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12.泣いているのは君のせい。
_4年後…
「監督、やっぱりコイツ外すべきです。シュートはろくに決めないし、パスだってカットされまくり。」
「シュートの威力が弱いせいで強豪校なんか相手にしてもらえませんし…」
俺の前に駆け寄ってきて横にいた男子生徒を指さす2人。
俺は今、中学生を対象としたサッカークラブの監督をしている。
「…ごめん、なさい。」
指を指された男子生徒はおろおろしながら頭を下げる。
俺は男子生徒の肩を叩いて頭を上げさせると笑いかける。
「今はそれでいい。チームに迷惑かけて、自分を追い詰めて…それでいいよ。」
俺の言葉に2人の男子生徒は怒鳴った。
「ふざけないで下さいッ!監督がそいつに可能性があると思うのは勝手ですけどチームの事を考えて下さい。」
中学生という精神が安定しない成長の真っ只中。
あの2人のように勝ちたいと思い日々サッカーと向き合う。
この少年のように才能がないと理解しながらも諦めない心。
この少年の名前は、酒井りん。
偶然にも現在フランス代表として勝利を納めたプロサッカー選手、糸師凛と同じ名前だ。
りんは幼少期から凛に憧れを抱いてサッカーを続けている。
世界一のストライカーになりたい。
そう言って大きな目を輝かせていたりんはあの頃の希望に溢れていた俺と似ていた。
「監督、僕を外してください。」
「だめだ。」
「監督…僕にはできません。身長もない上に力も弱い。試合になると余計に力んでしまってシュートの威力も落ちます。 」
りんは大きな欠点やミスはなかった。
だが活躍できる選手かと言われると頭を抱えてしまう。
今りんに足りないのはシュート力。
「頭では分かってるんだろ。りん君。」
「…うん。」
「ならそれでいい。これからお前は色んな奴と戦って悔しさを知る。その代わり、自分のシュートが決まって負けることに快感を覚える。」
りんの肩を両手で掴み目を見る。
りんは首を少しだけ傾げながらも頷く。
「エゴを見つけろ。お前だけのエゴを。」
「…エゴ。エゴだね、監督。」
何度もエゴと呟きながら何かを掴んだように背中を向けて走り出したりん。
りんの中の何かが動いたのかもしれない。
4年後の春、W杯が終わった。
一位はフランス、続いて日本、ドイツ。
フランスと日本の試合は5-6と接戦だった。
テレビの中継で走る見覚えのある顔。
誰よりも早くコートを走る千切。
長所の筋肉でボールを守る國神。
フェイントで潜り抜ける蜂楽。
器用な足使いでパスを送る氷織。
氷織からのパスを受けゴールへと向かう黒名。
凛の動きを捉えてシュートを狙う冴。
みんながみんな輝いていた。
それでも俺にはあいつしか見えなかった。
誰よりもシュートを狙えるポジションに動き、冴のパスを受ける。
振り切った左足でコーナーの角からシュートが決まった瞬間、笑みが溢れた。
凛、凛が勝った。
俺との約束を守り切った。
凛のゴールで試合が終わった。日本が変わった。
前回のW杯優勝国の日本を倒した。
応援すべきは日本なのかもしれない。
でも凛にしか目が行かなかった。
桜の雨が降り注ぐ道で踊るような足取りは止まらない。
鼻歌を歌いながら軽く一回転をしてみせる。
「何してんだばーか…。」
背後から聞こえた懐かしい声に体が固まる。
「…遅ぇよ。ばかやろう。」
ゆっくりと振り返り、声の主に飛びつく。
懐かしい匂いに包まれて涙を堪えた。
俺の腕をゆっくりと解くと凛は俺の前に跪いた。
そしてポケットから取り出した小さな箱を開けて笑う。
「潔世一さん、受け取ってくれますか。」
きっとぐちゃぐちゃになっているであろう俺の顔を凛は優しく包み込んだ。
出ない声を一生懸命に出した。
「お願いします。」
凛と俺が同時に呟いたTwitter、旧Xの文章はすぐにネット記事にもニュースにもなった。
ノエル・ノアに続いた世界一のストライカー、潔世一と現フランス代表として勝利を納めた糸師凛の結婚発表は世間を大きく騒がせた。
芸能界でも祝福のコメントが寄せられて俺達はフランスで式を上げる予定だ。
「はいって言えって脅してきたのはプロポーズの為か笑笑」
「他に言い方分かんなかったから。」
凛が今、俺の横で笑ってくれている。
あの時の俺の間違った行動を正してくれる。
弱い俺を支えてくれる。
昔の凛の面影を心に俺は凛の手を取った。
「何泣いてんだよ、泣き虫世一。」
「嬉しんだよ。凛が居てくれて。」
「何言ってんだ。どこにも行かねぇよ。」
凛が俺に笑いかけると涙が止まらなかった。
やっぱり俺は泣き虫だ。
凛が大好きな弱くて強がりな人間だ。
笑うのも、怒るのも、悩むのも一緒がいい。
泣いているのは君のせいなんだから。