目を覚ますと、そこは病室だった。
ふかふかのベッドと枕、窓から入る心地よい風。
そして、こちらが起きたことに気が付き、声をかけてくる看護師さん。
「綾部さん、やっとお目覚めですか?」
綾部……あぁ、俺のことか。
その名前で呼ばれるのも、なんだかすごく懐かしく感じる。
「すいません、どうにも長い夢を見ていたみたいで」
「あら、どんな夢を見られてたんです?」
「そらもう、剣と魔法のファンタジー世界で空を飛んだりしてですね……」
本当に長い夢だった……?
「空をですか……ふふっ、夢と間違えてうっかり窓から飛び出さないでくださいね」
声は笑っているが、顔にモヤがかかってるみたいでまったく表情がわからない。
それにしてもまた入院か、ちょうど真上に落ちて来たんだっけか?
退院直後に自殺に巻き込まれるなんて運がないな。
「そういえば、あの人はどうなったんです?」
あの時落ちてきた人は、たしか女性だったと思う。
色々事情はあるのだろうが、生きててくれたほうが気持ち的に楽だ。
「……あの人?」
「ほら、俺の真上にちょうど落ちて来た人ですよ」
すると、看護師さんがゆっくりとこちらを振り返り――――
「それってひょっとして……こんな顔の人でしたぁ?」
◇ ◇ ◇ ◇
「――くぁwせdrftgyふじこlpッ!」
振り返った看護師さんの顔がリッチだった……超怖ぇ。
「急に大声を出すな! ビックリするだろ」
目の前に怒ったリズさんの顔が、そして後頭部には太腿の感触……軽鎧で良かった。
どうやら膝枕されてたようだ。
「ひょっとして僕、寝てました?」
急に視界が暗くなった辺りまでの記憶しかない。
「寝てって……急に倒れるから心配したぞ」
心配かけてしまったようだ。
リッチが何か魔法でも使ったんだろうか。
「……そういえば、リッチはどうなりました?」
「リッチ……? 確かに手強かったし、リッチかもしれないな。それならあそこだ」
見た先にあったのはバラバラに砕け散ったリッチ……。
煙となって消えてないのなら、分体ではなく本体なのだろう。
「一人で倒しちゃったんですね」
なんだか自分が情けない。
さらに膝枕まで……申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
起き上がり、壁を背に座る。
リズさんも隣に座り、何があったのかを話し始める。
「けっこう苦戦したぞ? いくら斬ってもまるで手応えがなかったからな」
「……斬っても手応えがないものをどうやって倒したんです?」
気合だ、とリズさんなら言いかねないが、一応聞いておきたい。
「ヤツが水晶を庇いながら戦ってることに気づいたんでな、それを斬ったらああなった」
真っ二つに斬られた黒い水晶が転がっていた。
あれが本体だったってことかな。
なんともあっけない。
「さて、遺跡の核らしきものはまだ見つかってないからな。探すとしよう」
リズさんは立ち上がり、手を差し伸べてくる。
「ホント……頼りになる前衛で――
――――それは一瞬の出来事だった――――
こちらから差し出した手は、交わされることなく砂煙だけが舞う。
何が起こったのかすぐには理解できなかった。
リズさんの体は横へ吹き飛び、代わりに現れたのは人型の黒い何か。
人型は、こちらが状況を飲み込むより速く蹴りを放つ。
容赦なく顔面を狙った蹴りは壁にめり込むが、そこに人の姿はない。
僕はかろうじて飛翔し、回避していた。
「なんだよお前はッ!」
指先を向けレイバレットを放つ。
だが人型は、来るのがわかっていたかのようにそれを交わし――――
「――――ガッ!」
気が付けば、背後を取られていた。
空中にいるこちらの腕を背後から掴み、背中を足で……
「まずッ――」
ゴキッ、と骨振動で音が伝わり、両肩に激痛が走る。
「あがぁぁぁぁぁッ!」
そのまま床へと叩きつけられ意識が飛びそうになるが、なおも人型は追い打ちを止める気はなく、こちらへと近づいてきた。
そして首へと手を伸ばし――
『ライトニングッ!』
僕は咄嗟に電撃を体へ纏わせた。
首へ触れかけた手が液体のように弾け飛ぶ。
人型はサッと後ろに跳び退き、こちらと距離をとる。
(魔法は効いてる……でも)
両肩の激痛は治まることもなく、両腕はだらりと下がってまるで力が入らない。
『雷よ、矢と成り敵を穿て、ライトニングアロー!』
レイバレットに比べさほど速いわけではない3本の雷の矢は、あっさりと回避される。
だが向こうも攻めあぐねている。
こちらに触れれば、また同じ魔法を食らうことを理解しているのだろう。
だが、この拮抗状態はいともあっさり崩される。
(あっ……これはまずい)
人型は周囲に落ちている瓦礫を拾い上げた。
触れるのが危険なら……ということだろう。
そして人型はこちらを目掛けて投擲する。
チッ――、と刹那の斬撃が瓦礫を塵へと変える。
「――リズさん!」
「すまん、油断した」
リズさんが僕と人型の間に割って入る。
頼もしい前衛が戻ってきた……が、その姿は額から血を流し、左腕は手甲から肩部分までボロボロになっており、あきらかに力が入っていない。
「その、腕の方は……」
「左は間違いなく折れてるな、使い物にならん」
リズさんがたった一撃で……。
それは黒い人型の攻撃力の高さを物語っていた。
「……ッ! そっちもひどい状態のようだな」
リズさんがこちらを見て顔をしかめた気がした。
両肩と全身の痛みで視界が時折霞む。
……そんなひどい状態なのだろうか。
「ここからは私が相手だ!」
そう言ってリズさんは人型と共に姿を消し――――否、残像だけを残し、金属音と風を切る音が響き渡る。
空間は弾け、残響だけを残すその戦いは大広間全体へと広がり、時には火花が散り、時には瓦礫を吹き飛ばす。
拮抗してるように思えたが、黒い人型が吹き飛び瓦礫に埋もれたあたりで、周囲に一時的な静けさを取り戻させた。
「……やったんですか?」
僕を守るように戻ってきたリズさんに問いかけるが……。
「いや、硬い上に妙に弾力がある……万全だったとしても斬るのは難しいな」
そう言って片手だけで剣を構えるリズさんは、先ほどよりもボロボロだった。
「あいつには魔法は効きます。でもあの速さでは……」
せめてこの両腕が使えたら……。
「……わかった、なんとかヤツの動きを抑えてみよう」
黒い人型は瓦礫を吹き飛ばし、再度こちらへ向かってくる。
まるでダメージはないようだ。
死の気配が近づいてくる。
リズさんが動きを抑えることに成功したとして、現状使える魔法を当てられるだろうか。
両腕が使えたら……両腕以外にも使えたら……。
――――例えばそう、師匠のように人工精霊を使えたら――――
精霊を介して使う飛行魔法、これを使う際の感覚だけ切り離す。
その感覚を流用し、代わりに光の球体、分体を生成、――――脳が焼けるように熱い。
術式なんて知らない、だが精霊は知っている。
ならそれを使わせるまで。
(……頼むよ、アーちゃん)
体からゴッソリと何かが抜ける感覚。
大量の魔力が食われた証拠だ。
視界に光の球が4つ、命令を待つかのように浮遊する。
「ハァァァァァアッ!」
リズの咆哮と共に、金属の砕ける音が大広間に鳴り響く。
漆黒の剣と人型の左足は共に砕け散った。
「――エルッ!」
こちらの名を叫び、リズは大きく跳び退く。
人型はその場でよろめき、膝をついた。
動かない腕の代わりに、4つの光の球体を飛ばす。
複数の体を同時に動かす感覚に、脳が悲鳴を上げる。
あとはレイバレットを自分の指先からではなく、分体から放つイメージを……
体を巡る魔力の回路が焼けつくような感覚に、吐きそうになる。
脳への処理は許容量を超え、視界が赤く染まった。
――死ぬ気で無理しな――
そんな師匠の声が聞こえた気がした。
「貫けぇぇぇぇぇッ!」
――――球体から放たれた4つの閃光は
動きの鈍った人型を追込み穿つ――――
一つは回避され
一つは頭を掠め
一つは肩を飲み込み
一つは胴体に風穴を空けた
それを見届け後、自分の体が前のめりに傾いていくのがわかる。
「…ル……ッ!」
リズさんが駆け寄ってくる光景が、最後に見た光景だった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!