残されたのは、夕焼けと砂ぼこり。
春也はゆっくりと立ち上がる。
唇が切れて、血が滲んでる。
でも――笑ってた。
「……あんなん、ひとりでやれるもんちゃうで」
京志は何も言わない。
ただ、じっと春也を見つめている。
「ま、助かったっちゅうことや。礼は言わんけどな」
京志がふっと鼻で笑った。
「言わんでええ。俺は……ただ、目ぇ合うたから動いただけや」
春也は少しだけ驚いたように目を細めた。
そして、ポケットからくしゃくしゃのガーゼを取り出して、口元を拭いながら言う。
「お前……目つき悪いで。西成1中、おもろなってきたやん」
その一言が、少しだけ空気を変えた。
京志と春也――
何かが、静かに繋がりはじめた。
少し歩いたとこにある古びた駄菓子屋の前。
春也がラムネの瓶をコツンと京志に渡す。
「ま、今日はありがとな。喧嘩だけやない、心ん中も男前やったわ」
京志は無言で瓶を受け取る。
春也は自分のラムネを一口飲んで、少しだけ笑った。
「……あんた、ほんまに西成のことなんも知らんのやな」
「知る必要あるんか?」
「そらあるやろ。ここは“普通”の中学ちゃう。街もちゃう。
学校も、教室も、どこも“戦場”や。知らんと命落とすで、マジで」
京志は黙って聞いてる。
春也は壁に背中預けて、ちょっと遠くを見るような目になって話し出す。
「うちには、3人の要注意人物がいる。」
「……要注意人物?」
「1人目は俺――言うても別に集めたわけやないけど、昔からボクシングやってて地元でも名が売れとる。ついてくるヤツはおる」
「お前自分で言うてて恥ずかしないんか?」
「うるさい黙って聞け。二つ目が、間柴。デカい図体の暗いやつや。185cm、あれは中坊のサイズちゃう。何考えてんのかわからんけったいな奴や。ただのでかいやつやない。静かやけど、怒らせたら止まらん。こいつとは距離あるけど、ケンカじゃおれでもキツいかもしれん」
「……あぁ、あいつか」
「ほんで――三人目。後藤竜。あいつは、ヤバい」
その名前だけで空気が少し冷えたような気がした。
「“あいつに関わるな”ってのが、1中のルールになっとる。
表に顔出すんは滅多にないけど、近隣の中学の奴らも全員知ってる。キレたら止まらん。
兄貴が闇天狗の幹部で、竜自身も最近その見習いとして動いてる。
休みがちなんもそのせいや。この学校であいつと普通に話せるのは俺ぐらいなもんや」
京志は瓶を持ったまま、じっと春也の目を見ていた。
「それと、もう一個。噂やけどな――」
「……?」
「竜は、殺人以外の犯罪は全部やっとる。
窃盗、薬、暴行、恐喝、シノギ。全部や。
施設育ちで、指導員に包丁突きつけたこともあるらしい。
見た目は普通の中坊やけど……目が笑ってへん。ほんまもんの“狂犬”や」
京志は少しだけ目を細めた。
「……俺には関係ないだろ?」
「さあな。でも、竜は“新入り”が好きなんや。
とくに“目ぇが据わっとるやつ”は、な」
沈黙。
春也は立ち上がり、瓶をゴミ箱に放り投げた。
「気ぃつけや、京志。ここでは“目立つ”ことは、生きることとイコールやない」
京志は瓶を片手に、遠くの夕日を見つめたまま、何も言わんかった。
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