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第一話: 二度と戻れない一本道
遼歴237年7月
ウルジス市 二十三地区 七号街
「続いてのURSニュースです。近日、シュヴェッツェン帝国と我が国の国境地帯にて度重なる紛争が発生しており、現地の情勢が悪化しています。国家委員会は、状況に応じて該当地域からの強制移転を命じる可能性があると警告しました。市民の皆さまには、いつでも避難できるよう準備を整えることを推奨します。」
ニュースの内容に憤りを感じたように、アルセナの父がこう呟く
「またかよ……シュヴェッツェンの連中、しょっちゅう紛争を起こしやがって。こないだの国境での死傷者だって、あいつらのせいだろ。市民が迷惑をこうむるばかりだってのに、委員会ときたら声明ばかりで何の対策もない……まるで弱腰だ」
アルセナの父の声には、不満と諦めが滲んでいた、そんな父を見て母は苦笑いを浮かべ、肩をすくめる。
「あら、上に何を言っても無駄よ。結局、私たちは私たちで何とかするしかないわ」
父は深いため息をつくと、どこか自嘲的に言葉を漏らす。
「もし戦争が本当に始まったら……俺は前線に出て、シュヴェッツェンのやつらを蹴散らしてやりたいもんだ」
母はその言葉に少し眉をひそめ、真剣な口調で言い返す。
「そんなこと言わないで。戦争になんてなったら……アルセナちゃんはどうするのよ?」
家族全員の視線が一瞬で重くなる。アルセナは自分の名前が出て驚いたように母を見上げたが、何も言わずにその場の空気を察して口を閉じた。
しばらく沈黙が流れたが、アルセナが小さな声で口を開いた。
「ねえ、ママ….戦争って、やっぱりこわいことなの?」
母は、その無垢な問いかけに一瞬戸惑いながらも、優しく微笑んで答えた。
「そうね、アルセナ。戦争は怖いものよ。でも大丈夫、パパもママも、アルセナをずっと守ってあげるから。だから心配しなくていいの」
アルセナは母の言葉に安心したのか、小さく頷いた。
その時、ふと窓の外から聞こえる低いサイレンの音が、家の静けさを切り裂いた。
「まただ……」
父が眉をひそめて窓の方を見やる。最近、国境地帯での緊張が高まるたびに、この警戒サイレンが鳴るようになっていた。父も母も、このサイレンの音にはもう慣れてしまったが、アルセナにはまだどこか異質で不安を誘う響きに感じられる。
「ねえ、パパ。どうしてあの音が鳴るの?」アルセナが不安げに尋ねる。
父は答えに詰まり、一瞬言葉を選ぶような表情を浮かべたが、結局短くこう答えた。
「国が私たちを守るために鳴らしているんだよ。アルセナには難しいかもしれないが……あの音が鳴るとき、私たちは少し気をつけなきゃならないんだ」
母はその言葉を聞き、そっとアルセナの肩を抱き寄せた。
「でも心配いらないわ、アルセナ。家族はここにいるから、何があっても一緒よ」
アルセナはその言葉に少し安堵したものの、まだ不安な顔をしている。しかし母の温かい手に包まれながら、少しずつその不安が和らいでいくのを感じた。
夕食時、一家はテーブルを囲んで静かに食事をとっている。母の作る食事はいつもと変わらないはずなのに、アルセナにはどこか味気なく感じられる。父も母も、普段通りに振る舞っているが、どこか表情に陰が差しているのを感じるのだ。
食卓の静寂を破るように、アルセナが再び口を開く。
「パパ、ママ….いつか、私たちも戦争がないところに行ける?」
父と母は一瞬、顔を見合わせたが、母が優しく微笑んでこう答えた。
「そうね……きっと、いつかは私たちが安心して暮らせる場所ができるはずよ。それまで、私たちはここで一緒に頑張りましょうね」
アルセナは小さく頷き、家族の温もりに心を寄せる。
そしてその夜、アルセナはベッドに横たわりながら、父と母の言葉を反芻していた。外では微かに響くサイレンの音が、アルセナの耳に残っている。戦争という言葉の意味はまだ理解できないが、どこか自分の生活が大きく変わってしまうような、不安定な気配を感じる。
そして夕食を終えアルセナはちょっとした不安に目を瞑った、
…
……
………
-籠った声
重傷者優先に…..”
この子を……助けて”
患者がAHRFを起こしてる急いでICUへ運んで人口呼吸管理を行え!!
意識が朦朧としている中で、何やらあちこちで声が聞こえる
「何をしているんだろう??」
私はこう思っていた、しかし私は手を動かそうとしても、動かせなかった
”患者の意識レベルは非常に低い状態です….SpO2は82%、PaO2は45mmHgで、低酸素状態が続いているようです。”
”呼吸不全による意識低下だな….この酸素飽和度では命に関わる。経鼻高流量酸素(HFNC)を40リットル/分、FiO2を100%で開始する”
”HFNCを開始しましたが、SpO2が依然として改善しません。
”このままでは酸素化が間に合わない可能性が高い。すぐに非侵襲的陽圧換気(NIV)に切り替え、FiO2を100%、PEEPを5cmH2Oで設定しろ”
”NIV準備完了しました。マスクを装着します”
-数分後も酸素化が不十分で改善が見られない-
”NIVでも効果がないようだ、緊急気管挿管が必要だ。挿管準備を急げ、 FiO2は100%、PEEPは10cmH2Oで設定する”
-看護師が気管挿管セットを準備し、挿管を実施-
”挿管完了しました。SpO2は90%に改善しました”
”よし、酸素化が少し安定した。血圧はどうか?”
”平均血圧が60mmHg以下です。ノルアドレナリンを微量で追加します”
”昇圧剤での対応を続け、心拍や血圧のモニタリングを厳重に行う。意識が回復するか観察しながら経過を見守るぞ”
どれほどの時間が経ったのかな…目を開けると、そこには私が見慣れた天井ではなく、無機質で冷たい見覚えのない天井が広がっていた。ぼんやりと意識を取り戻す中、どこか遠くで人の声が聞こえてくる。
「104番患者が目を覚ましました!」
私の心は混乱していた。
「……私、どうかしてたの……?」
自分がどうしてここにいるのか、その理由も分からず、ただ声に問いかけた。すると、看護師が静かに頭を下げ、隣に座って優しく語りかけてきた。
「落ち着いて聞いてね、アルセナちゃん。君が眠っている間にいろいろなことがあったの。でも、君が目を覚ましたから、ひとまずは大丈夫よ」
看護師の言葉を聞いても、私の頭の中は混乱したままだった。何が起きたのか、どこか現実味がなく、うまく理解できない。ただ、胸の奥から不安がじわじわと広がっていく。
「ねぇ、パパとママは?」
私は切実な思いで尋ねた。
「パパとママに会いたい……」
看護師は少し首を傾げ、困惑したように私を見つめていた。
「パパとママ……ね。君をここに運んできたとき、それらしき人は見当たらなかったけど……少し探してくるから、ちょっと待っててくれる?」
そのとき、ドアが開き、一人の医者が部屋に入ってきた。
「その必要はない」
看護師がその医者に向かって軽く頭を下げる。
「お疲れ様です」
医者は私の方へと歩み寄り、まっすぐに見つめながら冷静な口調で言った。「君がアルセナだな?」
「……はい、私がアルセナです」
医者の真剣な視線に、不安が一層増していく。
「君の父と母は、今、外に用があるそうだ。彼らから、君に伝えるように頼まれた。だから、しばらくの間、いい子で待っていてくれ」
「そうなの?どこに行っているの…」
私は懸命に尋ねたが、医者は少し言葉に詰まり、すぐに視線を逸らして答えた。
「それはまだ……教えられない。しかし、戻ってくるまでには、少し時間がかかるかもしれない」
その言葉を聞いた途端、私の胸が締めつけられた。信じたくない気持ちと、嫌な予感が入り交じり、目の奥が熱くなる。
「嫌だ….私、パパとママに会いたい……」
私が声を詰まらせながら言うと、隣にいた看護師が優しく抱きしめ、耳元で囁いた。
「大丈夫よ、アルセナちゃん。パパとママはきっと戻ってくるからね。それまで、いい子で待ってようね?泣き顔じゃなくて、笑顔のアルセナちゃんを見せてあげましょう?」
「……うん、わかった……」
そう答えながら、心の奥では不安が消えないままだった。看護師はそっと離れて医者に促され、部屋を出ていった。彼らがいなくなった部屋に一人取り残されると、広がる静寂が一層、私の心の隙間に冷たく染み渡った。
一方、病室の外では
廊下で足を止めた看護師に、医者が静かに告げる。
「アルセナの両親について、知らせなければならないことがある」
看護師は不安げに医者を見上げる。
「どういうことでしょうか……?」
医者は表情を硬くして続けた。
「彼女の父親は、”アレ”の影響でまだ意識が戻っていない。現在、ICUで観察中だ。そして……母親だが」
看護師の顔に緊張が走る。
「まさか……」
医者は重々しい口調で告げる。
「そうだ、”アレ”で呼吸器に深刻なダメージを負い、長時間の酸素不足によって、今も意識が戻らない。医療チームは最善を尽くしているが、”最善”が”確実”であるとは限らない」
「……そうですか。仮に、お母様が助からないとしたら、アルセナちゃんはどうなるのでしょうか?」
医者はしばらくの沈黙の後、硬い表情で言った。
「あの子に真実を告げるべきかは慎重に考えなければならない。だが、いずれ伝えなければならない時が来るだろう」
看護師は悲痛な面持ちで頷いた。
「……了解しました」
暗い病室で一人、アルセナは無意識に両親の姿を思い浮かべていた。何度も何度も問いかけるように心の中で
「戻ってきて」
と繰り返す。けれども、薄暗い窓の外には街灯の光がぼんやりと映るだけで、夜の静寂は何一つ変わらない。
突然、廊下の方から遠くに足音が聞こえた。その音に反応して、アルセナはドアの方に視線を向ける。しかし、足音はそのまま遠ざかり、再び静寂が戻ってきた。彼女の小さな希望は、何も起こらなかった現実に打ち砕かれる。
「……パパ、ママ……」
アルセナは布団の中で小さく呟く。泣きたくても涙は出ない。何かが壊れてしまったかのように、感情すら麻痺しているかのようだった。
しばらくして、病室のドアが開かれ、看護師がそっと戻ってきた。
「アルセナちゃん、少しだけお散歩しない?夜の景色を見れば、少し気持ちが落ち着くかもね。」
アルセナは一瞬躊躇したが、看護師の優しい笑顔に促され、ベッドからゆっくりと立ち上がった。看護師は彼女の肩を支えながら廊下を歩き出した。
病院の外に出ると、ウルジス市の夜景が広がっていた。近くを走るのは、ウルスナヤ連邦で重要な公共交通機関の一つである
「МТМ (Местный Транспортный Маршрут)」の青いトラム。
電線に接続されたトラムが、無機質な音を響かせながら街を行き来している。
「ほら、あれはМТМよ。ここからウルジス市までまっすぐに繋がってるの」
と看護師が説明する。
アルセナは遠くに見えるトラムをじっと見つめながら、かすかに揺れる光を目で追った。普段なら見慣れたはずの風景が、今はどこか遠くの世界にあるように感じられる。
「アルセナちゃん、辛いときは誰かに話していいんだよ。私たち看護師も、医者も、君の力になりたいと思ってるからね」
看護師の言葉に、アルセナは小さく頷く。しかし、胸の中に渦巻く不安は消えない。あの爆発の日、両親と一緒にいた時間が途切れた瞬間が、彼女の心に焼き付いている。
そのとき、少し離れたところから警報の音が聞こえた。見上げると、病院の屋上に掲げられたウルスナヤ連邦の赤い旗が、風に揺れている。
「今日は大きな事件があったみたいで、私たちも大変だったの」
と看護師が言葉を漏らす。
「どんな……事件だったの?」
アルセナは思わず尋ねた。
看護師は一瞬言葉を詰まらせたが、優しく説明する。
「君が眠っている間にね……隣町で大きな事故があって。多くの人が負傷したんだけど、その事故で病院も人手不足になっているの」
アルセナはその言葉を聞き、無意識に自分の両親に思いを馳せる。隣町で起きた大事故、それは彼女が聞きたくなかった現実を暗示しているようだった。
「でも大丈夫よ、アルセナちゃん。今はまだ話せないことがあるかもしれないけれど、必ず真実を知る日が来るから。その時まで、私たちがそばにいるからね」
看護師の優しい声が、少しだけアルセナの心に温かさをもたらした。再び病室に戻ると、アルセナはベッドに横たわり、深く息を吐いた。
それでも..眠りに落ちる瞬間まで、彼女の心には両親の面影が揺らめいていた。
第1話 - End