1942年6月2日に日中共同で考えていた南方進出作戦を実行した。日本がアメリカの真珠湾に攻撃し日中はアメリカに宣戦を布告した。それと同時に中華民国国境に居た日中の軍がタイを通りイギリス領のマレー半島に進軍を始めたイギリスには完全な奇襲作戦でマレーは6月8日に陥落しそのままシンガポールに進み6月10日に陥落させ、その調子でオランダ領のインドネシアとアメリカ領フィリピンを6月24日に同時に陥落させた。この戦いでイギリスはアジアからも追い出され残った領地はアフリカとカナダのみになった、オランダはついにアメリカのニューヨークに亡命し、 亡命政府を樹立した。6月30日パプアニューギニアからソロモン諸島を制圧し大規模な空軍基地を建設し日中でニュージーランドの首都ウエリントンに激しい空爆を行っていた。連合国はヨーロッパから追い出され次はアジアからも追い出されそうな状況に陥っていたこのような状況のため、次に狙われるのはオーストラリアと気付き珊瑚海とカーペンタリア海にアメリカ海軍の象徴である機動隊を動員させた。この6月中で日中は東南アジアから連合軍を制圧し欧州から解放をすることが出来た。