風呂場へ向かうと、1人の下女が倒れていた。
なんでも”上級使用人”にいじめを受けたらしく、そのせいで腰が上がらなくなってしまったとか。
彼が手を差し伸べると、ホッとした面持ちで立ち上がる彼女。
なんとも言えない目の前の光景を見ていられず、話の中で上がった使用人を探すことにした。
変装を解き、使用人たちが普段使っている休憩室へと足を運ぶと話し声が聞こえた。
『___、______』
笑い声と共に聞こえてくる暴言の数々。
女の世界に何かと口出しする権限は無いだろうけれど、今回は被害者が出ているので仕方なく部屋の戸をノックした。
中から出て来たのは険しい面持ちの使用人。
「…っライカ様⁉︎」
俺に一目置き、正体が明らかになった瞬間態度が豹変した。
「ど、どうなされましたか?こんな所まで?」
「先程1人の下女がいじめにあったそうでな。誰かとは言わないが忠告をしに来たまでだ。」
彼女のゴクリと喉の鳴る音。
「…上限関係を守れない人間など、庇って何の意味があるのでしょうか。」
身長差があり、上からものを言われる。
この光景にはもう、慣れてしまった。
「上下関係を守れない人間だからと切り捨てるのではなく、教育しながら、助け合いながら仕事をこなしていくのが人間ではないか?」
「綺麗事過ぎます‼︎」
「だが、そうしなければ貴様らは嫌でも、1人の人間を”殺した”という事実を背負い生きていくことになってしまうが…それでも良いのか?」
言い合えれば、相手の論理全てが正しいと思い込み言い争いが始まるというもの。
いじめとは集団心理からなるものもあり、ただ個人の逆恨みからなるものも少なくはない。
数々の使用人を見て来たけれど、こんなものは日常茶飯事。
両親の思いからなる”組織の人間を減らしたくない”ではなく、自身の意思である”他人に極力死んで欲しくない”を尊重し生きて来た。
他人に縛られる人生は御免だ。
「…、申し訳、ありません…。」
「よろしい。」
彼女の頭を2度撫でてやれば、緊張感で張っていた顔が緩んでいくのが分かった。
笑顔になった彼女がトランパ達の方向へと向かっていくのを見送り、無人となった休暇室の扉を閉めた。
「ライカ。」
後ろから聞きたくない声が聞こえる。
死んでも振り返りたくない。
「お前、俺が呼んでも来なかったな?」
後ろ襟を掴まれ、体がふわりと浮き上がる。
抵抗したい。けれど力が出ない。
怖い。
「叔父さん。」
いつの間にか瞑っていた目蓋の先には、トランパがいつもの表情で立っていた。
「あ゛?ライカは今俺と」
「わかってるよ。けど今は少し使用人たちのいざこざに巻き込まれている最中でね。離してあげられないかな?」
笑顔のトランパが話す。
親父は黙る。
「…わぁったよ。」
襟元が緩み、木造の床へと体が落ちる。
締まっていた首が自由になり、詰まっていた呼吸器官が再び動き出す。
苦しかった。
「大丈夫かい?ライカ」
いつもの表情で、笑う彼。
自身の心音や荒くなった呼吸音で意識が少しずつ遠のいていくのが嫌でも分かる。
そんな中でも、彼が触れる髪の先まで神経が繋がったように暖かく感じた。
「叔父さんはもういったからさ、」
優しく、割れ物を扱うように撫でられる頭。
それがなんとも言えなくて、嬉しくて。
「…おやすみ。ライカ」
コメント
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やっぱ最高ですねჱ̒( ᐛ )̧̢ あと最後から4番目位の、トランパ?のセリフ多分誤字ってます…!