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だからだろうか、彼に対して警戒心は徐々に薄れていく。
「それじゃあ、亜夢さんは行く所が無くてホテルに泊まろうとしてたんだね?」
「うん、そうなの」
「つーか、その様子だと住む場所も無くなったって事でしょ? それについてはどーするの?」
「まあ、暫くはホテル住まいになるから、急いで探して一日でも早く住めるようにしてもらうしかないかなって……思ってるけど」
私の話を聞いた百瀬くんは何かを考えるような素振りをした後、ジョッキに少し残ったビールを一気に飲み干すと、
「――亜夢さん、今夜は俺の家に来ない?」
突然、そんな言葉を口にした。
「え? いや、それはちょっと……」
警戒心が薄れていたと言えど、流石にさっき出会ったばかりの異性の部屋に行くなんて私には出来ないからお断りしようとするも、
「あ、警戒してる? 俺の住んでるマンションの管理人が知り合いで空いてる部屋にすぐ入れるよう頼めるから力になれると思うんだよね。それにホテル代なんて勿体無いと思ったから部屋に誘ったけど、抵抗あるなら無理にとは言わないよ。部屋の斡旋だけでも力になるし」
どうやら彼には下心などは一切ないようで、あくまでも私を思っての提案だったらしい事が窺える。
「そ、そっか。部屋をすぐに借りられるなら有難いな。その……今日はホテルに泊まるから、部屋の仲介だけ、頼めるかな?」
「了解」
でもやっぱり部屋に上がるのは抵抗があった私は部屋の仲介だけお願いする事にしたのだけど、彼は快く引き受けてくれた。
それからお酒を何杯か飲みながら色々な話をしていく私たち。
この辺りのホテルは日付けが変わるまでならチェックイン出来るところばかりな為か、あまり焦ってはいなかったのだけど、百瀬くんと話しているとついつい時間を忘れて盛り上がり、気付けば日付も変わって居酒屋の閉店時間が迫っていた。
「やば……」
「どうかした?」
「うん、ホテル……今からでも入れるのかなって、思って……」
「今日は週末でも無いし、部屋は空いてるんじゃん?」
「うーん、それはまあ、多分。ただ、予約もしてないし、飛び込みでこんな深夜からチェックイン出来るのかなって……」
「どうなんだろ? こんな時間から部屋探した事ないからなぁ」
「だよね。いっその事、もう今日はネットカフェにでも泊まろうかなぁ」
今から部屋を取ったとしても、ただ寝るだけで高い料金を取られるのも何だか勿体無いし、今夜一晩くらいならネカフェでもいいかと考えていた私に彼は言った。
「ねぇ亜夢さん、やっぱり俺の部屋に来なよ」と。
「……で、でも……」
「ネカフェだってタダじゃ無いし、あんな所じゃ休まらないでしょ? 俺の部屋なら金も掛からないし、ゆっくり休めると思うけど?」
「そ、そうかもしれないけど……」
彼の言う事は正しいし、泊めて貰えるのは有難いけど……やっぱり、少し抵抗がある。
そんな不安が伝わったのか百瀬くんは、
「警戒しないで? 俺、部屋に連れ込んで無理矢理どうにかしようなんて気持ちはこれっぽっちも無い。神に誓うよ。ただ、困ってる亜夢さんの力になりたい、それだけなんだ」
必死に訴え掛けてくる。
そうまで言われてしまうと、これ以上は断りにくい。
「……分かった、それじゃあ今夜一晩、よろしくお願いします」
結局私は彼の家に泊めて貰う事を選んだのだけど、この選択が私の運命を大きく変える事になるなんて、この時はそんな事思いもしなかった。
店を出た私たちは駅前でタクシーを拾い、十分程行った先の住宅街の一角にあるマンションの前に辿り着く。
半分出すという私の申し出を断って会計を済ませてタクシーを降り、エントランスからエレベーターに乗って最上階の六階へと上がり、一番奥の部屋の前で足を止めた。
「さ、どうぞ」
「お邪魔します……」
百瀬くんに促されるまま部屋へ入った私はとにかく緊張していた。
それはまるで初めて彼氏の部屋へ上がった時のような感覚だった。
部屋の間取りは1LDKで、広めのリビングダイニングは黒を基調としたコーディネートで高級感溢れていた。
(うわ、何だか凄くお洒落な部屋……)
しかも、部屋はとても綺麗でまるでモデルルームのよう。
「その辺、適当に座ってて」
「あ、う、うん!」
返事をしたものの身の置き場に困った私はとりあえずソファーに腰を下ろす。
「亜夢さん、何飲む? って言っても……大したモノないんだけど……緑茶かミネラルウォーターか、あと、お酒なら色々あるけど?」
「お酒って、さっきまで飲んでたのに?」
「亜夢さん結構強いよね? まだ足りないんじゃない?」
「まあ、飲めなくはないけど……」
「実は俺も、もう少し飲みたいって思ってたんだよね。って事で、もう一度飲み直そうか! あ、その前にシャワーでも浴びる? さっぱりしてから飲んだ方が美味いでしょ。何なら浴槽にお湯張るけど?」
「あ、えっと、シャワーで大丈夫。百瀬くんから入って? 私は次でいいから」
「そお? じゃ、俺から先に入ってくるね」
何だか成り行きでもう一度飲み直す事になった私たち。
その前にシャワーを浴びてしまおうという事で、百瀬くんが先に浴室へと向かって行くのを、私は座ったままで見送った。