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🐭🕊️(ドスゴー)
「君は狡い」
「大晦日の夜中にする事がこれですか、ニコライ?」
長身痩躯の吸血鬼を連想させる美形の“魔人”は、白髪の三つ編みを揺らしながら服の汚れを払拭する“道化師”を、いかにも親しげにそう咎めた。
「いいじゃないか、あと2時間もあるんだから、そのうちについちゃった穢れを落として仕舞えばモーマンタイだよ!」
先ほども言った“道化師”は、またもや親しげに“魔人”へそう返答する。彼らが国家転覆を目的とする“天人五衰”の構成員だとは、誰が思い付くであろうか?こんなに平穏そうな会話を交わす、対となる様設計されたとしか思えない麗しい二人を見て、初めに思いつく職業はアイドルかモデルであろう。
「全く汚らしい仕事を持ち込む…いくら探偵社が気に入ったとて、貴方の過ちの尻拭いと汚れ仕事を受け持つつもりは無かったのですが?」
そう言い踵を返して帰ろうとする“魔人”を、“道化師”が逃すはずもなく、
「え〜、そんなにやだ?太宰くんがチェs「早く始末しましょう。」
太宰くんとやらとのチェスに釣られるとは、“魔人”たる彼にも愚かなところがあったのか。ああ、異能さえなければもう直ぐで“道化師”を捕まえて好き放題できたというのに。異能と“魔人”の勘の良さ、または“道化師”に仕込まれていたGPSをとことん怨む。
「さて、ところで貴方の遺言は“そこの白い髪のキミ、かわいいね、おじさんと少しお食事しよう”…で、宜しいですね。では。」
「死に面までキモいって才能だね!」
その声を聞いたと同時に眉間を弾丸が貫き、最期に合わせるには最高すぎる言葉を脳に焼き付けて肉体は生命活動をやめた。
「あの探偵社には殆困ります。こんなものの始末を頼むなんて…」
呆れた声色で探偵社への不満を垂らす。リボルバーの装填音が響く。
「まぁ良いじゃないか!明日の君は太宰くんとチェスができるわけだし?」
悪戯っぽい微笑を顔に貼り付け、この路地裏を作り上げている一部品に過ぎないバーから、適当な酒を掏って、フョードル君の手へ投げる。弾丸も持っているというのに、優しさを知らない男だ、と一つ毒吐かれたが、それもまた一興。
「君は優しいんだか優しくないんだかよく分かんないなぁ…太宰くんを引き合いに出せばそっちを選択するのに、私が本当に困ったときはこうやって助けるなんて、思わせぶりじゃない?…でも天人五衰の一人でも欠けたら困るか、ハハハーハ!」
適当な段ボール箱の上に胡座をかき、そう笑いかも危うい笑い声を出す。実際彼は狡い。リードしていると思ったらいつの間にリードされているし、他の人達みんなに優しいと思ったらいつの間にか直ってるし、とことん分からなくて狡い人…人?なのだ。ウォッカ瓶の蓋を軽くこちらへ放り投げ、味見したかと思うと、
「不味いので貴方にあげます。割るなりショットなりお好きにお呑み下さい。」
そう言いウォッカ瓶を手に持たせてくる。これじゃあ殺せるものも殺せない?…いいや、むしろこうして感情に囚われた方が茫然自失の幇助となる。もう少し、感情に縛られてから殺すのも悪くないと思う。
「…ねぇフョードル君…いや、フェージェニカ?」
深い意味もなく、彼を愛称で呼んでみる。肩がぴくりと動いたかと思うと、彼はこちらに向かず、こう言った。
「おや、愛称で呼ぶとは珍しいですね、ニコラーシャ。どんなクイズを出す気で?」
僕をどんなクイズ狂だと思っているんだろうか、クイズではあるけど。
「フェージェニカはさ、僕がきみを殺そうとしていること、僕を殺す気である事が僕に知られていること、これを踏まえてなんであの人から僕を救ったんだい?…僕を殺したいなら、あのまま好きな様にさせておけばよかったのに。」
冷たく、そして一握りの感情もなさげにそう問う。僕だけは彼を見ているのに、彼は僕を見ていないこの状況が、いかにも近況の僕と彼の様で胃が気持ち悪くなった。
「君と僕は全く違う。僕はうるさくて、きみは冷静。僕は声が大きくて、きみは静かだ。その上髪色、自認している関係から何まで真反対だろう?なんの共通点すらない、話の整合性も危うい僕を生かして良いことなんて何も」
「ニコラーシャ。」
答えを待たず冗長に語る僕を、その声が静止した。喉から詰まった音がする。さっきの声も段々詰まってきていた。辿々しくて聞くに耐えられなかった?聞くまでもない?唯一の理解者なのに、きみだけ、きみだけ。
普段は満帆に等しい脳をそんな思考が掻き乱していく。その先の言葉が紡がれるのを、その時の僕は阻止したかった。
「そのクイズの答えはきっと、5秒後にご理解頂けますよ。 」
5秒?5秒でこんな思い悩んだ事が解決される?嘘だ、子供騙しに等しい嘘。これに騙されると思われるほど白痴に振る舞い過ぎたのだろうか。
「そんな事があるならもう解決して、」
そんな疑問符をふんだんに付け加えた声がリップ音で遮られる。1分間は脳がクラッシュしていたと思う。すぐ眼前で彼の顔が見える。なんだ、いつかしたことにあった、なんだったか、ロシアの女性同士の挨拶にも用いられている、愛情表現の一種の…
「フェージェニカ、?あれ、同性愛、犯罪、だよ?あんなの、見つかったら、きみは、」
彼の顔が離れたと同時に事の重さを思い知った。言葉が途切れて喉から絞り出される。手が顔に触れると、ひどく紅潮しているであろうことがわかった。
男性同士のキスは同性愛と見做されて違法なはずだ。なぜこんな軽々と?テロリスト特有のものなのか?「なぜ」その言葉で頭はいっぱいになった。
「ここは日本です。日本の法律では同性愛は合法ですよ。…それに、」
日本の法律の寛大さを知ったと同時に、その後の言葉で更に私は顔が赤くなったと思う。
「たとえ犯罪だとしてもするくらいには、あのキスは重いものですからね?勘違いしない様に。」
その言葉の方が別ベクトルの勘違いをすると思う。彼は本当に鏡花水月がよく似合う人だ。
その帰り道、彼はどうか分からないが、今日の月は一層澄んで綺麗だったと思う。