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夕方になり、冒険者ギルドに顔を出すと、ギルト長のジギルから早速別室に招かれた。
「わざわざ別室に悪いな、他の冒険者の目があると困るかもと思ってよ」
そんな困るような話をするつもりなのだろうか。
「それで、査定はどうなりました?」
大事なのはそこだ、大赤字だけは回避させてほしい。
でも欲を言えば金貨をじゃらじゃら見せてほしい。
「とりあえず、これが合計査定額だ」
「……銀貨20枚?」
銀貨をじゃらじゃら見せられた。
普通に金貨2枚よこせばいいのに……ガッカリだよ。
僕の心は快晴から大雨模様に変化した。……目の前にてるてる坊主がいるのに。
その表情を察したのか、リズさんが訂正してくる。
「良く見ろ……おそらく白金貨だぞ」
「……はっ…きんか?」
銀貨を取り出し、見比べてみる。
たしかに並べて比較してみると、白金貨はかなり光沢が強く、だいぶ白っぽい……。
そしてデザインも豪華な気がする。
「えっと、白金貨が20枚ってことは……白金貨が20枚ってことなんですね!?」
自分が何を喋っているのかよくわからない。
「落ち着けエル、金貨風呂は無理かもしれんが、銅貨風呂なら可能かもしれん」
リズさんは混乱している。
「あーっと……一応内約とかの説明をしたいんだが……こりゃ落ち着くのに時間がかかりそうだな」
てるてる坊主は寂しい頭を掻きながら、深いため息を吐いた。
「……落ち着いたか?」
気が付けば、ジギルは頬杖をつき呆れ顔だった。
「取り乱してすまない、説明を続けてくれ」
キリッとした顔でリズさんは答える。
銅貨風呂は痛そうだし、汚いからやめようね。
「まずはあの魔力を帯びた砂だ、あれは正確には骨粉だった」
「まぁ、元はスケルトンですしね」
魔力を帯びた骨粉か……再生しないよね?
「そうだな、つまり亜種討伐の証明にもなった。再生するスケルトンの本体から、魔力を帯びた骨粉……疑ってもしょうがねぇ」
ということは、ランク審査にも関わってくるのだろうか。
「魔道具協会からしたら垂涎ものだったみたいでな。だいぶふっかけたつもりだったが……手数料差し引いても白金貨14枚だ」
魔力を帯びてるとはいえ、骨粉なんて何に使うんだろう。
僕じゃ肥料に使うぐらいしか思いつかないよ。
「んで、あとは剣と盾だが……こいつが時間かかったな。最初は仕方なさそうに見てた学者がだんだん目の色が変わって……あいつら仲間を呼んで学者5人であーでもないこーでもないと議論し始めた」
良くも悪くも学者とはそういうものなのだろう。
「ま、最終的にこっちは白金貨6枚だ」
「合わせて白金貨20枚……金貨200枚分ってことですよね」
金貨シャワーぐらいならできそうな枚数だ。
「そうだな、両替したいなら別で手数料もらうぜ? 向こうが白金貨出してきた以上、こっちもサービスするわけにはいかないんでな」
……?
別に両替したいわけではないけど、どういう意味だろうな。
「とりあえずこれで査定完了ってことですかね」
「あぁそれと、教会が感謝してたぜ? まだくわしいことはわかっちゃいないが、邪神は教会の宿敵みたいなもんだからな」
ホント拾っただけなんですけどね……。
「ということで、全部併せた審査だ。カード出しな」
カードと審査ってワードに懐かしさを感じながら、リズさんと一緒にギルドカードを差し出す。
「ま、ランク以上の実力はありそうだがな。こいつで我慢してくれ」
代わりに渡されたカードは、変わらぬ鉄製。
だが2枚とも、Dランクと表記されていた。
「ふっ、初心者期間は終わりだな」
リズさんの言う通り、これは初心者マークが取れたようなものだ。
Dランクで平均的な冒険者。
Cランクはベテラン。
Bランクなら有名人。
Aランクなんて大御所だ。
Sランクはもはや生きる伝説。
ほとんどの冒険者が、その生涯をDランクで終える。
そんな世界で、僕らがどこまでやっていけるのか……いや、いつまで肩を並べていられるのかを心配したほうがいいのかもしれない。
赤字にならずには済んだけど……金貨6枚の剣を一撃でオシャカにしちゃうんだもんな。
以前は、ほどほどに生きていける強さがあればいいと思っていたけど。
リズさんの相方だと、胸を張れる強さがほしい……そんなことを思う自分に変わっていた。
冒険者ギルドを後にしたあと、祝杯はほどほどにして宿に帰ってきた。
「さて、思わぬ大金になってしまいました」
「あぁ、貯蓄に回すのもアリだが……それでは面白くないな」
かといって大きな買い物となると勇気がいる。
こんな大金持ったことないんだもの。
「いっそのこと半分は残しておく、って決めておいたほうが買い物がしやすいですかね」
「そうだな、だが白金貨10枚でもかなり多い……こういうのはどうだろう」
………………
…………
……
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、リズさんとは別々で出かけることになった。
昨日の収入分の半分をさらに半分にした白金貨5枚ずつを持って、お互いに必要だと思うものを買う。
一緒に買い物をすると、金額が金額なだけに遠慮してしまうかもしれないからだ。
だが、買った物が被ってしまっては元も子もないので、リズさんは工房と物件を見に住宅街へ。
そして僕は商業地区で色々物色することに。
ということでやってきたのはロンバル商会直営店。
癪だが品揃えが良さそうだったからだ。
「いらっしゃいですぅ、今日はお一人なんですねぇ」
今日はあまり客も多くないようだ、チロルさんから早速声がかかる。
「マジックバッグとかってあります?」
「2階にありますよぉ、ご案内しますねぇ」
案内された2階には、とにかく高級品が多かった。
基本的にどれも金貨10枚以上からの商品ばかりだ。
「ポーチぐらいの大きさってありますか?」
「もちろんありますよぉ、こちらですぅ」
その一角にはいくつかのマジックバッグ、そしてポーチサイズもいくつか……
「おすすめはこれですねぇ、小さいですけどぉ、中身の容量はぁ、大体木箱一箱分ぐらいですかねぇ」
金貨20枚と書かれている。
(これでこの値段なのか……)
僕が使ってるのが馬車1台分って師匠が言ってたな……さらに時間遅延まで組み込んである。
一体どれだけ恐ろしい値がつくのか……。
「仮にですけど、もっと容量がでかくて、時間遅延まで組み込んであったら……いくらぐらいすると思います?」
「……エルリットさんってぇ、けっこう夢見がちなんですねぇ」
なんだかちょっとバカにした目で見られた。
「いえ、今のは忘れてください……そのポーチでお願いします」
「毎度ありですぅ、魔力の補充は別料金ですけどぉ、魔法使いのエルリットさんがいるからぁ、問題なさそうですねぇ」
チロルさんに白金貨を2枚を渡すと、まじまじとこちらを観察してきた。
……あれ?
金貨20枚なら白金貨2枚であってるよね?
「……どうかしました?」
「いえいえ~、どうやらけっこうな収入があったようですねぇ」
たしかにその通りではあるけど、貯金かもしれないじゃん?
「……なぜそうだと?」
「そんなの誰だってわかりますよぉ」
白金貨出しただけなのに?
不思議そうな顔をしてると、チロルさんが得意気に答え始める。
「両替って地味に手数料高いんですよねぇ。なのでぇ、貯めたお金をわざわざ高い手数料払ってまでぇ、白金貨に両替するバカはいないってことですぅ」
……そういうことか。
冒険者が白金貨を持ってる時点で、白金貨を受け取るような大きな収入があったことを意味するのか。
昨日ジギルが言ってた両替云々はそういうことだったんだ。
……でもチロルさんのドヤ顔すげーむかつく。
「あれ? でも1階にある七色に燃える松明は、白金貨1枚って書いてあった気が……」
「あれはぁ、ジョーク商品ですからぁ」
わかってて置いてんのかよ。
ポーチの中にポーチをしまう……マトリョーシカみたいだ。
とにかく、これでリズさん用のポーチが手に入った。
「そだ、チロルさんおすすめの武具店ってあります?」
「そうですねぇ、品揃えならウチの系列店が良いと思いますけどぉ、剣に拘るならムロさんのとこの工房ですかねぇ」
工房か、リズさんと被るかもしれないな。
一応両方の場所を聞いて、お店を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇
「うーん、武器の良し悪しはわからないな」
紹介された系列店に行ったはいいものの、結局買ったのは自分用のフィンガーレスグローブのみ。
ミスリル製の糸が編み込んであって、金貨8枚だった。
(また白金貨出したらジロジロ見られたよ……)
今回はギルドの仲介で、相手が白金貨を出してきたから仕方ないってことだよね。
また同じようなことがあれば、手数料払ってでも金貨にしてもらったほうがいいかもしれない。
「ここがムロさんの工房か……」
次にやってきたのは住宅街にある鍛冶工房。
並んでいるのは剣ばかりだ。
「ごめんくださーい……」
やけに静かな工房だ、留守だとしたら不用心である。
「……誰もいないのかな?」
出直そうかと思い、工房を後にしようとした矢先、奥から声が聞こえてきた。
「ごめんごめん、ちょっと奥で在庫確認しててさ」
工房の奥から出てきたのは、金の短髪で、出るとこは出てるがボーイッシュなイメージの女性。
はたしてこの人がムロさんなのか……。
「悪いね、親方は城に呼ばれててさ。今日はいないんだ」
つまりこの人はお弟子さんかな?
「買うのはいいけど、修理は今日は無理……ん?」
とは言っても、剣の良し悪しなんてわからないし……。
というかなぜこちらの顔をジロジロ見るんですか、まだ白金貨出してませんよ。
だが女性の口から出た言葉は、予想外のものだった。
「……ひょっとして、エルリット?」