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エルリット・ヴァ・エルラド――――たしかに今そう紹介された。
ついでに閃光のエルリットとも……。
わざわざ冒険者のエルリットと、側室の娘役を同一人物にしてしまったのだ。
もちろんこれには貴族たちもざわつき始める。
「あの白い髪、たしかにマリアーナ様と同じ……」
「顔も幼さがまだ残ってはいるものの面影がある」
「閃光といえば最近大活躍の冒険者ではないか」
「身分を隠して冒険者業でもやっていたのか……公爵家は酔狂な者が多いな」
「星天の魔女の弟子という話は本当なのか?」
こちらをチラチラと見ながら好き勝手なことを言っている。
マリアーナ? 面影?
似てると言われてもよくわかんないよ。
(むしろ邪教騎士に似てる気がしたけど……)
少し複雑だけど、それは鏡の前で化粧し終わった時に感じた、僕の素直な感想だった。
そもそもあの一時だけならともかく、側室の娘役を継続は無理があるのでは?
閃光の二つ名もそれなりに広まってるようだし、すぐにボロが出そう……。
そして、アンジェリカさんの口から細かい解説が入る。
まずは身分を隠して帝国領地に赴き、各地で人心を操っていると思われる邪神像を破壊。
その後第2公女だと名乗り、その領を公国の領地とする。
領主が納得するのであればそのまま治めさせ、反発するのであれば代わりの者を領主に任命。
……そんな上手くいくかなぁ?
まぁ全面戦争するよりマシだとは思うけど。
というか僕に拒否権ないの……?
「……拒否権はないからね」
アンジェリカさんが僕にだけ聞こえるように小さな声でそう言った。
……そんな嫌そうな顔してただろうか。
その後は、遺跡を封鎖するべきだの、徴兵も視野に入れるべきだのと小難しい話が続けられた。
結局どちらもアンジェリカさんによって却下されたが……。
邪教騎士はなぜか自身が遺跡に入ることはしないようだが、いずれまた冒険者が遺跡の核を手に入れたら……というのはたしかに危惧するところではある。
しかし封鎖することで、冒険者がこの国に寄り付かなくなるのも問題なのだ。
正直僕は、話の内容があまり頭に入ってない。
もはや自分の立ち位置もよくわからなかった。
謁見の間での小難しい話が終わり、アンジェリカさんと共に別室へと移動する。
「こんなのバレたら絶対ヤバイでしょ……」
要は冒険者を第2公女だと偽らせて他国に送り込むってことでしょ?
この世界に国際法みたいなものがあるのかは知らないけど、下手すれば新たな敵を作りかねない。
「そうね……男だとバレたらちょっと面倒かもね」
アンジェリカさんの心配は僕とは何かズレていた。
「いや、そうではなくてですね……身分詐称はまずいですよ」
しかも公女を騙るなんて……。
「……男というのは否定しないのね、てっきり弟って何かの間違いだと……」
そう言ってアンジェリカさんは、何か紙切れのような物を眺めていた。
「その紙は?」
「……気になる?」
そりゃね、なんとなく僕に関わることが書かれてそうだし。
だがアンジェリカさんはやや難色を示した。
「見せてあげたいのは山々だけど……あなた、邪教騎士が自分の母親だって言われたらどうする?」
これまた素っ頓狂な……。
たしかに同じ白髪だし、ちょっと大人びた化粧をした自分の顔が似てて驚きではあるけど。
……いやいや、ないない。
あいつ僕のこと容赦なく刺したからね?
「……児童相談所に駆け込みますかね」
もう成人してるから受け付けてくれないかな?
その時、アンジェリカさんの眉が一瞬だけピクリと動いた気がした。
「……じゃあマリアーナって名前に聞き覚えは?」
「たしか、失踪した側室の女性……ですよね?」
以前エルラド公に聞いた話を思い出す。
幼馴染であり、側室の女性……でも暗殺されかけたあと失踪したんだったよね。
「……私の口から語ることでもないのかな」
そう言ったアンジェリカさんの表情は、何かに悩んでいるようだった。
だがそれもパッと切り替わる。
「ま、性別はともかく、身分詐称に関しては問題ないわよ……理由は父が目を覚ましたら聞いて頂戴」
なんだろう、このヒントは出すけど答えは教えてくれない感じ。
モヤっとするなぁ。
ただ僕は今のアンジェリカさんに、ちょっとだけ安心していた。
城に戻って来た時は暗い表情だったからね。
それに血生臭い戦争より、今回の策は僕も犠牲が少なくて良いと思う。
乗り掛かった舟ということで協力するのもやぶさかではない。
「あっ、ところで同行するメンバーは特に指定しないですよね?」
「そうね、冒険者以外の身分があるのなら問題ないわ。お姉さまは以前従者としての姿を帝国の貴族にも見られてるし大丈夫だと思うけど……一応手は打っておこうかしら」
さすがに僕とリズさんの二人だと不安なので、もう少しメンバーが欲しいかな。
冒険者じゃないけど、それなりに戦える人……けっこう難しい。
◇ ◇ ◇ ◇
「東かぁ……ええなぁ」
自宅に戻り、これからのことを相談すると、意外にもメイさんが食いついた。
王国や公国ともまた違う文化・文明を築いてきた帝国には、多少なりとも興味があるようだ。
「と言っても、行くのは帝国の主要都市3つだけなんですけどね」
南部にある交易都市カザール。
北部にある鉱山都市ミスティア。
中央にある要塞都市カトラリマス。
魔帝国の領土を除けば主な都市がこの3つで、道中の街なんかは必要性に応じて……という予定になっている。
要塞都市からさらに東へ行くと帝都カトルがあるが、ここは魔帝国の動き次第ということで今のところは様子見。
「私は調べものがあるからパスね」
師匠はもちろん付いてこない。
Sランク冒険者だからしょうがないね。
なおリズさんのご両親は師匠の家に泊まる予定。
ということはだ、この中央都市にSランク冒険者が3人集まっているわけだ。
自ら攻め込むことはなくとも鉄壁の布陣となっている。
そして、共に自宅についてきたセリスさんはやや残念そうだった。
「私はついて行きたいところだが、客将として中央都市防衛の任を仰せつかっているのでな」
さすがにアンジェリカさんも、預かっている騎士を勝手に敵地へ送り込むわけにはいかないからしょうがないね。
それともう一人、なぜか我が家に居ついてしまっているシルフィさんが口を開く。
「帝国の件、邪神像が関わっているということで教会も動いています。なので、私は司祭として同行させていただきますね」
そう言って僕を見てニコリと微笑んだ。
いや、いいんだけどね。
強さも回復役としても申し分ない人選なんですけどね。
なんかあの笑みに含みがあるような気がする……。
「私はエルの従者としてだな。あの執事服ではさすがに目立つか……?」
リズさんはすでに執事服を着るつもりのようだ。
従者だからメイド服という選択肢もあるはずでは?
「ええなぁ…ウチも家事がなかったら行くんやけど。鉱山都市いうたら、なかなか市場に出回らん鉱石もあるやろうしなぁ」
メイさんは珍しくむくれていた。
こうしていると見た目相応の少女に見える。
それを師匠がチラッと一瞥して口を開いた。
「あら、行けばいいじゃない。ヤマトとヴィーもいるし、ミンファのことは心配しなくていいわよ」
師匠はそう言うけどね、メイさんには我が家の家事が……。
……いや、ミンファまで師匠の家で過ごすとなると、家事らしい家事もないのか……。
「いやいや、一応危険な旅……」
その瞬間――――洗濯物のように干され、血抜きされていた悪魔の姿が脳裏をよぎった。
うん……危険なのは相手の方か。
さすがに人間から素材を剥ぎ取るようなことはしない……よね?
「私は別に良いと思うぞ?」
リズさんはメイさんが同行することに賛成した。
まぁたしかに、見た目的にはただの少女だし、メイド服なら従者役としても申し分ない。
なんなら道中の炊事洗濯の不安が全て解消される。
悩んでいると、いつの間にか皆の視線が僕に集まっていた。
「……僕も良いと思います」
なんだか個性の強いメンバーになってしまった気がする。
◇ ◇ ◇ ◇
アンジェリカは執務室にて、書類を睨むように眺めていた。
それは技術革命とも呼べる、新たな浄水施設の仕組みを図で表した物だ。
細かな設計は研究者に委ねることになるが、完成すれば間違いなく発案者としてアンジェリカの名が歴史に刻まれることとなる。
「自分で考えたわけでもないのに……」
それは生前から知っているものであり、それで自身が評価されるのは少し気が引ける。
こんな記憶、忘れられるものなら忘れたいのに……と愚痴を零す。
そして生前からの記憶に関して、もう一つ気になった点があった。
エルリットが男だということに気を取られて、その時は特に突っ込めなかった部分だ。
「……児童相談所なんて、この世界にはないわよね?」