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「んんッ……んう……んッ!」
体育館の真ん中に木村と向かい合って座った照屋の、戸惑う声が響く。
「声出すなよ、気持ち悪い」
精を出し尽くして満足した比嘉が、白シャツの第二ボタンまで外しながらステージの上で胡坐をかく。
その脇では脱力した東が、パンツが見えるのも気にせずにうつ伏せに丸まっている。
「だって俺、ディープキスとか初めてなんだもんッ!」
照屋が口の端から涎を垂らしながらだらしない顔で振り返ると、
「お前のアヘ顔キッツいわー」
玉城が眉間に皺をよせ、
「声は出すんじゃねえ。出させんだよ」
比嘉が鼻で笑った。
「玉城、見本みせてやれって」
「はあ?やだよ。今木村とキスしたら、照屋と間接キスだろ」
玉城は隣に座った比嘉の小さな顎を掴んだ。
「お前相手ならいいけど?」
「……よせよ、キモいって」
比嘉はその手を払うと勢いをつけて立ち上がった。
「しゃーねえなぁ。この海千山千の比嘉様が、女を濡らすキスってのを教えてやりますかぁ?」
比嘉はペタンペタンと上履きの踵を潰しながら木村に近づくと、法悦としている木村の顎を上げた。
「ん……?」
比嘉はその唇を見下ろして眉間に皺を寄せた。
「お前、唇になんかついてるぞ?」
『……………』
木村は比嘉をうっとりと見つめたまま口を半分開けた。
「照屋の食べかすじゃねえの?」
玉城が肩を震わせて笑っている。
「きたねーなー」
比嘉は笑いながら唇の白く細長いものを取ってやった。しかしーーー
「……うわ」
ゴミか何かだと思っていたそれは、比嘉の指の中でウネウネと動いた。
「なんだ、これ……」
比嘉はもう一度木村の顔をのぞき込んだ。
「アーンしてみ?木村」
比嘉のその言葉に木村は素直に口を開いた。
『あーω♡』
「ッ!」
素直に開いたその唇には、
無数のウジ虫が蠢いていた。
◆◆◆◆
「キャラクターの動きは単調で理論的。
ドクターは“往診”。1部屋ずつ順番に診て歩いてる。ただし血の匂いには敏感。ケガ人と病人が優先だから」
「…………」
渡慶次は黒板を見ながら淡々と話す知念を横目で見た。
「攻略法は今見てもらった通り、『霊安室』と書かれた札や紙を貼っておくこと」
彼は気づいているのかいないのか、淡々と続けた。
「ピエロはエンターテイナー。人が多くいる場所に寄っていく。攻略法は知ってると思うけど、メイクを落とすこと。
ティーチャーの行き先はランダム。でも走ったり騒いだりすると寄ってくるから、音には注意した方がいい。あとは校則違反にならないように。プラスして出席をとりだしたらきちんと返事をすること。攻略法は校長が呼んでいるという校内放送」
「ティーチャーって、新垣が放送で言ってた橘先生ってやつか?」
吉瀬が眉間に皺を寄せる。
「女教師だよ。だけどめちゃくそ強い」
渡慶次は短く答えた。
「ゾンビは人間の匂いに寄っていく。汗、体液、唾液、血液。攻略法は……」
そこまで言うと知念は振り返り、いつの間に持ってきたのか背負った通学鞄から、おもむろにそれを取り出した。
「倒す。ゲームらしくね」
彼の手に握られていたのは、重そうなトンカチだった。
「お前、それどこから……?」
「用務員室から持ってきた。ゾンビたちは骨も筋肉も腐ってるから、戦闘能力自体は高くないんだ」
「確かに」
遠藤はゾンビの死体と一緒にいた。つまりあのゾンビを倒したのは遠藤だということだ。
それでも疑問は残る。
「なんで他のキャラがあんなに強いのに、ゾンビだけは弱いんだよ?」
「渡慶次はさあ」
知念は感情のこもらない顔で振り返った。
「ゾンビ映画とか観たことないの?」
「……はあ?」
その馬鹿にしたような言い方が癪に障る。
「ゾンビの何が怖いって、増殖なんだよ。ゾンビの体液が体内に入ったら感染するってこと」
「――――」
渡慶次はゾンビになった遠藤とのやり取りを思い出した。
噛まれてはいない。
攻撃されてもいない。
触られてもいないはずだ。
「あ……」
渡慶次は口を開けた。
――そういえば……。
「んん……」
そのとき、まだ倒れていた上間がむくりと起き上がった。
「あれ……?私、医者に見つかって、それで……?」
渡慶次は、記憶をたどろうとしている上間のスカートを掴むと、一気にめくり上げた。
「……!きゃああっ!」
上間が慌ててスカートを戻し、
「何すんのよ!!」
渡慶次の頬に平手打ちを食らわせた。
「……白……」
渡慶次はそう呟きながら、冷たい床に倒れた。
◆◆◆◆
「ぎゃあああっ!!」
蠢く大量のウジ虫に飛び退いた比嘉に、木村が右手を伸ばした。
ピンク色に塗られた綺麗な爪が比嘉の鼻先を霞める。
「……チッ」
玉城は比嘉の襟首をつかんで後ろに引き倒した。
尻餅をついた比嘉の前に立ちはだかる。
といつの間にか隣には照屋が立ち、先ほどまでのだらしない顔とは一転、木村を睨んでいた。
「ふっ……」
まるで打ち合わせたかのような比動きに、つい笑いがこみ上げる。
――やっぱり俺のライバルは、頭の悪いヤリマンでも、股の緩いアバズレでもなくて……
――お前なんだよなぁっ!!
玉城は木村に向き直った。
比嘉の前に出た2人はこれまた示し合わせたように、玉城が木村の顔、照屋が腹にそれぞれ蹴りをぶち込んだ。
『ω、ζ、″ぅぅうう!!』
潰れた木村の顔からも、まるで泥団子のように簡単に崩れた腹からも、真っ赤な血液と真っ白いウジ虫が飛び散った。
――な……なんだ!?
照屋も玉城も、喧嘩慣れしているからわかる。
普通なら衝撃に倒れ、痛みにのた打ち回っている強さで蹴ったはずだ。
しかし木村は倒れない。
一度よろついただけで、ぐっと顔を上げて潰れた片目で2人を睨むと、
『<″ぁアアあ!!』
今度は両手を玉城に向けて襲い掛かってきた。
その過敏な動きに一瞬遅れた玉城は、木村に白シャツを掴み上げられた。
『アァぁああアぁァ!!』
潰れた口の両端がプチプチと音を立てて裂けるのも構わずに、木村が大口を開く。
頭、顔、そして、首。
急所を噛まれるわけにはいかない。
やむを得ない。
玉城は右腕をその口に押しこもうとした。
そのとき、
『了″ッ!!!』
突然木村が思い切り後方に倒れた。
グシャッと後頭部が潰れる音が響く。
「……!?」
驚いて覗き込むと、その口には上履きが押し込まれていた。
「はは。ヒット」
振り返ると、自分の上履きを脱いで投げたらしい比嘉が両手を後ろについて笑っていた。
◆◆◆◆
「……こっちだ……!」
1年6組の教室を出た渡慶次たちは、知念の先導で渡り廊下を通り、体育館の方へ向かった。
「これからの敵の追撃に備えて、頭数はいた方がいい。なお戦闘力が高い味方がほしい」
知念は壁に貼りついて歩きながら言った。
「それに、このゲームを攻略を目指す意味でも人は多い方がいい」
「攻略……。それってゲームクリアってことかよ?」
渡慶次の質問に、
「それ以外に何かある?」
知念は相変わらず温度のこもらない返事をした。
「とにかく比嘉たちを探そう」
それについては渡慶次も異論はなかった。しかし――。
「お前さ、さっき言いかけた、もう一人のキャラってなんなんだよ?」
「…………」
今まで饒舌に話していた知念は、急に黙り込んでしまった。
「おい?」
「説明は後。死にたいの?」
その言い方にまたまたカチンとくる。
しかしここで言い争っていても仕方がない。
まだヒリヒリと痛む頬を撫でながら、渡慶次はチラリと上間を見た。
「……まだ怒ってんの?」
「当然でしょ!」
上間は目も合わせようとしない。
「説明したろ?ゾンビの死体の横に女もののパンツが落ちてたんだって」
「じゃあなに?私がゾンビかもしれないって疑ったってこと?」
「あのなあ!疑ったんじゃなくて心配したんだよっ!」
「しっ」
言いあう二人を吉瀬が睨む。
「痴話喧嘩してる場合じゃないだろ」
「これが痴話喧嘩に見えるかっ!」
「だれがこいつなんかとっ!」
2人が同時に叫んだところで、事務室と用務員室が見えてきた。
「――うわ、なんだこれ……」
吉瀬が真っ白の粉が巻いてある昇降口を見て声を上げる。
「あっ!誰か倒れてる!」
人影に気づいた上間が駆け寄ろうとするのを、渡慶次は腕を掴んで止めた。
「――渡辺と中村だ。死んでるよ」
「………ッ!!」
上間と吉瀬が同時に口を押えた。
「ティーチャーの仕業だ。見た目はエロイ姉ちゃんだけど、騙されんなよ」
渡慶次がそういうと、上間が冷ややかな顔で振り返った。
「……エロいんだ?」
「……なんだよ」
渡慶次が睨むと、
「痴話げんかならよそでやれって」
吉瀬がまたため息をついた。
「――――」
知念は今度は反応せずに、美術室の脇を向けて、体育館の扉の前に立った。
「開けるよ?」
意味深に知念が振り返る。
「早く」
渡慶次が言うと、知念は黒い瞳で渡慶次を見上げた。
「もしかしたらここには、さっき渡慶次が言ってたパンツの持ち主がゾンビの姿でいるかもしれない」
吉瀬が息を飲む。
「それどころか生き残っていた比嘉たちに噛みついて、ゾンビだらけになってるかもしれない」
コクン。
上間が唾液を飲み込んだ。
「それでも、開ける?」
こちらを試すような、
いやまるで陥れようとするかのような、
真っ黒い瞳が渡慶次を映した。
「……攻略するには4人じゃ足りないんだろ?ガタガタ言わずに開けろよ」
「…………」
知念は一歩引くと、どうぞというように手を差し出した。
「……もし比嘉たちが揃いも揃ってゾンビになっていたとしたら」
渡慶次は一歩前に進み出た。
「ぶっ殺すだけだ……!」
渡慶次は扉に指をかけ、一気に左右に開いた。
その瞬間、
銀色に光る鉄の棒が、渡慶次目掛けて振り落とされた。