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魔王――――それはあまりにも規格外の生命であり、創造神にとっても想定外の存在だった。
何かのきっかけ、あるいは見落としていた偶発的な出来事か……。
偶々生まれ落ちたソレは、神ですら無視することはできなかった。
もはや天災……。
人が抗うことをあきらめ始めた頃、神は動き出す。
――――人の手には余るか。
神は人々の願いを聞き入れ、自身の半身を人の世へ誕生させた。
生まれながらに宿命を背負っている存在――――魔王に対し、必然的に生まれた者として……。
その者は、ただの村娘として生を受ける。
ダスラと名付けられた娘は、人として愛情を注がれ人の世を生きた。
だが、他の者とはどこか一線を期していた。
人々の願いから15年――――娘は魔王を打ち砕く勇者として頭角を現し始める。
剣、魔法……そのどちらも、たかが小娘がその頂に登り詰めていた。
彼女は神に愛されている。
当時、人との関りが皆無だった精霊女王でさえ、彼女への助力を惜しまなかった。
――――かくして、神の半身は人として魔王を撃ち滅ぼすことに成功した。
これで平和な世界がやってくる…………誰もが、そう信じていた。
しかし――――共通の敵を失った世界は、国同士の醜い争いへと発展していく。
当然、勇者の力は誰もが味方に引き入れたかった。
そして各国がその交渉を試みる中、勇者は一つの決断を下す。
――――戦争への武力介入。
中立という立場を保ち、無益な争いを止める。
勇者は戦場に颯爽と現れ、力で争いを諫めていった
その力は強大で、戦争は煮え切らないまま膠着状態が続くこととなる。
力無き者は勇者に感謝し、力有る者は勇者を妬んだ。
結果――――勇者が各国の共通の敵へと変わるのに、そう年月はかからなかった。
だが標的は、その限りではなかった……。
そして勇者は、すでに自分の存在こそが戦争の原因となりつつあることに気づく。
もう――――世界に勇者は必要ないのかもしれない。
彼女は勇者の肩書を捨て、人々の前から姿を消した。
その後世界は、小競り合いこそ絶えなかったが、彼女が介入するほど大きな戦争は起きなくなっていた。
行方知れずとなった勇者の存在が、各国を長い間探り合いという膠着状態に陥らせていたのだ。
それから10年近い年月が流れ――――勇者という存在が風化し始めた頃、彼女に転機が訪れる。
流浪の身として各地を転々とする中、一人の男と恋に落ちた。
初めて誰かを愛し、子を授かり、辺境の地で彼女の旅は終わりを告げる。
愛する男と辺境でひっそりと暮らし、子もすくすくと育っていく。
この幸せがいつまでも続いてほしい……そう願いを込め、勇者は剣をも捨てた。
そんな彼女を――――世界はいとも簡単に憎悪で染め上げる。
ある日――――外出していた彼女が帰宅すると、そこには人だった肉塊しか残っていなかった。
幸せな日々が……捜索の手がすぐそこまで迫っていたことに気づくのを遅らせたのかもしれない。
そして自身もまた、兵に囲まれていることに気づく。
逃げるべきか戦うべきか……。
彼女もまた、判断を迫られる。
だが足に力が入らない。
手足の震えが止まらない……。
彼女は、目の前の事実を受け止めきれないでいた。
その時、一本の矢が肩に突き刺さる。
流れた血と痛みが、彼女に現実を直視させた。
それは……初めての感情だった。
――心が、赤黒く染まっていく……
その日――――世界に魔神が生まれた。
◇ ◇ ◇ ◇
夜、大樹の側で僕らは眠りについていた。
(ここは夜でも暖かいな……)
大樹がほんのり光っているので、焚火は必要ない。
おまけに精霊が魔物を察知してくれるので、テントすら張らずに皆で横になっていた。
(とはいえ……なんとも寝付けないな)
その原因の一つはわかっている。
精霊女王から聞かされた魔神の正体……それはあまりにも胸糞悪いものだった。
自分のことじゃないのに、すごくもやもやする……。
皆はすんなり眠れてるだろうか……そう思い、周囲に目を向ける。
すると、隣で横になっていたリズと目が合った。
「……眠れないのかエル」
「……えぇ、まぁ……」
どうやら考えてることは同じようだ。
そして同じように寝付けない者がもう一人……
「お二人は……どう思いましたか?」
シルフィは静かにそう呟いた。
「どう……か、言葉にするのは難しいな」
そう言ってリズは、枝葉の隙間から覗く星空へ視線を移す。
同じように、僕も上手く言葉にできなかった。
女王の話を信じないわけではないが、内容が衝撃的すぎて理解が追いついていない。
それでも、一つだけ二人から意見を聞きたかった。
「魔神の正体が勇者だとしたら……邪教の目的って何だと思いますか?」
はたして邪教は、魔神の正体が勇者だと知っているのだろうか。
魔神の目的は復讐――そう考えるのが自然だろう。
その魔神を崇める邪教も同じ目的……とはとても思えないんだよなぁ。
「……少なくとも、この剣が邪教にとって都合が悪いものなら……」
リズは剣を仕舞っているポーチにそっと手で触れる。
「もしそうなら、教会にとっても都合が悪いものかもしれませんね……」
そう言って、シルフィは拳を握りしめた。
「聖剣……か」
聖剣デュランダーナ……精霊女王は白銀の剣をそう呼んでいた。
聖剣ともなると、神力を扱える僕が持ってはどうか?
という意見もあるにはあったのだが、手渡された途端肩が外れそうになった。
そもそも謝礼として受け取るようなものではない。
しかし必ずこの先役に立つだろうと託されてしまった。
何かとの戦いを予感しているのだろうか……。
(勇者と魔神……それに教会と邪教……)
歴史から存在を消された勇者……いつだって歴史を語るのは、戦争に勝った国と決まっている。
はたして騙っているのは何者なのだろうか。
今はまだ、憶測をめぐらせることしかできない。
それでも何かが、繋がり始めているような気がした……
「……ところでメイさん、先ほどから何を描いてるんです?」
僕らが割と真面目な話をしている中、メイさんはスケッチブックにひたすらペンを走らせていた。
寝付きが悪い原因のもう一つがこれだ。
「んぁ? これか? 聖剣の鞘を作ろ思うてな」
そう言ってメイさんは強気な表情でそれを見せてきた。
「え? どう見てもラクガ――――
――その瞬間、僕の意識は途絶えた。
◇ ◇ ◇ ◇
「なんじゃ、もう行くのか。相変わらず人というのはせっかちよのぉ」
「先を急ぐわけじゃないですけど、遅れるわけにはいかないので」
翌朝、僕らは精霊女王に別れを告げる。
すると、女王はそっと僕の手を取った。
そしてジッとこちらを凝視する。
「……えっと、何か?」
「いやなに、人の作った精霊というのもあながちバカにできんと思うてな」
僕の体にいる人工精霊アーちゃんの存在に、女王は当然のように気づいていた。
もし怒られたら即師匠のせいにしてやろうと思ったが、そこまで悪い印象は持ってないらしい。
「ふむ……どれ、餞別じゃ」
女王の手から、ほんのり熱を帯びた何かが体内に浸透していくのを感じた。
「……?」
しかしこれといって僕の体に変化は起きない。
……起きてもそれはそれで困るが。
「今の余の力では大したことはできん。せいぜいお主の精霊にきっかけを与える程度じゃ」
「きっかけ……」
心なしか、体内のアーちゃんが反応した気がした。
「機会があればまた顔を出すがいい。じゃが剣の返品は受け付けんからな、それはちと重すぎて扱いに困る。」
精霊の国を出る際に女王から釘を刺された。
たしかに重いよね……二つの意味で。