時刻は午前4時。
まだ父さんが寝ている時間。
家出をするなら今しかない。
もう決めたんだ、今日家出をするって。
ベッドから体を起こし、小さく伸びをする。
朝ご飯はコンビニで買おう、早めに家を出ないと父さんが起きてしまう。
入学式以来ほとんど腕を通していないセーラー服を着て、
スマホ、財布、変装用のメガネとマスク、それから大好物のチョコレート。
全部鞄に詰めて準備完了。
父さんには心配かけるけど、絶対ちゃんと帰ってきます。
最後くらい、我儘聞いてよね。
小さくそう呟いて、玄関を静かに開けた。
私は幼い頃から、聞き分けがよくておとなしい、いいこだった。
お母さんがいないことに寂しさを覚えることはあったけど、
我儘を言ったり、言いつけを破ったりしたことはあまりなかったと思う。
お金があまりないのを知っていたから、ほしいものがあっても我慢した。
お母さんいない分、家の手伝いをたくさんした。
近所の人や中学校の先生なんかは、よく私のことを真面目ないいこ、と言った。
それが嬉しかったから、ずっといいこであり続けた。
今日までは。
今回の家出は、私の人生最大の我儘である。
もういいこは終わり。
どうせ死ぬんだから、いいこでいる必要もない。
あんな狭くて真っ白な病室に閉じ込められたまま死ぬなんて御免だ。
私は私のやりたいことをやる。
まずは何からしよう。
コンビニで買ったおにぎりを頬張りながら考える。
まだ朝日は完全に昇っていない、少し肌寒い時間帯。
そうだ、学校に行ってみよう。
入学式以来一度も通っていない、向日葵高等学校。
いまいちどんな場所だったか思い出せない。
これから先も通うことはないだろうけど、一応母校だから。
うちの家から学校までは、歩くと40分ほどかかる場所で、基本はバス通学。
だけど、この時間にスクールバスはないから、歩くか。
ここ最近全然家から出ていなかったから、体が訛ってるはず。
運動がてら学校までゆっくり歩くことにした。
細い路地を抜け、階段を上り、坂を下り、野良猫の数を数えながら歩く。
古ぼけた自販機の前を通って、バス停まで歩いたところで、
バス停に私と同い年くらいの女の子が座ってるのが見えた。
こんな時間に何してるんだろう、と私が言えることではない疑問を浮かべ、
まぁ色々あるか、と無視して前を通ろうとした時
「ねぇ、君」
とふわふわした声で聞かれた。
「はい、?私?」
声をかけられると想っておらず、間抜けな声で聞き返してしまった。
「そう、君」
少女はなぜか少し驚いたような顔をして答えた。
「君、名前は?」
「、えと」
知らない人に名前を教えていいのか、なんて小学生みたいな疑問が浮かんだが、
別に怪しいおじさんじゃあるまいし、と下の名前だけ答える。
私が名前を言うと、少女は優しそうな目を少し見開き、
「いい名前だね」
とだけ言った。
なんだか不思議な子。
背は自分とあまり変わらないくらいなのに、どこか大人な雰囲気をまとっていて、
喋っているだけで安心感がある。
「えとちゃんはなんでこんな時間に出歩いてるの?」
ちゃん付けで呼ばれることに慣れていないせいか返事が遅くなってしまう。
「家出」
短く答えると、
「じゃあ、行きたい場所は決まってるの?」
「よかったら私も連れてってよ」
と言われた。
わけが分からない、なんで見ず知らずの人をいきなり
家出仲間にしなくちゃならないんだ。
そう思ったけれど。
もしかしたらこの子も家出少女なのかもしれない。
それなら一緒に行くのもありかも。
「いいよ」
私はとっさにそう答えた。
少女は小さく、やったと呟くと、
「えとちゃんは、なんで家出しようと思ったの?」
と聞いてきた。
さっきから疑問ばっかりだな、この子。
「私、もうすぐ死ぬんだって。」
「病室に閉じ込められて何もできないまま死ぬのは嫌だったから。」
そう答えると、少女は驚いたような、悲しんでいるような表情になった。
そして、
「じゃあ、逃避行の旅だね」
と言った。
逃避行、聞いたことはあるけど意味は知らない。
どういう意味?と聞くと、
嫌な現実から逃げること。と答えた。
逃避行の旅、なんだか語呂がかっこよくて気に入ってしまった。
それから私たちは学校を目指して歩いた。
少女の名前を聞くと、のあと名乗った。
のあは、一緒にいるとなぜか安心して、なんでも受け入れてくれるような気がして、
私は今までのことを全部話した。
お母さんが病気で亡くなったこと、お父さんがお母さんのことを全く教えてくれないこと、
どこへ行っても、「父子家庭の可哀想な子」「もうすぐ死んじゃう哀れな子」という目で見られて
それが怖くて怖くて仕方なかったこと。
病院は息苦しくなるほどきつかったこと。
本当は、夏休みにしたいことがたくさんあること。
それらが重なって家出をすることを決意したこと。
話していたら自然に涙が出てきてしまってけれど、のあは優しく私の背中を撫でてくれた。
そして、
「一緒に、夏休みにしたいことを全部しよう」
と言ってくれた。
私の人生最後の旅は、とてもあたたかいものになりそうだと思った。
コメント
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好きだぁぁぁぁ…😭 続き楽しみにしてるね😚💕