでやっても良いと思えるのが、まぁアレだけ生意気だと、一生無理な話しだろう。
ふと少女の愛想の良さに構ってあげたくなって腰を下ろすと、おさげの頭を撫でた。
大人しく頭を撫でられている少女に名前を聞いてみる。
「お名前は?」
「みねかわまいです!」
「まいちゃんかー! 可愛いなぁ」
少女の元気で明るい可愛さにデレデレの遥輝が頭を撫でようとすると、それを止めるように離れた所から鋭い声が耳を貫いた。
「さわるな!」
突然の大きな声に遥輝の手が止まると、俺たちは一斉に女の子が来た方を振り向いく。
そこには俺たちを睨みつけている金髪の男がいた。
「──あ? 誰だアイツ」
満里の低い声にため息をつく。ホントに短気な奴だ。
喧嘩にならないことを心の中で祈っていると、男の姿を見て“まい”と名乗った少女がパッと花を咲せるように嬉々として男を呼んだ。
「あ! お兄ちゃん!」
「え、お兄ちゃん!?」
遥輝が驚いた声を上げて反応すると、お兄ちゃんと呼ばれた男は俺たちと少女を険しい顔付きで見比べていた。
「うわぁ。兄妹とは思えねぇ……」
ボソリと呟く遥輝の言葉に女の子が首を傾げる。
とは言え構っていられなかった。アレが兄だとすると、威嚇されて当然だろう。この状況で変に構うとそれこそ後戻りの出来ない誤解を与えてしまう。
旗から見たら知らない不良たちが妹に群がっている状況だ。兄としては妹の安全のためにも身体を張ってまで守る意義がある。
「てめぇら、俺の真依から離れろ」
男が一歩前に踏み出すと、ビリッと肌に刺すような殺気が感じられた。
その気配に俺たちは言葉を失う。
ビビってるワケではない。ただ一般人には到底出せないような殺気に、本能的に警戒心を抱いているだけだ。
無意識に臨戦態勢に入ったことで、不用意に声が出せなかった。
「まいはこっちこい」
兄の言葉に一触即発の状況になってることを気にせずに「はーい!」と返事をして俺たちから数歩離れた。
振り返って「お兄ちゃんたちバイバイ!」と笑顔で手を振ってから兄のもとへと駆け寄って行く。
「お兄ちゃん!」
手を伸ばして兄の足を抱きしめると、安心したような眼差しを向けて少女を抱き上げる。
それから俺たちに鋭い視線を向けてきた。
「それで俺の妹に何か用だったか?」
ガラの悪い俺たちに怯えもせず、淡々と話す男に自然と口角が上がる。
殺気が出せるのは普通じゃない。それなりに喧嘩の場数を踏んできた奴が出来ることだ。
「はぁ?? 勘違いしてんじゃねぇよ。言っておくがその子から近寄って来たんだからな!」
警戒して品定めをしている俺の隣りで、満里が質問に答えた。
色々とハブられた解答に男は「あ? まいから?」と戸惑った表情を浮かべる。
相手がちゃんと言い分を汲んでくれる奴だったから良かったものの、喧嘩腰の解答に冷や汗を掻く。
余り問題事を起こして警察に目をつけられたくはない。
女の子を見ると、当の本人は俺たちの会話を良く分かってないようで、首を傾げただけだった。
「満里、落ちつけ」
「あぁ? 紫苑からも何か言ってやれよ!」
……はぁ。本当にまいった。満里の沸点はすでに達しているようで、俺の言葉を聞いているようで聞いてない。
それは睨みつけられたことから十分に察せられる。随分と興奮しているようだ。
まぁ満里の態度がそれでも、ちゃんと話せば上手く収まるだろう。あの男が面倒な性格をしてなければ──だが……。
前にいた遥輝と満里の間を通って前に立つと、代表して男と話しをすることにした。
「警戒するのも分からなくないが、俺たちはその子に鍵を拾ってもらっただけだ。頭を撫でていたのも単純に可愛いかっただけで、危害は加えてない。これで良いか?」
「……チッ。ならもういいな。俺たちは失礼する」
「おい、てめぇ! 何も無かったように帰ろうとしてんじゃねぇよ! 勝手に睨んできたんだから謝れや!」
「満里……。お前が黙っとけ……」
頼むから。
「なんでだよ!」
手を伸ばして前に出て来そうな満里を制すと、満里は目尻を上げて俺の手を払ってきた。
はぁ……。コイツ、苛立ち過ぎだろ。
せっかく穏便に帰ろうとしてたのによ。
暴走気味の満里をどう沈めるか考えていると、男が口を開く。
「真依が良いことをしたなら借りが出来たよな? なら謝る必要はねぇよな?」
「はぁ!?」
「もういいだろ。お前等もとっとと帰れ」
これで終わりだと言うように男は広場へと戻ろうとすると、今度は遥輝が男の足を止めた。
「全然よくない! オレ、まだ頭撫でてない!」
──今そこ、問題か?
じゃなくて。あぁ、すげぇ面倒くせぇことになったな。もう放って帰って良いかな。
俺がこの場の収集を面倒くさがっていると、男も同じ気持ちなのか大きな溜め息をついた。
「うるせぇよ。そんなの知るか。そんなに撫でたきゃ、近所の子供にすればいいだろ」
「ヤダァ!! その、まいちゃんの頭をなでなでしたい!」
駄々っ子かよ。
ふと遥輝の我儘に男が俺を見た。
多分、連れをどうにかしろって言うことだろうが、あいにく俺は止める気も失せているため、どうこうするつもりは無い。
──つぅか。俺が何言っても全然止まってくれねぇし。どうにも出来ねぇ。めんどくせぇ。
まさか二人が子供好きだっとは思いもしなかった。
地元の幼稚園の横を歩いた時は特に反応をしてなかった気がするんだが、よっぽどまいちゃんを気に入ったらしい。
「妹を思うのも分かるけどよ、お兄さん過保護過ぎじゃねぇの?」
「あ?」
挑発してんなぁ……。
「オレたちにガンとばしやがって。喧嘩売ってるよな?」
「あ? 妹を守ろうとしてんだからガンとばすに決まってるだろ。バカじゃねぇのか?」
「てめぇ!」
「幼い子供の前で殴り掛かってくるなよ?」
「なッ……!?」
おぉ、向こうが1本上手だったな。
呑気に傍観していると、男は今度こそ立ち去ろうとして、それを引き止めようと満里が走り出した。
ヤベッ……!
流石に殴るのはマズイと慌てるが、反応が遅くなった俺の手は空を掴んで、背中を追うハメになる。
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