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イヴァンたちはこれから他の仲間たちと一緒に周辺の見張りに回るとのことで、車から降ろして貰ったセイはゆっくりと別荘へと続く夜の森を歩いていた。
いってらっしゃいと見送ってくれたイヴァンは少し瞼が重たそうに見えたが平気だろうか。まだ子どもなのだから無理な夜更かしにならなければいいのだが。気にかけながら進む夜道は近くに大きな湖があるからか肌寒く、湿気の匂いに包まれている。
街灯が設置されていない道は月明かりだけが頼りで若干心許ないが、何度も行き来したことがある分不安は小さい。そんな場所を歩いていると、程なくして窓から明かりが零れる建物が見えてきた。
途端に、鼓動が踊る。
――中でエドが待ってる。
それだけで進む足は駆け足となり、止まらなくなった。
「エドっ!」
別荘の入り口まで辿り着くと同時に、勢いよく扉を開ける。
「セイ!」
顔を合わせた瞬間に身体が勝手に動いて、セイは衝動のままエドアルドの胸の中へと飛び込んだ。
「セイ、会いたかった!」
走り込んできたセイを、エドアルドは当然と言わんばかりに受け止め、逞しい腕で抱き締めてくれる。それから示し合わせたかのように互いの首筋に唇を寄せ合った。
一息吸い込めば、たちまち肺がエドアルドの香りで満たされ、全身が沸き立つ。続けて胸の奥底から焔のごとき激情が迸り、セイの頭は高熱に浮かされたかのように何も考えられなくなった。
いや、正確には一つだけ浮かぶ言葉はある。
エドアルドが愛おしい。彼のそばにいられるなら、もう他には何もいらない。目の前にある体温と一ミリだって離れたくないと、セイの指先までもが余すところなく叫んだ。
これが魂で繋がった番の、決して覆せない本能なのだろう。
「僕も……会いたかった」
「嬉しい。初めてセイの方から私を求めてくれましたね」
「うん……最初はエドと必要以上に会っちゃいけない、関係を深めちゃいけないって、いつも自分に言い聞かせてきた。でもエドを知る度に心が揺さぶられて、どうしようもなく惹かれる自分がいて……。だからエドと会うなってヴィーから命令された時は、身体の半分が引き裂かれたみたいに辛かったんだ」
血の掟やヴィートの怒りよりも、エドアルドの体温を感じられなくなることのほうが怖い。いくら誤魔化そうとしても消えない思いを前に、運命の番の引力には絶対に抗えないのだと思い知らされたぐらいだ。
「私も同じです。貴方と会えない間は、生きているのか死んでいるのか分からなくて……セイと交わしたキスの温もりを思い出すことだけを寄り所にして生きる毎日でした」
「やっぱり僕たちは魂で繋がってるんだね」
「ええ、そうです。ですから何人たりとも私たちを引き裂くことなんてできません」
セイを深く抱き締めるエドアルドの背を同じように腕で強く包むと、愛おしさが込み上げてきて、思わずこのまま混ざり合って一つの個体になりたいとまで思ってしまった。
「愛しています。もう、一秒だって離れたくない」
「僕もだよ」
ほんの少しだけ抱擁を解き、額をくっつけ合う。
「このまま二人で一つになれたら、どれだけ幸せか」
「ふふっ、奇遇だね、僕も同じこと考えてた。運命の番って、思考も似るのかな?」
「あり得ない話ではないと思いますよ。私たちのような関係は、未だ科学でも全て解明されていないほど特別なものなので、双子のように考えが似たり、シンクロしたり、という現象が起こっても不思議ではないかと」
「そっか、何かそういうのって素敵だね」
科学ですら紐解けない関係だなんて、その言葉だけで強い繋がりを感じられて嬉しくなる。ただ――――その嬉々に心が明るくなればなるほど、忍び寄る陰を色濃く感じた。
「セイ? どうしました、何か愁いに思うことでもあるんですか?」
気持ちが顔に出てしまっていたのだろうか、何かを感じ取ったエドアルドがこちらを不安そうに見つめてくる。
「ううん……別に……」
「…………ヴィート、のことですか?」
一瞬で見抜かれ、セイは続く言葉を失った。
「分かります。私もヴィートという壁をどう乗り越えるかばかり考えていますから」
組織の頭脳と呼ばれるほどの知能を持つ二人が集まっても、こればかりは正解が掴めない。それどころか浮かんでくるのは、「もし二人がマフィアじゃなかったら」や「同じファミリーだったら」なんて現実逃避のたられば論ばかりだ。
「セイ、一つ聞いても?」
「うん」
「ヴィートとセイが生まれた時からの関係だということは、貴方自身から以前聞かせてもらいましたが、なぜ彼はそこまでセイに執着するのでしょう?」
「執、着……」
エドアルドからの質問に、ヴィートの慟哭が浮かぶ。
「私が想像するに、昔からの仲だけではない何かが二人の間にあり、それがヴィートの激情を生んでいるように見えたのですが、間違っていますか?」
やはりエドアルドは聡い男だ。ヴィートが異常な執心の持ち主だということは知っていても、それ以外の情報を持っているわけではない。なのに原因が生まれとは別にあると気づいてしまうのだから。
「それは…………ううん、間違ってないよ」
「では二人に何が?」
「そうだね……前にも話した通り、昔からヴィートは僕が傍にいないと癇癪を起こす人間だったけど、今みたいに酷くはなかったし、言っても子どもの我儘に収まるものだった。多分、大きな転機となったのは、十八の時に起きた誘拐事件だと思う」
「誘拐事件っ?」