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風が強い春の日。
桜は、ひとり屋上の柵にもたれかかっていた。
「……強くなりてえな、もっと。」
拳を見つめるその目は、まるで自分に問いかけるようだった。
「桜君、ここにいたんだ。」
優しい声が風に混じって届いた。
振り向くと、チャイナ服に黒い眼帯、そしていつもの柔らかい笑顔。蘇芳だった。
「何だよ、、、。」
「心配して、きただけ。」
「心配なんかいらねえよ。」
ぶっきらぼうな言葉の裏に、どこか寂しげな響きがあった。
蘇芳は、その空気をすぐに感じ取る。
「また、誰かのことで自分を責めてる?」
「……うるせぇな。別にそういうんじゃねえ。」
少し間があいた。
「でも、オレがもっと強かったら、あいつも、泣かせねぇで済んだかもしれねぇって……思っただけだ。」
桜の目は、遠くを見つめていた。
前のケンカで、風鈴の仲間が無茶をして、ケガをした。
桜はそのとき、自分が止められなかったことを、いまだに引きずっていた。
「桜君、それって──」
「弱ぇんだよ、オレ。口だけで、ぜんっぜん……守れてねえ。」
ぽつりと出た本音。
その瞬間、蘇芳の顔から笑みが消えた。
「違うよ、桜君。」
低い声だった。
「桜君は誰より、誰よりも“守ろう”としてたじゃないか。」
蘇芳の声が震えていた。
そして言葉が続く。
「俺、知ってる。桜君が陰で、どれだけあいつに声かけて、見てて……。それでも、自分の思い通りにならなかっただけだよ。」
「でも──」
「それが、生きるってことじゃないのかい?」
蘇芳の言葉に、桜は目を見開いた。
「人はさ、完璧じゃない。間に合わないこともある。守りきれないことだって……ある。」
風が、ふたりの間を吹き抜ける。
「それでも、桜君は拳を握って、前を見てる。それって、すごいことなんだよ。」
沈黙の中で、蘇芳はそっと微笑んだ。
「俺は、そんな桜君の背中、ずっと見てきた。」
「…………」
「俺が副級長をやってるのは、桜君の“その背中”に、意味があるって思ってるからだよ。」
桜は、目を伏せた。
唇がわずかに震えている。
「……泣くなよ、蘇芳。」
「うん、泣いてない。……けど、泣きたくなるときくらいあるさ。」
蘇芳が笑った。
桜も、ふっと口元をゆるめた。
「なあ、蘇芳。」
「ん?」
「お前が副級長で、ほんとよかったわ。」
「……っ、桜君……。」
「だから、これからも横にいろ。オレが弱ぇときも、強がってるときも、全部見てろ。」
「もちろん。だって俺は──」
蘇芳は優しく、でもまっすぐに言った。
「──ずっと、桜君の味方だよ。」
春風が、ふたりの間を抜けていった。
屋上から見下ろす街の風景は、いつもと変わらない。
でもその空の下、確かにふたりは同じ風を感じていた。
そして、また歩き出す。
仲間のために、自分のために、
誰かの涙を知ったからこそ、
今よりもっと、強くなるために──。