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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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大好きなトマトシチューの匂いと、楽しそうな夫と娘の会話がキッチンから聞こえる。

私はというと、リビングのソファにポツンと一人寂しく座っていた。

「⋯大丈夫?手伝おうか?」

「ママはいいの!そこにすわってて!」

娘に追いやられてしまい、渋々とソファに戻った。


母の日のプレゼントに、好物のトマトシチューを大好きな二人が作ってくれるのはとても嬉しい。

だが、追いやることは無いだろう。とムスッとしてしまう私は悪い意味で子供みたいだと思う。


そういえば、私が娘くらいの時の母の日は何してたっけ。


何年も前の記憶を辿ってみる。

そして頭の中に浮かんだのは、 色鉛筆で描いた絵 と 一輪のカーネーション だった。




今から十年以上も前。 私が10歳の年の春に遡る。

私は荷物を抱えて、母親のいる病院へと駆け出した。


母の病室に向かう途中、若い女性の看護師さんに後ろから声をかけられた。

どこか行くの?と聞かれたので、お母さんのところ!と答えると

夜代やしろさんなら屋上だよ」

と柔らかく微笑んで言ってくれた。

それを聞いた私は、お礼を言ってすぐに病院の屋上へと向かった。

「おかあさーん!」

屋上の扉を開け、母の姿が見えた途端、私は母に駆け寄った。

困ったように笑いながら、抱きつく私の頭を優しく撫でてくれる。

私はお母さんが大好きだ。

「おかあさん、何見てるの?」

「お空見てたの。」

「お空?どうして?」

「それは·····。」

「·····、どうしてだろうね?」

「わかんなーい!」

「ふふっ」

今なら、あの沈黙の意味が分かる気がする。

分かってしまうのは怖いけど。

「あっ!おかあさん!」

「なあに?」

「はいっ!どーぞ!」

母の暖かい手に置いたのは、 花屋で買った一輪の赤いカーネーションと、休み時間に色鉛筆で描いた母の似顔絵。

似顔絵のクオリティは言うまでもないが、愛がこもっている事は間違いなかった。

私からのプレゼントを見た母は、さっきよりも強く、私を抱きしめた。

「わっ!?·····えへへっ痛いよ、おかあさん。」

「だって、だって·····。

私のかわいいかわいい天使が、こんなに素敵な贈り物をくれたんだもの。」

結衣、ありがとう。そう言って、母は私をさらに強く抱きしめた。

この時みた、屋上からの景色。

この時感じた、母の暖かさ。

この時間が、私の人生の中で一番色鮮やかなものだろう。




その時間が、母の暖かい手にカーネーションを置いた最後の日だった。





夫と娘が作ってくれたトマトシチューをみんなで食べ終わり、二人が眠った頃。

私は昔馴染みの花屋で一輪の花を買い、家に帰ってきた。

リビングに置かれた母の写真の前に座る。


私はお母さんが大好きだった。

そして、今までも大好きで。

きっとこれからも大好きだ。

あの時みた、屋上からの景色。

あの時感じた、母の暖かさ。

あの時間が、私の人生の中で一番色鮮やかなものだったかもしれない。


母の写真立ての前に、花瓶を置く。

花瓶に一輪の白いカーネーションをさした。

「おかあさん。」



「ありがとう。」


目を閉じ、手を合わせた。

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