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館内は特別に薄暗いというわけでもないが、本棚の構造や本の日焼けを考えてか窓にカーテンが引かれているのもあって、他の教室に比べると圧倒的に照度が低い。
なので差し込む光がやたらとまぶしく感じられた。
なおかつ、その人はまばゆい金髪で、目が痛い……更に宝石のような緑の瞳が特徴的なその顔は見覚えがあるものだ。
「この学園の蔵書はおよそ800万冊。それだけの本を収容するとなればこの広さは見合っているものだ」
「……王太子、殿下……」
俺が遭遇した相手こそ、この国の王太子でありこの学園の生徒会長を務める──レジナルド・リタルダンドだ。ゲームの世界ではリアムの婚約者であり、ノエルが攻略者として選んだ場合は声高らかにリアムを断罪する男。
ああああああああああああ……会いたくなかったアアアアアアア……。
何せ接触を避けるために園遊会なども徹底的に避けて通ってきた俺である。
まさかこんなところで遭遇するとは思わなかった。そりゃ同じ学園内にいるのだからすれ違いもするだろうけど……。
えー……なんで図書館とかにいるの、こいつ……ゲームだと常に生徒会室に鎮座してたじゃん……。
「まあ、そうだが……その呼び方はここでは正しくないな」
俺の前まで来てレジナルドは首を傾げた。急な接近に驚いて一歩足を引かせたところでうっかりと俺はバランスを崩してしまう。
「う、ぁっ……!」
しまったーーー!!仕事して---!!俺の体幹!!
咄嗟に思ったところで体幹は沈黙を守っており、俺の身体は床へと向かっていく。主に尻が。
恐らくは尻に来るであろう衝撃に目を瞑った。
尾てい骨よ永遠なれ……。
……。
…………。
あれ?痛くない……?
それどころか、なんかこう温かいような……しかもなんだか良い香りが……。
いつまでも訪れない痛みと、それに代わる五感に不思議な心地で目を開けると先ほどより近い位置にレジナルドの顔があり、その長い腕は俺の身体を抱いていた。
「大丈夫か?」
「ぎゃっ」
俺とレジナルドが口を開いたのは同時だった。
「ぎゃ……?」
予想外の反応だったのか、俺の出した声をレジナルドが繰り返した。
俺にしてみれば驚きが口からもれただけではあるが……ひぇぇ……!不敬罪で断罪されるっ。俺は思わず片手で口を覆う。
「いや、あの、ええっと……その、そう!ありがとうございますっ」
幸いにも体勢は整っている。レジナルドの腕から出てもよろけることはない。
こちらをまじまじと見てくるレジナルドの胸をもう片方の手で押して、脱出を試みた。
のだ、が……。
「え、えっ」
俺が手に込めた力以上の力がレジナルドの腕に込められて、接触がより近くなる。もっと的確に言うならば、俺はレジナルドに抱きしめられていた。
「ひぎゃっ」
まさかこんなことが起こるだなんて予想もしていなくて、俺の口は手の下でまたもや悲鳴を漏らしていた。
「ひぎゃ……」
それをまたレジナルドが繰り返す。
すっぽりと腕の中に囲まれているせいで、レジナルドの表情は俺からは見えない。
俺としては冷や汗ものである。これ、どういう拷問なんだろうか。不敬罪者を逃がさないようにしてるのか?
「はな、はなして……」
まともに話そうとすればするほど、焦ってしまいどうにも呂律がまわらない。
離してください王太子殿下、と言おうとしてこれなのだ。脳内には様々な雌堕ちエンドが走馬灯よろしくに巡っていた。
「お戯れはそれくらいにしてもらえますか、レジナルド殿下」
静かな声がその場に響く。それはよく聞きなれた声だ。
「キース」
レジナルドが声の主を呼んだ。
「ここでは『先生』を付けて頂きたいですけどね」
「それならばその『殿下』もやめてくれないか」
「まあ、そうですね。ではレジナルド君、その子を離してもらっても?」
俺は依然とレジナルドに抱きしめられたままでキースの姿を視認することは出来ないが、声だけでも身内がいることに安心する。しかも自分を離すように進言してくれている。その調子で助けてくれ……兄よ……。
「ああ、もしかして……弟の?」
「ええ。弟は人見知りでしてね。離していただけますか」
再度、キースがそう進言すると、漸くレジナルドの腕が俺を離した。
俺は安堵の息を吐いて、レジナルドに向かって頭を下げる。
「し、失礼を……」
「いや?倒れなくて何よりだ。君の反応が面白くてふざけてしまった。私のことは知っていると思うので紹介は不要かな?」
ええ、ええ、知ってますとも知ってますとも!あんたの顔を知らない貴族って高位であればあるほどに、最早もぐりでしょうよ!市井にだってその美麗なお姿はうけがよく、絵姿なんかも出回ってますしね!
俺はこくこくと頷いてから、もう一度頭を下げた。
レジナルドの様子は怒っているようではなく、笑顔が浮かんでいる。どうにか断罪ルートは避けられた……か?
「大丈夫、です。ええっと、その……リアム・デリカート、です。助けて頂き感謝を……」
気を抜けば引きつりそうな声を立て直しながら俺は名乗った。
俺が避けまくっていたこともあり、こうして言葉を交わすのは初めてだ。礼儀的に自己紹介をしないわけにはいかない。そんな俺の後ろにキースが歩み寄り、安心させるためだろう、背中をゆるりと撫でてくれた。精神困憊が一気に襲ってきて、キースに抱きつきたい気分だわ……。
「噂では聞いてるよ。リアム。デリカート家の秘蔵っ子とね。なるほど……わかる気はする。これからよろしく」
「はぁ……よろしくお願いしま……ひっ」
俺の声に小さな悲鳴が混じった理由はレジナルドが不意に俺の頬へとキスをしたからだ。
この世界、洋風ファンタジーということもあり欧風文化を取り入れたのか、抱きしめあったりキスしたりは普通ではある、が……本当にやめてほしい。本来であれば、キスを頬に返すところだが、そんな気概は俺にはない。というか、近づかないでほしいのが本音だ。
そうした本能で俺がさらに一歩退くと、今度はキースが俺をかばう様に前へと出てきて、レジナルドとの間に物理の壁を作ってくれた。兄の背中に、さながらくっつきむしの如く俺は縋りついた。
「レジナルド君……」
呆れたような、けれど諫める含みを持った声でキースがレジナルドの名前を呼ぶと、キースの向こう側で「はは」とレジナルドの笑い声が響いた。
笑い事じゃねーんだわ、こっちはよぉ……少々腹立って脳内にはレジナルドに対する悪態しか出てこないが、それを表に出すわけにもいかず、我慢すべく頭をぐりぐりとキースの背中に押し付けていた。すると、キースの片手が俺の腰後ろに回り軽く叩く。これも俺を落ち着かせる行為だと気付けば、キースの気遣いに涙がちょちょぎれそうである。
その後は、キースが場を収めてくれることにより、断罪イベントなどは発生せずレジナルドと別れることができた。
キースに肩を抱かれつつ去る間際にレジナルドが「またね」と言ったが、ノエルと同じく俺にとっては鬼門の相手なので会釈を返すだけにして、心の中ではもう会いたくないですね、とぼやいた。