ギルドに着くと、こちらへと視線が集まる。
先ほどまで賑やかだった場は、今はヒソヒソと小声で話す声。
……あまり気分の良いものではない。
だが、そんな中でも声をかけてくる者がいた。
「赤髪と白髪の二人組、キミたちがローズクォーツだね」
高そうな金色の鎧を纏ったその男は、さわやかな笑顔と共に整った金髪をかきあげる。
……なんだか頭部に違和感を感じる。
「おっと失礼、自己紹介がまだだったね。俺は【金狼】のリーダーをしている、カマスだ」
握手を求めてくるが、僕らはそれを交わさない。
だって急に自己紹介されてもね……。
男はこめかみがピクッと動く。
ついでに頭部もピクッとずれる。
「これでも俺はBランク冒険者だ。-斬撃のスラッシュ- と言えば聞いたことぐらいはあるだろう?」
ま、まさかそれは二つ名というものか。
だとしたら罰ゲームのような業を背負ってしまった可哀想な人がいるものだ。
……自称じゃないよね?
リズさんも握手は交わさない、だが無視し続けるわけにもいかないので、淡々と対応する。
「少なくとも私は聞いたことないな……それで? 惨劇のズラッシュ、とやらは我々に何か用だろうか?」
「――ぶふぉッ!」
僕は我慢できずに噴き出してしまった。
いけないいけない、涙ぐましい努力の結果を笑っては失礼だ。
「――――ッ! ……ふぅ、今のは聞かなかったことにしておこう。お前たちを俺のパーティに勧誘しようと思って声をかけさせてもらった」
大激怒ッ! かと思いきや、ズラッシュさんは思いとどまったようだ。
だがキミたちからお前たちへと呼び方が変わった。
なかなかイラついてるようだ。
でもね、多分リズさんに悪気はないの。
「勧誘だそうだが。エル、どうする?」
どうすると言われても、組む理由もないし……。
「すいません、お断りします」
あと頭部のズレを直してください。
僕の腹部が持ちません。
「そうか……今日の所は引き下がっておこう。だが俺は好意で誘ってやったんだからな? あとで後悔しても知らないぞ」
そういって男はギルドから去って行った。
そして僕らの周囲に人だかりができる。
「カマスの野郎は気に食わなかったんだ、スッキリしたぞ」
「じゃ、じゃあ俺らのパーティに入らないか?」
「第2遺跡について是非くわしく!」
「足の匂いを嗅がせてくれ」
「私らのとこ女だけのパーティなんだけどどう?」
思い思いの言葉が……変なの混じってない?
「おら、どけどけ! こいつらには俺が用あるんだ」
と言って群衆を蹴散らすように現れたのは、枯れ葉てた頭部を隠さない、ギルド長のジギル。
「悪いが別室にきてもらうぞ」
もはや第3遺跡の情報を集めるどころではなくなってしまったので、大人しくジギルに別室へと案内された。
「遺跡踏破ってもう知れ渡ってるんですね」
向かい側に座るジギルを恨みがましく見る。
「別に俺が言いふらしたわけじゃないぜ? そんなことしなくても、知れ渡るのは時間の問題だしな」
たしかに、第2遺跡は大崩壊しちゃったし、ほどなくして別室や城に招かれる二人組がいたら誰でも察するか。
「まぁ別に隠したいわけではないけど……たった二人で踏破したこと自体を誰も疑わないんですね」
そういうタイプはそもそも声をかけてこないのかな。
「あいつらも真意はそこまで重要としてないんだ。城に招かれるような冒険者がパーティに居る。それだけで自分たちに箔がつくと思ってんだ、情けない話だがな」
ジギルはため息交じりにそう愚痴を零す。
「ま、しばらくしたら落ち着くだろ。本題に入ろう、ちょうどお前らの所に遣いを送るとこだったんだ」
なんだろうな、しばらくそれらしい活動は何もしてないはずだけど。
「お前らローズクォーツには指名依頼が来てる」
そう言ってジギルは1通の手紙をテーブルに差し出した。
「一応極秘事項なんでな、受けるならこれを受け取ってくれ」
受けないと内容がわからないようだ。
「内容がわからないのに受けると思ってるんですか?」
「まぁ……そうなるよな。差出人はエルラド公だし、内容はそんな難しいものじゃない……はずだ」
歯切れが悪いのでますます怪しい。
しかし、エルラド公からの指名依頼となると話は変わってくる。
「……どうします?」
「内容がわからないことにはな……」
リズさんの考えも同じようだ。
「問題のある内容だったらアンジェを頼ることもできるが……借りを作るようで気が引けるな」
最悪公女様に父親の横暴をチクろうということか。
横暴と決まったわけではないけど。
「アンジェって、アンジェリカ嬢のことか? お前ら公女様とも知り合いなのかよ……」
ジギルはなぜか頭を抱えている。
僕はともかく、リズさんに至ってはお姉さまと呼ばれるぐらいには懐かれてるよ。
「じゃあ……とりあえず受けるだけ受けてみますか」
はたして討伐か採取か、あるいは第2遺跡に関する内容か。
中身は帰ってから見てくれとのことだった。
「報酬はまとめてか前金ありか、好きなほうでいいと言われているが。どうする?」
内容わからないのに前金なんてもらえないよ。
「まとめてお願いします」
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、屋根の上でアーちゃんの分体を2体作り、操作練習をしていた。
2体までなら無理なく扱える。
それ以上は頭が痛くなるので無理はしない。
さらに分体越しに魔法も放つこともできる。
が、僕の魔力量は平凡な魔法使いレベルなので、無計画にポンポン撃つとすぐにへばってしまう。
そして、こうして鍛錬をしているのには理由がある。
それは前日渡された手紙の内容だ……
――五日後、我が城で催される夜会に参加してほしい――
・冒険者であることは伏せ、貴族を装ってほしい。
・服装は気にしなくて良い、こちらで用意する。
・他国の重鎮もやってくるが、相手をしなくて良い。もし声をかけられても適当にあしらってくれ。
・追伸
もし荒事になるようなことがあれば、ご助力願いたい。
……荒事ってなんだよ。
国のトップの城だし、さすがにそんなこと起こらないよね……?
でも不安なので、こうして分体操作を練習している次第だ。
師匠が使っていたときのように、触れたらめちゃくちゃ痛い、といった使い方はできない。
(せめて魔力量の問題がなんとかなればなぁ……)
そしてさらに翌日、一人でロンバル商会直営店に来ていた。
自力で解決できない問題はアイテムで、という考えである。
「おやおやぁ、巷で噂のぉ、ローズクォーツのエルさんではありませんかぁ」
チロルさんが相変わらず間延びした声で出迎えてくれた。
「いちいちパーティ名から言わないでいいです」
今は最強護衛のリズさんと一緒じゃないんだから。
「魔法使い向けの魔道具とかってありませんかね? 多少高額商品でも構わないんで」
「この店は浅く広く扱ってますからねぇ、専門的な物ならぁ、魔道具協会に相談したほうがぁ、早いと思いますよぉ」
汎用的な物なら扱ってるが、専門的な物になると難しいらしい。
「なるほど……あっ、とりあえず高級回復薬2本お願いします」
「まいどありぃ」
前回の教訓を忘れない。
「ここが魔道具協会……」
魔道具店バルバラの商品は、魔法使いや冒険者向けではなく、あくまで貴族向けという感じだったが、はたしてその開発元であろうここはどうだろうか。
着いた建物は屋敷のようだが、雰囲気が暗い。
たまに窓から人の姿を見かけるが……生気を感じない。
なんだか見覚えのある光景だ……。
「何か……御用ですか?」
「――ぴょッ!?」
不意に声をかけられ変な声が出てしまった。
周囲に人の気配はなかったはず……。
「驚かせてしまったようで申し訳ありません。しばらく日光に当たってなかったもので……これ以上動けないのです」
声のするほうを見ると、わずかにある日陰に無理矢理収まるように壁に貼りついている人がいた。
この人からも生気を感じない、通りで気配がないはずだ。
「あの、魔道具協会……で合ってますよね?」
だが返事がない、まるで屍のようだ。
「…………ッ! すいません、ついうたた寝しておりました。なにぶん最近あまり寝てなかったもので……」
あぁ……見覚えがあると思ったら、ブラック企業に勤めてた知人がこんな感じだったな。
「魔法使い向けの魔道具ならこっちで相談したほうが良い、って言われてきたんですけど」
「そういうことなら……失礼ですが、お金……ありますよね?」
たしかにそんなお金持ってなさそうな見た目ではあるけど……けっこうハッキリ気にする人だ。
仕方がないので、チラッと白金貨を数枚見せる。
「――ッ! 失礼しました。私は魔道具協会、開発部主任のロロニスです。以後、お見知りおきを」
急に目に生気が宿り、背筋がピンと伸びる。
そして何やら黒い板を取り出し――
「各員へ通達! 上客来訪! 上客来訪! 至急準備に入れ。繰り返す――――」
その言葉と同時に屋敷内が騒がしくなり始める。
……ホントにここで相談して大丈夫かな?