コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
リズとシルフィは、屋根から屋根へと跳び皇城を目指す。
エルリットは空を駆け、上空から一足早く城門を視界に捉えた。
「とは言っても、城内のどこにいるかはわかんないんだよね」
でもまぁ……叩けば出てくるでしょ。
指先を城門へ向け、魔力を集中する。
この角度なら城内までは届かないが、おかげで遠慮する必要もない。
「これは宣戦布告だッ――!」
上空から放たれた閃光は、城門に大きな風穴を開けそのまま大地を焼いた。
衝撃はそれほどでもないが、後は勝手にぼろぼろと崩壊していく。
そしてもう一つ、上に向かってレイバレットを放つ。
(こっちは頭数に入れてないけど、見てたら察してほしい)
帝国兵の反応は悪くない。
しっかりとこちらを視認している兵もいるようだ。
「でも思ったより騒ぎが小さいな……もうちょっと抉っとこうか」
先ほどよりも出力を絞り、城をちまちまと削っていく。
その時だった――――
「そっちから来てくれるなんて嬉しいわ」
一人の女が、バルコニーへと姿を現した。
黒い髪、漆黒のドレス……間違いない、こいつが――――
「ワーミィ……」
「まぁ、私のことご存じだったなんて、光栄ですわ……第2公女様」
そう言ってワーミィはニヤリと笑う。
同時にネットリとした視線が薄気味悪かった。
(やっぱり、要塞都市で僕のことを見てたのはこいつだ)
思ったよりあっさりと姿を現したのは、余裕の表れなのだろうか。
「あなたは一体何者なんですか」
「それはこっちのセリフよ。偽りの身分に、呪いを弾くその力……私気になるわぁ」
ワーミィの言葉に、一瞬だけ心臓の音が大きくなる。
この女には一体何が見えているんだ……。
「言っている意味がわかりませんね」
「だってあなた、男なんでしょう? 公女だなんて嘘をついて……いけない子だわ」
そう言ってワーミィはワイングラスに口を付けた。
「それは……僕も巻き込まれてるだけなもんで。ホントはのんびり気ままに冒険者でもやってたいんですけどね」
決して望んで公女名乗ってるわけじゃないよ。
「あらそうなの……でも不思議なのよねぇ、要塞都市に仕掛けてたアレって、公爵家の血筋に反応――――
「――ところで先ほどから口にしてるそれ、この街の牧場産ですか?」
言葉を遮るように、ワーミィへと睨みつける。
「……だとしたら?」
返事を聞くと同時に、指先に魔力を集めレイバレットを――――
「――向けたわね?」
ギョロッと女の鋭い視線がこちらを射貫く。
直後――――僕の右腕が消えた。
否、消えたように錯覚したのだ。
実際になくなったわけではないが、右腕はだらりと垂れ下がっている。
まったく感覚はなく、動かすことさえ叶わない。
「ふふっ、何が起こったかわからないって顔してるわね」
ワーミィはフッと浮き上がり、こちらと同じ高さまで飛翔する。
「……何をした?」
腕に外傷はない。
しかし魔力すら通らず、肩から先がごっそりなくなったようにさえ感じる。
「呪術ってねー不便なのよ。下準備は色々してあるけど、条件が揃わないと使えないの」
ワーミィはわざとらしい困り顔だった。
しかしそれも長くは続かず、口元に指先をあて、余裕の笑みを浮かべる。
つまり、僕は今何か発動条件を満たしていた……?
でもこんなもの、神力を流せば……
「神力が……流れて行かない?」
僕の体は淡く発光する。
しかし動かなくなった右腕だけは別だった。
「無駄よ、だってその腕はもうあなたのものじゃないんだから」
勝ち誇ったように、ワーミィは距離を詰める。
「――くッ!」
残る左腕の指先だけを向け、見えない攻撃……マナバレットを放つ――――つもりだった。
魔法は発動することなく、今度は左腕が消失したように錯覚した。
「今何かしようとしたのね。でも無駄よ、条件さえ満たせば発動するんだから」
こちらの攻撃に気づいた様子がなかったことから、彼女の言っていることはおそらく本当なのだろう。
呪術師本人が認識している必要はないのか……。
両腕は感覚もなくだらりと垂れ下がり、自然と体が前のめりになる。
もう少しはっきりと発動条件が知りたい所だ。
そう思い周囲に目線を走らせるが、これといっておかしな点はなかった。
「……気に食わないわね。両腕が使えないのよ? もっと絶望しなさいよ」
ワーミィはやや苛立ち始めていた。
「いや、だって両腕が使えないだけだし……」
正直なところ、僕が魔法を使う分にはそれほど重要なわけではない。
……一生このままって言われたらさすがに怖いけど。
「そう……あなたのこと、ちょっと嫌いだわ」
「奇遇ですね、僕もあなたのこと嫌いですよ」
ワーミィはこちらへ手を向け、漆黒の魔力を放った――――
(ちょっと腕が邪魔だけど、空中戦なら躱す分には問題ない)
今放たれたのは呪術ではなく、ただの闇属性魔法だ。
目に見える攻撃ならなんてことはない。
わざわざ魔法を使って来たということは、呪術に攻撃手段そのものはないのか……?
さっきだって発動したのは、僕が攻撃を向けた瞬間だった。
一先ず間違いない発動条件は……
「攻撃を向けること……?」
そして対象は、使用した体の部位。
「あら、気づいたの? 私に敵意を持って攻撃を向ける……それが条件。つまりあなたは、私を攻撃するだけ自身の自由を奪っていくことになる」
なんともあっさり相手が教えてくれた。
しかしそれはあまりにも都合の良すぎる発動条件だった。
「まぁこの条件だと、必要になってくる贄もそれ相応だけど……それはいつもおいしくいただいてるから」
そう言ってワーミィは自分のお腹を擦った。
本来呪術とは、贄という代償を支払うことで強力な効果を得る。
でもこいつは――――
「自分が支払う代償を、子供たちに払わせてるのか……!」
「賢いでしょ?」
あぁ……この女に遠慮はいらないな。
腕が使えなくとも問題ない、僕にはアーちゃんがいる。
体内から分体を六つ放出させ、ワーミィの周囲を旋回させた。
「変わった魔法ね……いや、これは――――」
勘づいたワーミィは咄嗟に身を翻す。
それとほぼ同時に、アーちゃんを通してレイバレットを放った――
「それは避けるんだね」
閃光はワーミィの頬を薄く裂いただけだった。
しかし、彼女は回避行動をとった……それだけわかれば十分だ。
「女の顔に傷をつけるなんてひどいじゃない」
相変らず言葉には余裕を感じさせるが、その瞳は先ほどまでと違い鋭いものへと変わっていた。
◇ ◇ ◇ ◇
リズとシルフィは足を止め、上空に視線を向けていた。
「エルが戦っているのは例の呪術師か」
「そのようですね、私たちも急ぎたいところですが……」
空中戦では分が悪い。
なおかつリズとシルフィは、帝国兵によって包囲されていた。
「対応が早いな、それに数だけは多い」
「強引に突破しますか?」
リズとシルフィならそれも可能ではあるが、結局追われてしまっては意味がない。
「……シルフィは先に行ってくれ。こいつらの性根は、私が叩き直す」
そもそも突き技主体のシルフィより、リズの方が一対多数の戦いには向いている。
それがわかっているのか、シルフィも頷いた。
むしろ心配なのは帝国兵のほうだ。
「リズさん、ほどほどにしておいてくださいね」
それだけ言い残して、シルフィは大きく跳躍しその場を離れていく。
それを確認したリズは、建物の陰に視線を向ける。
「遅れてきた割に、いつまでそんなところに隠れているつもりだ?」
その言葉に反応するように、一人の男が姿を現した。
それはつい先ほどまで公爵邸にいた男……。
「護衛が主の元を離れていいのか?」
今度はリズの殺気にたじろぐこともなく、その手には抜き身の剣を握っていた。
しかしどこか様子がおかしい。
「ぅ……がッ……」
肌は褐色に、瞳は漆黒に染まる――――
リズはその変貌に覚えがあった。
「まさかアンジェと同じ魔神化……? しかしそれにしてはお粗末というか、自我すら怪しいな」
リズの言葉に対し男は返答することなく、ただ大きく剣を振りかぶった――――
シルフィは屋根の上で背後からの轟音を耳にする。
「リズさんなら心配はないと思いますが……」
それでも一瞬だけ、音のほうへ意識を向けたその時だった――――
「――ッ!」
何かを察知して、シルフィは横に大きく跳び退いた。
同時に、ひんやりと冷たい冷気を感じ取る。
見れば先ほどまでいた場所が凍り付いていた。
「ったく、今日は非番だってのに、いちいち避けんじゃないわよ」
声の主は、上空からゆっくりと降下する。
「あなたは……」
「ハッ、名乗ってあげるわ、光栄に思いなさい。帝国最高の大魔導士……帝国の叡智マリオンとは私のことさ!」
かくして、帝都は人の域を超えた戦いの場へとなるのであった……。