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生い茂る雑草……
これだけの雑草をすべて刈り取るには途方もない時間と労力がかかるだろう。
絶望的な気持ちになる。
しかし、ご近所の目もあることだし運動不足の解消も兼ねて草刈りに取り組んでみることにした。
鎌を使っての除草は姿勢を低くし続けるのが辛い。腰を痛めてしまいそうだ。
ここは文明の利器を使うとしよう。
本格的な草刈り機をレンタルした。
初めて使う草刈機、
おっかなびっくり、エンジンを始動してみる。
ウイイイイイイン……
予想以上に大きな音。
音にも威圧されるが、それにもまして高速で回転する刃の恐怖。
安全のためのガードは付いているとはいうものの、これが足に当たったら大変だ。
想像しただけで肝を冷やす。
それでも人間、何事もやれば慣れてくるもので、
私は草刈りライフを楽しみ始めた。
草刈りは、やった成果が目で見て分かる。
今日はここまで頑張った。
振り返ればその証が目に入るのだ。
はじめはおっくうだった草刈りも、だんだんと楽しくなってきた。
達成感を味わいながら草刈りを進めていったのだが……
草刈り機というのは、危険な一面もある。
草の間に隠れている小石を撥ねてしまうことがある。
小石だけではない。
空き缶などのゴミも弾き飛ばしてしまう。
結構危ない。
草刈り機をレンタルしてすぐの頃は、うちの子供も珍しがって見に来ていた。
しかし、石が何回か飛んできてこれは危ないということになり、見たがる子供をなだめ、家で留守番させることにした。
草刈りが捗るのはいいのだが、せっかくの休日、子供と遊ぶ時間が減ることは痛手となった。
もっと別の方法で我が家の敷地の除草ができないだろうか。
草刈り業者を呼ぶのが手っ取り早いのだが、自分の性格的に人に頼るのが嫌というのもあって、なんとなく踏み切れないでいた。
そんなある日、これだ! という広告を見つけた。
『除草にいかが? ヤギのレンタル始めました』
ヤギを放して草を食べてもらう。
これはいいアイディアだ。
さっそくヤギのレンタルを頼んでみた。
子供も、ヤギが来るということでテンションが上がっている。
私も童心にかえってヤギの到着を心待ちにした。
我が家の家族が一人、いや一匹増えた。
レンタル業者から飼育上の注意事項を聞き、契約書にサインをしてヤギと対面。
なかなかにかわいい!
ヤギってのは愛嬌のある顔をしているものだ。
目と目が離れていて優しい顔をしている。
そして何より、目を閉じている顔もかわいいのだ。
なんという癒し……
私は除草用のヤギをすっかり気に入ってしまった。
それは我が子も同じでありペット感覚で大喜び。
さっそくヤギに名前を付けたりして大はしゃぎである。
うちの敷地に連れて行き、草を食べさせてみた。
おお~! 食べている!
なんという平和的な草刈りなのだろう。
機械で刈った草はごみとして処分されるが、
ヤギに食べさせるのなら、それは食料として役に立っている。
ヤギが草を食べているというのは、仕事で疲れた私の心をリフレッシュさせてくれる、文字通りの牧歌的光景だ。
こんなにいいものがレンタルであったなんて、もっと早く知っておけばよかった。
草刈り機の除草は危なくて子供を近づけられないが、このヤギは大人しいので安心だ。
時々、ヤギはさみしいのか人を呼ぶような声を出す。
その声を聞いて子供がすっとんでいくとヤギも嬉しそうな声を出す。
使いみちがなかった雑草だらけの我が家の敷地が、今や子供が動物と触れ合えるステキな土地へと変わった。
ヤギを連れて散歩に行ってみた。
ご近所さんの驚く顔を見るのも、なかなかに面白い。
「へぇ~、除草用のレンタルヤギですか~。いいですね~」
と、話題に花が咲く。
人嫌いだった私も、ヤギの散歩を通じて人との会話を楽しめるようになった。
なるほど、犬を散歩させている人同士が仲良くなるっていうのはこういうことだったのかとようやく理解できた。
中には、
「うちの庭の草も食べていってよ」
なんて声を掛けられたこともあった。
文字通りの“道草”である。
こうして、私は地域の人々に知られるようになりコミュニケーションをとる機会もどんどん増えていった。
散歩させているといろいろな人が声をかけてくるのだが、反応がよいのは近所の子供たちだ。
「ヤギだ!」
「かわいい~!」
子供たちが群がってくる。
「さわってもいいですか?」
「どうぞ」
ヤギもまんざらでもない顔して目を細めて笑っている。
うちのヤギは地域のアイドルとなった。
あ、厳密にはうちのヤギではないか。
レンタルしているんだった……
レンタルだったということをついつい忘れてしまう。
すっかり情が移ってしまった。
我が子もヤギはずっと家にいるものだと思っている。
まずいな……
私だってこのヤギを返したくない。
返すことを子供に伝えたら大泣きするに決まっている。
しかし、契約は契約。
返さないといけない……
いよいよレンタル期間が満了し、返す日が来た。
私は仕事の時間を調整し、子供が学校に行っている間に業者に来てもらってヤギを引き取ってもらうことにした。
「ヤギのレンタル、いかがでしたか?」
涙が止まらない。
業者さんは満足してもらえなかったと思ったのか、一瞬顔を曇らせたが、やがて、私の涙の意味を察した。
「ヤギに愛着がわいてしまうお客さんって、結構いらっしゃるんですよね。お客様、相当かわいがられたみたいで、ここまで愛していただけて、当社としても、そして、このヤギにとっても光栄でございます」
ヤギは軽トラの荷台に乗せられた。
車が出発する。
ヤギは荷台の上をウロウロと歩き回り、振り返って私の顔を見ると、メェェと鳴いた。
私も泣いた。
車を見送った後、感傷に浸っている場合ではないということに気が付いた。
子供が帰ってきたら何と説明しよう。
絶対荒れるに決まっている。
ヤギとの別離の悲しみにプラスしてこれからショックを受けるだろう我が子のことを思うと、私の心は重く沈んでいった……
子供を悲しませたくない。
私だって、もっとヤギを飼っていたかったのだ。
ん?!
ヤギを飼う?
そうか、その手があったか!
ヤギを飼えばいいのだ。
レンタルではなく。
ただ、普通の犬や猫、鳥や金魚のように簡単には手に入らない。
農協に電話してなんとかヤギを入手する方法を教えてもらった。
一般市民がヤギを飼うというのはかなり珍しがられたが、私の熱意が通じたのか、ある農家が快くヤギを一頭、売ってくれた。
かくして、我が家には新しく別のヤギが来ることになった。
もう返さなくていい。
家族の一員として、正式にヤギが加わることになった。
我が子もヤギがいない期間はふさぎ込んでいたが、次のヤギは返さなくていいんだよと言うことで、なんとかなだめることができた。
待ちに待った新しいヤギがやってきた。
このヤギもまた、人懐っこく優しい顔をしていた。
我が子も大いに気に入ったようだ。
私の心はやっと晴れた。
こうして、私も子供もヤギとの生活に夢中になっている。
敷地にはヤギが食べるための草がたくさん生えるよう、私は土壌を改善したり、肥料をまいたりと頑張っている。
ん?
最初にヤギをレンタルしようと思った理由はなんだったっけ?
なんだか真逆のことをしているような気がしたが、もう、そんなことはどうでもよかった。
我が家のかわいいヤギのために、今日も私は草を育てている。
《 了 》