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不規則に鳴り響いていたキーボード音がぱたりと止まる。
「あとは──」
このクソみたいな人生を語るにおいて、あの人は切っても切り離せない存在なんだと瓈蓏は思った。
「…」
ぱたんとノートパソコンを閉じる。辛うじてあった音が消え、世界に静寂が訪れた。
静かに辺りを見回すと、やはり雪哉の爪痕がよく見える。
ゴテゴテしたシールが歪に貼られているノートパソコン、一生使い切っても食べられないであろうカップラーメン、座り古して色が禿げた朱色のソファ。無駄に広いタワーマンションの一室。
まるで雪哉があたしのためにかけた呪いのようだ、とカップラーメンに手を伸ばしながら思う。
雪哉が生きていた頃は、この部屋にあるすべてが雪哉と瓈蓏が“繋がっている”ことを示しているようで嬉しかった。──否、それは実際合っているのだろうが。
「雪哉さん…」
辞めたい、消えたい、死にたい、償いたい。
もう何万回思ったかも分からない言葉を思う。
霜月雪哉という存在は、明らかに瓈蓏を蝕んでいた。
しかしそれすらも簡単に凌駕してしまう羨望という期待は、もう一度瓈蓏を朱色のソファに座らせるには充分だった。
目を瞑ると、雪哉の顔が浮かぶ。
夢を見ると、雪哉が出てくる。
朝起きると、雪哉の爪痕が目に入る。
外に出ると、雪哉と歩いた街が見える。
文才と言われた小説家、霜月雪哉との出逢いを語るには、やはりあのクリスマスの日を書くべきだ。