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「・・・◯◯?来てたのか」
「・・・ごめんなさい、忙しいのに」
「気にすんな、おかめは?」
「あ・・・まだ・・・」
「あー、何か納期やばいっつってたな 先メシ食うか?」
「うん・・・あの、一応簡単に作ったんだけど、ごめんね、勝手に」
「うお、まじか ありがとな」
自信なさげに佇む彼女の髪を撫でると、くすぐったそうに目を細め、やっと安心した笑顔を見せてくれた
少し年の離れた幼馴染の◯◯は、とにかく自己肯定感が低い
優秀な兄、妹に挟まれて、何をしても比べ続けられ、否定され、家族から疎まれてきた
そんな◯◯の心の拠り所は、すでに独り立ちして家を出た俺と、同居している友人のおかめだけで
俺達の渡した合鍵を持って、定期的に泊まりに来る
親には俺から連絡しようか、と聞いたことがあるが、
「どうせ気にしていないから」と悲しそうに微笑まれた
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幼い頃、俺は引っ越し先の街で孤立し、共働きで忙しい両親にも相談できずにいた
そんな時、隣の家に住んでいたこいつがいつも笑顔で「般若おにいちゃん」なんてすり寄ってきて
最初は煙たく感じていたが、段々とこいつだけが俺を受け入れてくれる、という安心感に溺れていった
◯◯は◯◯で、成長するにつれて兄妹達との違いに苦しみ、愛情を欲して彷徨うようになった
そんな2人揃えば、必然的に立派な共依存の出来上がりである
高校、大学、社会人と順当に成長し、周囲からはハングリー精神旺盛で強気な若者だと思われているが
時折ふと、虚しさに襲われることがある
◯◯に甘えられ、慕われ、求められると
そんな自分が満たされていくようで、俺は一層彼女に溺れていくのだ
********************
「うま、これめっちゃ美味いよ ありがとな」
「・・・えへへ、良かった・・・」
嬉しそうに笑う◯◯を膝に乗せて、何度も撫でながら食事を摂る
おかめにこれを見られた時は「めっちゃ行儀悪い」と苦笑されたけれど
普段摂ることの出来ない温かな食事と、大切な◯◯のぬくもりを同時に感じられるのだからやめられない
大盛りでよそってもらった食事をあっという間に平らげて、また少し痩せた◯◯の頬を撫でる
「大学は順調か?」
「・・・うん、こないだTOEICがあって、やっと点数が・・・」
「良かったじゃん、頑張ってるもんな」
「・・・ううん、妹は、まだ高校生なのに・・・」
「◯◯」
「・・・!あ、ごめん」
「・・・いいよ、お前が悪いわけじゃないから けど、うちにいる時はあいつらの話し、禁止な
比べて、卑下するのも禁止」
「・・・うん、おにいちゃん・・・大好き」
「・・・・ああ、俺もだよ」
◯◯の「大好き」は、本来、両親や兄妹に向けられるはずの愛情の変わりなのだろう
今はそれでいい、それでいいから 少しずつ、じわじわと 俺なしでは生きていけないように落とせば良い
真っ黒な俺の感情を悟ることもできず、◯◯はまた、幸せそうに笑った
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「ただいまあ あれ?般若は?」
「あ、おかえりなさい 今お風呂です」
「ふーん、ね、これなんでしょう?」
「・・・・!わ、かわいい・・・お菓子ですか?」
「ふふ、そーだよ 会社の若い子がおすすめしてたから買ってきちゃった あ、ご飯ありがとう」
学生時代の寮で相部屋になって以来、社会人になってからもなんとなく気があって同居を続ける般若
この子はその幼馴染で、複雑な家庭環境の中で育ってきたこともあり、何かと般若が目をかけている
最初は「共依存だな」なんて冷静に見ていたけれど
彼女と話すうちに、あいつがなぜこの子に執着しているのかわかった気がする
********************
(・・・疲れた、だるい)
何事も卒なくこなすタイプなのは俺も般若も同類だが
お互い、完璧な天才肌ではない
人を統率し、先を見て行動することに長けている般若と違って
俺はどちらかというとサポートタイプ
人知れず努力することも多かったが、周囲は飄々とした仮面に騙され、俺達を器用なコンビだと認識していた
「・・・あ、おかめさん、おかえりなさい」
「・・・あ、◯◯ちゃん 来てたんだね」
あの日、体調不良の自分を出迎えてくれたのは、いつも自信なさげな彼女だった
せっかく作ってくれた食事を食べることも出来ず部屋に戻った俺に
せめて水分だけでも、と彼女はお茶を入れて持ってきてくれた
「・・・ありがと、ごめんね」
「いえ、そんな・・・あの、眠れそうですか?」
「・・・?」
「あ、えと!私、心がつかれていると、眠れなくて
そういう時、おにいちゃん・・・般若さんが、子守唄を歌ってくれて
・・・おかめさんは、どうしたら心が休まるのかなって」
「あ・・・・」
そう言われて、疲労の限界が自分の心だったのかと気づいた時、思わず心配そうにこちらを見上げる彼女を抱きしめていた
「・・・おかめさんは、すごいです 社会人になってもがんばりやさんで」
「・・・俺が、がんばってる?」
「はい、すごく努力されていて 見えない所で勉強を続けたり・・・・ごめんなさい、私まだ学生なのに、なんだか上から目線で」
「・・・・どりょく」
気づかれていないと思った姿を指摘されて、恥ずかしさと安心感でいっぱいになる
ああ、この子は 自分自身が人と比べられて、けなされて、どうしようもなく傷付けられているのに
それでも人の良いところを見ようとする子なのだな
そう思ったらズブズブとハマってしまった この子が欲しい、どうしようもなく
「・・・◯◯ちゃん、このまま一緒に寝ようか」
「え?」
「・・・抱き枕になってくれる?」
「はい、おかめさんがそれで、癒やされるのなら」
人の役に立つことが心底うれしいとでも言いたげに笑う◯◯の額にキスを落として、その日、俺は泥のように眠った
あれから彼女が来るのを心待ちに、合鍵を作って渡すことを提案したのも俺だ
正直、もうこのまま3人で暮せばいいと思っている
俺も、般若も、この子を手放すことなんて出来ないのだから
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「◯◯、風呂お先に・・・おかめ、帰ってたのか」
「んー、ただいま」
「おにいちゃん、おかめさんがケーキを買ってきてくれたんです」
「・・・ふは、口ついてんぞ」
そう言って般若がクリームを舐め取ると、◯◯は恥ずかしそうに笑って顔を隠した
その光景が愛おしくて、ああ、俺もだいぶ壊れてきてるな、なんて
「・・・ね、◯◯はいつここに住んでくれるの?」
「・・・え?」
「あは、それいいな 俺等も仕事が忙しくてメシなんて外食ばっかだし
家事だけやってくれたら、家賃も食費もいらねえから」
「いいねえ ◯◯のご飯美味しいんだよね
ね、大学もここからのが近いでしょ?まだ3年も通うんだし」
「・・・わたし、なんか」
「邪魔とか言うなよ?俺等はあつらとは違う」
「そうだよ ◯◯ちゃんのご両親や兄妹とは違うからね
俺 達 だ け は、ずっと◯◯ちゃんの味方だし、一緒にいるよ」
ね、と手を伸ばし頬を撫でると、無意識なのだろうか、猫のように顔を擦り寄せ気持ちよさそうに笑う
あーあ、こんなになっちゃって
明るい未来も、きっと、俺達の手で折っちゃってるんだろうね
それでも逃がすことなんてできないから、せめて籠の中で幸せに、しあわせに
ふと顔を上げて般若を見ると、同じように、光のない目で彼女をじっと見つめ、静かに笑っていた
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「・・・・◯◯、愛しとうばい」
「・・・俺も、愛してるよ」
「・・・わたしは」
2人に差し出された手を、私は拒めない
すがるのは、この手しかない
うっとりと私を見つめる2人に、底しれない恐怖と、満たされる愛を感じながら
ゆっくりと手を伸ばし、私は自分自身の意思で、この場所を選んだのだ