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「うっとおしい小虫共が・・・・!」
ラウナークがその西洋の彫刻のような端正な顔を怒りで歪め、罵る。
真田十勇士の攻撃が加わったことで、強大な力を持つムスペルの四姉妹の次女は追い詰められつつあった。
伊三入道の式神である鴉天狗、海野六郎が操る大量の木の葉、霧隠才蔵の分身によって視界を攪乱されるため、得意の星球式槌矛を存分に振るう事が出来ない。
そこに猿飛佐助が神速の機敏さで縦横無尽に跳躍しながら鉄の爪を振るってラウナークの灼熱の肌に無残な爪後を残す。
さらに根津甚八が琉球武術の奥義を尽くしてサイを、さらに強烈な蹴りを放ち、穴山小介が小太刀を、由利鎌乃介が鎖鎌を叩きつける。
またラウナークの動きを制限するように筧十蔵の種子島銃の狙撃が的確に放たれ、清海入道が岩をも砕く威力の獅子吼の衝撃波を浴びせ続ける。
さらにそこエインフェリアとワルキューレが戻って来て攻撃を再開した。
「ふーむ、見事なものだ」
一人戦いに参加せずに遠くから様子を窺っている望月六郎が感嘆の声を上げた。
彼は現在残されたただ一匹のガルムを失いたく為、ラウナークへの攻撃を控えていた。そしてエインフェリアとワルキューレが隙を見せれば毒の吹き矢を喰らわせてやろうと内心思っていたのだが、やはり戦いに参加していない平敦盛とエイルが厳しい視線でこちらを見張っているので、苦笑を浮かべた。
「それにしても、エインフェリアとワルキューレも大した腕よな。特に木村重成と北畠顕家か。あの二人の動きは凄い。佐助に匹敵するではないか。それに後藤又兵衛の槍捌き。速さでは我が殿に劣るやも知れんが、威力では上回っておるな」
真田十勇士、それにエインフェリアとワルキューレ。個々の実力が傑出しているのはもちろんだが、敵同士にも拘らず、事前に打ち合わせもしていないのに見事な連携を取りつつあった。
先程一度戦っただけに過ぎないのに相手の特性を把握し、それを共通の敵に効果的に発揮できるように配慮して動いているのが明らかであった。
「我ら十勇士と彼らが力を合わせれば、天下に敵なしだな。残りの四姉妹もシンモラも討ち取れるやも知れん。まあ、今回限りで次は無いであろうが・・・・」
「おのれ・・・・」
全身に傷を負ったラウナークが憤激を露わにし荒々しく馬蹄で大地を踏み荒らしながら、星球式槌矛を振り回し、炎の息を吐き続ける。
だがラウナークの必死の攻撃は破壊力は甚大であろうが大振りで隙が多いため、彼女の敵達は完全に見切っていた。
「半馬の巨人め、もう手札は尽きたようだな。あれでは我が同士達はおろか、エインフェリアとワルキューレも一人として仕留められんな」
望月六郎は側に控えているガルムの頭を撫でながら言った。
「それにしても佐助の奴、妙に張り切っておるな。初めて戦う異形の巨人相手だからと思っていたが、奴の意識は木村重成に向けられておるわ」
望月の瞳が神速で動く佐助の動きに注がれる。
「そして木村重成も佐助に意識を向けておる。佐助が放つ濁った闇の気と木村の清冽な光の気。まさに陰陽相対しておるな。あの二人はどちらかが果てるまで憎み合い殺し合う宿命を帯びておるらしい」
望月がその慧眼で看破したのを気づいたのかどうか。猿飛佐助と木村重成は競い合うかのように、それでいて己の手の内の全てを明かさないように気を払いながら技を繰り出してラウナークの強壮な生命を確実に削り取って行った。
「その首貰った!」
佐助が勝利を確信し、高らかに宣言して止めを刺すべくラウナークの首筋目指して跳躍する。紙一重の差で遅れた重成は思わず歯噛みをした。
だが、その時、ラウナークが巨大な咆哮を上げた。断末魔の叫びではない。次なる攻撃に出るという明快な破壊への意志と生命の躍動を感じさせた。
それに気づいた佐助と重成、その他の者も慌ててラウナークから離れた。
ラウナークの体が変化を起こそうとしていた。その巨体を包んでいた赤褐色の焔が勢いを増し、熱気が渦を巻く。
ラウナークは最初にヨトゥンヘイムの大地に降り立った時と同様の巨大な火炎の柱となっていた。
焔と熱気がその全身から飛散され、火の滝が地上に降り注ぎ、木々を、落葉を焼き尽くして周囲を炎の海へと変貌させる。
エインフェリアとワルキューレ、真田十勇士も近づくことが出来ず、意志を持つ焔の柱を見守るしかなかった。
筧十蔵、そしてラクシュミーが銃弾を撃ち込み、エドワードが氷の礫の魔法を放ってみたがやはり効果は無かったようである。
「これでは手が出せんなあ。どうする、木村殿?」
佐助が重成になれなれしく話しかける。いかにも先程の共闘で相手の力量を認め、友情が芽生えつつあるといった態度を装っている。
だがその瞳の奥にはやはり一瞬にして命ある物を死に至らしめる猛毒のような殺意と憎悪の感情が秘められているのは明らかであった。
そのいかにもわざとらしい演技が何よりも木村重成を激高させるという計算があるのだろう。
「黙れ・・・・!なれなれしく私に話しかけるな」
果たして重成はその白皙の顔貌を紅潮させながら激しく言った。
(まだ若いなあ。木村重成)
その様子を見ていた望月六郎が嘲笑った。
(腕は互角かも知れんが・・・・。その直情さ、潔癖さでは到底、あの魔人猿飛佐助と渡り合うことは敵わんぞ。いずれ奴の玩具にされて散々嬲られた末、全てを奪われて地獄に落とされるのが目に見えておるわ)
佐助は苦笑を浮かべて肩をすくめたが、内心計算が当たったことを、重成の気性を完全に見抜き、そしてその急所を突き思うがままに操る術を得たことに満足しているのだろう。
(わしら真田十勇士が勝つ・・・・)
勝利を確信した望月六郎が会心の笑みを浮かべたその時、ラウナークにさらなる異変が起こった。
焔の柱と化したまの状態で、その両腕を用いることもなく星球式槌矛を振るったのである。
巨大な星球が明らかに先程までを上回る勢いの炎熱を纏い、凄まじい速度で飛来する。
「!」
集まって遠巻きにラウナークの様子を窺っていたエインフェリアとワルキューレ、真田十勇士は慌てて周囲に散って攻撃を回避した。
凄まじい衝撃が大地を穿ち、赤熱の閃光と強烈な爆風が生じて光と闇の陣営のそれぞれの勇者達を襲う。
十勇士は忍びとしての機敏さを最大限に生かして回避したので爆発から完全に逃れることが出来た。しかしヘンリク二世はエイルを、姜維は敦盛をかばいながらであったので、爆風から完全に逃れることが出来ず四人は大地に転倒したようである。
さらに容赦なくラウナークは二度目の灼熱の彗星を飛来させる。
(重成!)
姜維の手を貸り、敦盛をかばいながら爆風から逃れた重成の心にブリュンヒルデの念話が響いた。
(今こそマグニ様とモージ様の御力を借り、ミョルニルの槌を振るいましょう)
ブリュンヒルデに頷こうとした重成であったが、ふと不吉な気配を感じて振り向いた。
(猿飛佐助・・・・!)
四つの瞳を持つ魔忍が先程までの余裕の薄ら笑いを消し、真摯な表情でこちらを窺っている。恐ろしいまでの勘の良さを持つ佐助は重成に秘めたる奥の手があるのを察知し、一瞬たりとも見逃さじとまなじりを決し凝視しているのだろう。
(奴に我らの奥の手を見られるのは非常にまずい気がする・・・・)
重成は悪寒を深めた。いかに魔的なまでの武勇と狡知を誇る天才忍者猿飛佐助と言えど、雷神トールが遺した最強の神器の前では無力なはずである。
だがこの男に今ここでミョルニルの槌の全容を知られるのは何か致命的なまでに不利な状況を招く気がしてならない。
そこにラウナークの第三の攻撃が飛来した。巨大な爆風に吹き飛ばされた仲間たちの悲鳴が響き渡る。このままではいずれ犠牲者が出てしまうだろう。
敵を一歩も近づかせず、一方的に圧倒的な破壊力を持つ攻撃を連続で見舞うラウナークを倒す方法は最早他にない。
重成は覚悟を決め、マグニとモージに呼びかけるべく常は封印してある雷神トールから継承した雷の神気を高めた。
重成を注視していた佐助の四つの瞳がさらに深く暗黒の色彩を帯びる。
だがそこに遠き山々から巨大な振動が起こった。