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まさか古ぼけた灯台に、これほどまでのセキュリティシステムが置かれているとは思わなかった。壁面に並べられた五十台以上のモニタには、エドアルドの屋敷内だけでなく、人があまり通らないだろう砂浜の様子まで細かく映し出されている。
マイゼッティーの屋敷は景観を優先させるためか、四方に壁や塀が一切設置されていない。これでは他のファミリーの奇襲があった時、その脆弱さから一気に攻め込まれるのではと初めは危惧したが、ここまで厳重な監視体制を敷いているなら不安はないだろう。
エドアルドは長として、ちゃんとファミリーの安全を第一に考えられる男だ。さすが――――なんて、現実逃避したいがばかりに脳内で彼の絶賛を繰り広げていたが、そろそろ限界だ。
「あの……これはどういうことなのか、説明して……もらえるかな?」
イヴァンと強面たちに連れられ部屋を後にしたセイは、監視灯台の最上階へ案内されると、モニタが一望できる位置に置かれた椅子に座らされた。そして、そのまま両手首を手触りのいい絹のリボンで一括りにされてしまったのだ。
ただし、それはセイの目前で可愛らしい蝶々結びになっているが。
これは拘束されたと考えていいのだろうか。
「もうすぐね、ボスが帰ってくるんだ。そしたら一番にここに来ると思うから、セイはそれまでここでボクと一緒に待っていて欲しい」
「待っているだけでいいの?」
「うん、でも退屈だったらモニタを見ててよ。どこかの画面には絶対にボスが映ると思うから」
イヴァンは手慣れた手つきでパソコンを操作し、様々な場所にカメラのレンズが向くよう調節している。
「分かった、イヴァンの言うとおりにするよ」
本来、他組織の人間に拘束されたとあれば、即座に脱出方法やヴィートへの連絡手段を講じるべきだ。なのに、そういった気持ちになれないのは、イヴァンを含めたマイゼッティーの人間たちから、セイを危険な目に遭わせようという空気が伝わってこないからだ。
彼らは悪意でこんなことをしているのではない、むしろ――――。
「あ、ボスが帰ってきたよ!」
イヴァンの嬉々した声に、セイは指が差されたモニタを見つめる。と、画面には部屋にいるはずのセイがいないことに気づき、不安そうな顔を浮かべたエドアルドの様子が鮮明に映し出されていた。
「ボス、ちゃんと手紙に気づいてくれるかなぁ?」
悪戯が成功するかドキドキしながら待っているといった表情のイヴァンの懸念は、数秒で杞憂に終わった。ベッドの上に置かれたメモらしき紙を見つけたエドアルドが、慌てた表情で部屋から飛び出していく。
「手紙にはね、こう書いておいたんだ。『セイは預かった。返して欲しくば、監視灯台まで来い』って」
「何かそれ、ミステリー番組でよく出てくる誘拐事件の脅迫状みたいだね」
「みたい、じゃなくてそのものだよ。だってセイは僕たちに攫われたんだから脅迫状は必要でしょ?」
「確かに攫われた……ようだけど」
手首を緩く結ぶピンク色のリボンに視線を落とす。
「でもこんなことして、エドは怒らない?」
一応、自分は今、エドアルドの招待客としてここに滞在している。つまり形式上はドンの友人ということになるので、彼の部下はセイをエドアルドと同等に扱わなければならない。そんな人間を危険はないとはいえ、拉致したとなれば大問題だ。
それを心配して聞いてみれば、たちまちイヴァンの背筋がピンと伸びた。表情もみるみる暗くなり、血色のよかった紅色の頬が真っ白になっていく。
「ボスは怒る……かもしれない。でも……それでも……」
イヴァンは俯き、眦に大粒の涙を浮かべながら背中を震わせた。
彼も裏の世界の人間として、マフィアの厳しい制裁を知っている。ドンの立場を著しく脅かす行為は裏切り行為とみなされることも。そして、この世界の掟に女や子どもは関係ないことも。
「それでもイヴァンたちには、意味のあることなんだね?」
問い尋ねると、イヴァンは震えながらもしっかりと頷いた。その瞳には確かな覚悟があって、セイはもうこれ以上自分が口を出すべきではないと悟る。
「分かった。じゃあ、僕は大人しく君たちの言うことを聞くよ」
「え……セイは……怒らないの?」
「どうして僕が怒るの? 別に危害を加えられたわけじゃないから、その必要はないでしょ?」
セイの微笑みに、緊張で強ばっていたイヴァンの表情が解れる。
「セイ、ありがとう」
「お礼なんていいんだよ。それより……ほら、エドがこの灯台の近くまで来たみたいだけど、あれ……入り口に誰か立ってる?」
「あれはボスの側近で、ファミリーで一番腕っ節が強いマーゾだよ」
「ファミリーで一番ってことは、エドよりも強いの?」
「うーん、どうかなぁ。あの二人が喧嘩したところ見たことないから分からないけど、マーゾはボスを除いたファミリーの中でたった一人しかいないアルファだし、毎日鍛錬してるから、もしかしたらボスよりも強いかも」
エドアルドより強いかもしれない。一昨日の一件からエドアルドが相当な力の持ち主だということは知っているセイにとっては、それ以上の手練れがどれほどのものなのか想像すらできなかった。
「セイはボスとマーゾ、どっちが勝つと思う?」
「えっ? まさかあの二人、今から殴り合いでも始めるのっ?」
イヴァンの言葉に驚いて、モニタを注視する。と、二人は一言二言話した後、腰を低く落として構え合った。
次の瞬間、エドアルドよりも二回りも体格の勝るマーゾが、岩のような拳を振り上げる。
「エドっ…………っ」
あんな強靭な肉体の大男に殴られれば、ただでは済まない。エドアルドは両腕を組み合わせてマーゾの拳を受け止めようとしたが、それすら見ていられなくてセイは目を固く閉じた。
「セイ、ダメだよ。ちゃんと見て。自分の運命の人を」
イヴァンに背中を擦られ、促されたセイが恐る恐る瞼を上げる。と、二人を映すモニタにはマーゾの拳を受け止めたまま、しっかりとその場に立つエドアルドの姿があった。
「大丈夫、ボスだって強いよ」