吉田武史は、濡れた傘を無造作に折りたたみながら、スマホのバイブに気づいた。
画面には、会社からの無機質なメール通知が光っている。
件名:帰社
本文:今すぐ本社へ来い。詳細は口頭にて伝える。遅れるな。
「…はぁ。」
ため息ひとつ。さっきまで命を懸けた戦いをしていたというのに、会社はそんなことは露ほども知らない。何か嫌な予感がした。
吉田は濡れたスーツを気にすることもなく、タクシーを捕まえた。
会社のオフィスは深夜にもかかわらず、明かりが灯っていた。
エレベーターを降りると、待っていたのは総務部の鬼、黒崎美沙子(42)。
仕事に命を懸ける女。鋼のような視線で部下を威圧し、パワハラの化身とも噂される。
「遅いわ、吉田さん。」
「…10分以内に来ましたが。」
「言い訳はいいから、会議室に入りなさい。」
吉田は無言で従った。会議室にはもうひとり、吉田の直属の上司である坂本和也(50)が座っていた。脂ぎった顔にいつものように神経質な笑みを浮かべている。
「吉田くん、キミに特別任務を頼みたい。」
その言葉に、吉田はピクリと眉を動かした。特別任務——会社の言葉を借りればそれは「休日出勤」か「無茶ぶり」だが、今夜はどうにも違う気配がする。
「何の話ですか?」
坂本は目を細め、声を潜めた。
「…キミには、ある人物を接待してもらいたい。“青山重工”の田中会長だ。」
青山重工。裏社会とも噂される巨大企業。そしてその会長、田中は…吉田のかつての“依頼人”だった。
「…どうして俺が?」
「会長が、キミを名指ししたんだよ。」
吉田の背筋に、冷たいものが走った。これはただの接待じゃない。
「今夜22時、青山重工のプライベートクラブに行ってくれ。」
「…了解しました。」
クラブの扉をくぐると、薄暗い照明の中に、男が座っていた。
「久しぶりだな、吉田。」
田中会長は静かに微笑んだ。
「やっと戻ってきたか。次の仕事は、あんたにしか頼めない。」
吉田の平穏な日常は、完全に崩れ始めていた。
──つづく──
コメント
3件
吉田頑張って、、、!続き待ってます(*´꒳`*)
やべえ、、神すぎる、、、、🫰🫰🥹 こんな連載の通知が楽しみなの初めてや(((