コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
光に包まれた視界が雪景色へと変わる。
それと同時に、耐えがたい脱力感が体を襲った。
(魔力がごっそり持って行かれた……)
さすがに空へ飛ばされはしなかったが、足元がフラつく程度には転移魔法に魔力を使ってしまったようだ。
師匠はこんなものを涼しい顔で使ってたのか……。
なお転移魔法のスクロールは、その役目を終え灰となって消えた。
「おっと、大丈夫かエル。……一旦あそこで火を起こして休憩をとったほうがいいな」
リズさんは足元が覚束ない僕を支え、近くにあった洞窟を指差した。
たしかに吹雪いてこそいないものの、雪が軽くちらついている。
この寒さの中休憩するなら火がほしい。
転移先の近くに洞窟があって助かった……魔物の巣窟とかじゃないよね?
すると、シルフィさんが僕に向かって小さな小瓶を差し出した。
「これを飲んでおいてください。魔力の回復速度を高めてくれます」
「ありがとうございます……ってマズッ!」
内容量も少なかったので、まったく躊躇せず一気に飲んでしまった。
まるで濃いうがい薬のような味だ……。
「ま、どのみち周囲の地理把握せんと動けへんしな」
そう言ってメイさんは、パパッと洞窟内に風よけの仕切りを立てて簡易的な休憩所を作り出す。
洞窟内は奥行数メートルほどであまり深くはなかった。
「そうだな、まずはここがどこなのかがわからないと、どちらへ進んでいいかもわからないしな」
そう言ってリズさんは地図を取り出した。
未だ雪の降る地域と考えると、北に転移したのは間違いないだろう。
だが正確な現在地と方向がまるでわからない以上、下手に動くのは危険である。
「地図は2枚あるし、一先ず私とシルフィで周囲を探ってみよう」
リズさんとシルフィさんは地図を眺めながらサッと姿を消す。
こういうとき体育会系は非常に頼もしい。
「ほな、こっちはスープでも温めよか。アゲハ!」
「――ハッ! 薪ならこちらに」
音もなく姿を現したアゲハは、焚火をするのに十分な量の薪を持っていた。
そういえば転移したあと姿が見えないと思ったけど、どこかに潜んでいたのか。
しかもこうなることを予想して薪まで……まるでできる忍者のようだ。
これにはメイさんもご満悦……
「なかなか気が利くやん……って全部湿っとるやないか」
「し、しまったぁ!」
……いつもの微妙な忍者だった。
湿った薪でも焚火にできないことはないが、とにかく煙の量が多くなる。
洞窟内で使うのには向いていない。
「しゃーないな、ウチのストック使うわ」
そう言ってメイさんは肩に背負っていたバッグから薪を取り出し始めた。
それはけっこうな量の薪だった、おそらくあのバッグもマジックバッグなのだろう。
「というか、薪あったんならアゲハさんに持って来させる必要なかったんじゃ……」
「ん? せやで?」
アゲハは唖然とした表情で固まった。
「そりゃ現地調達するにこしたことはないんやけどな。でもウチ薪なんて頼んでへんし、呼んだんは一緒にスープで温まろ思ただけや」
言われてみればたしかに頼んでないな……。
てっきりアゲハさんが主の意思を汲み取っての行動だと思っていた。
「つまり私は無駄なことを……?」
「言うたやろ? 現地調達するにこしたことはないて。湿った薪も、乾燥させて今度焚火にくべたらええやん」
メイさんの言葉に、アゲハさんの表情は明るくなった。
今回はちょっと失敗したけど、無駄だったわけじゃない。
その辺ちゃんとフォローするあたり、メイさんの優しさが垣間見え――――
「あっ、でもこれシルーの枝やな。毒性あるから使えへんわ、やっぱ捨てとき」
……気のせいだったわ。
僕はそっと、落ち込むアゲハさんの肩を優しく叩いた。
洞窟で暖を取ること数時間。
メイさんが少し遅めの昼食を用意し始めると、リズさんとシルフィさんが周囲の調査から帰還した。
「ふぅ……雪が積もってると地理の把握は難しいな」
「ですが、都市の外壁と思われるものはありましたね。門が閉じてて中の様子はわかりませんでしたが……」
二人は体に軽く積もった雪を払う。
外の様子を伺うと、とくに天候に変化はない。
ちらつく程度の降雪量だ。
「門を閉じるほどの悪天候……ってことはないですよねぇ」
「そうだな、積もった雪もそれほどではない。だが少なくともここ数日、人の通った形跡はなかった」
リズさんの話では、門の前に積もった雪に、人や馬車が行き交った跡が見られなかったとのこと。
だがあくまでもわかるのは、ここ数日程度の形跡のみ。
隅に雪山があり、除雪そのものは過去に行った形跡があるそうだ。
「ほな、これ食ったらその門のとこに移動しよか」
メイさんが用意した昼食は、場所が場所なのでシンプルなスープとパン、それに炙ったチーズだった。
温かいスープが体を中から暖めてくれる。
味も濃い目なのでパンとの相性もグッド。
とろりと炙ったチーズも合わせたら、スープの塩気との相乗効果が――――
「ふふっ、エルはもう大丈夫そうだな」
僕の顔を見ながら、リズさんは軽く微笑んだ。
どうやら顔が緩んでいたらしい。
おいしい食事をおいしくいただけるのは元気な証拠です。
◇ ◇ ◇ ◇
門までの距離はそれほど遠くない。
そう僕は聞かされておりました。
実際は数kmほどの距離があった。
走るリズさんとシルフィさんの後ろを、メイさんを抱えて飛行しついていく。
アゲハさんの姿は見えないけど、おそらく大丈夫だろう……忍者だし。
こうして到着したのが、高い壁と固く閉ざされた門だった。
そこには門番らしき人の姿すらない。
「閉まってるということは勝手に通っちゃまずいんだろうけど……」
来る者拒まずだった交易都市とは真逆の状況だ。
だが門番がいないなら上から行けばいいだけのこと。
「状況がわからん以上壊すわけにもいかんしな、素直に上から行くか」
そう言ってリズさんは上を見上げた。
壁は交易都市よりも高いように感じる。
「上にも人の気配はないようだし、先に行くぞ――」
「人がいないとなんだか寂しい光景ですね」
リズさんとシルフィさんは、颯爽と大地を蹴って壁を登っていった。
「……ところで、僕はいつまでメイさんを抱えてればいいんでしょう?」
「せっかくやから上まで乗せてってや」
降車拒否し、メイさんはキュッとしがみつく。
こういう時こそパシリ忍者を使えばいいのに……。
まぁ、これはこれで暖かいからいいんだけども。
僕はメイさんを抱き抱えたまま、スッと壁沿いに飛翔し、先に登った二人と合流した。
この高さは見晴らしがよく、壁の内側がよく見える。
交易都市より狭く、山々に沿うような街並みには高低差があった。
「これは……鉱山都市と考えていいのかな」
師匠が国を間違えてなければ……。
皆がその光景と鉱山都市のイメージを結びつける中、シルフィは正面に手をかざし口を開いた。
「これは……結界ですね。それもナーサティヤ教のものです」
たしかに目を凝らせば、薄い膜のようなものがドーム状に都市全体を包んでいる。
薄すぎて言われなければ気づかなかったかもしれない。
「私には何も見えないが……」
「ウチもや、中に入ったらアカンの?」
どうやら、リズさんとメイさんには見えてない様子。
「これは神力を扱える者にしか目で捉えることはできません。本来、大聖堂のような神聖な場を守るために使われるものです。悪魔や邪教徒は中に入ることすら許されないと聞きます。ただ、ここまで大規模な結界は私も初めて見ました……」
それで僕とシルフィさんにしか見えないのか。
「じゃあ僕らは入っても大丈夫ってことですよね?」
「えぇ、問題ありません」
シルフィさんの返答を聞き、僕はそっと結界を通過する。
これといって抵抗もなく、触れた感覚すらまるでなかった。
「もう中に入ったんか? ウチには何も見えへんなぁ」
抱き抱えたままのメイさんも同時に通過することになったが、とくに問題はない様子。
それを見て、リズさんとシルフィさんも通過する。
遅れてアゲハさんが姿を現し、おそるおそる通過していった。
「全員問題ないみたいですね。とりあえず下に降りましょうか」
そう言って僕は壁の内側へと飛び降りた。
それに続くように皆も飛び降りる。
着地しメイさんを降ろして周囲を確認するが、内側にも人の姿はない……はずだった。
「――おやおや、珍しいお客さんダ」