「プロイセンくん」
壁際でぼーっとしてる彼に声をかける。
無視してるのか、気付いてるのか。僕の呼び掛けに答えもしないでじっとしており、微動だにしない。遠目から見たら、そういう置物みたいにも思えちゃうかも。
重い腰をあげて彼の間合いに入り、彼の体躯を抱きしめるとそしたらやっと彼は僕の存在に気が付いたようで視線がこちらに動かされた。
その焦点があっていそうであっていなくて、もう、ほんとうに。
「….どうした?」
独り言みたいにちっちゃく呟いた声。多分、僕じゃないと聞き取れないくらいちっちゃい。
…前はあんなに声がおっきくてうるさかった君が、こんなにもしゃがれて子鳥のさえずりよりも慎ましやかな声量になって。
だいぶ、変わっちゃったんだなと思う。可哀想だなと憐れむ気持ちが無いわけじゃないけど、僕はそれがただ嬉しい。だって、自分の意思を突き通すような、意地とプライドの塊みたいな君がたった数年でここまでになっちゃうなんてさ、なんて言うんだろう、こう、胸がぞくぞくして体の底からむずむずがせり上ってくるみたいな、変な感じがするの。少し違うけど、多分1番適当な言葉は歓喜、みたいな。
とても強かった子が、僕の憧れだった君がここまで弱くて脆くなってしまって、つついたら崩れてしまいそうなくらいの君の存在。君を殺すのも生かすのもぜんぶ僕の手に委ねられている。
ああ!なんていう愉悦!
プロイセンくん、プロイセンくん、プロイセンくん!
大好き大好き大好きずっと好き。
君がどんなに弱くなったってもろくなったって僕だけは君の味方で君を守るよ。
「….ロシア?」
プロイセンくんが首を傾げる。
「…ねぇ、好き。」
「….、」
僕がそう言うと君はげんなりとした顔をするけど、前みたいに嫌そうじゃない。嫌って言うか、呆れてるって感じ。君は君の知らないところでどんどん変わってきてる。あんなに僕のことを嫌って、恨んで、憎んでいたのに、今は僕が彼の近くに寄ったり馴れ馴れしくしてもなんやかんやで許してくれる。
やっぱりだいぶ変わってるね。
その原因が僕であることが、僕は、今。とても嬉しい。この空間が未来永劫ずっと続けって本気で思っちゃうくらい。
「…ねぇ、やだよ、僕。君が居なくなったり消えちゃったりしたら、いやだ。」
「….」
彼の肩口に額をぐりぐりと押付けながらそう言うとプロイセンくんの両手が徐に僕の背中を包んで軽く抱きしめた。どきりと心臓が脈打って、プロイセンくんのちょっと冷たい温もりを感じる。あったかい。あったかいけど、離したら消えちゃうくらい弱々しいあったかさ。おかしいな、あったかいのに。
どうしてか胸をくすぐる不安に耐えられなくて、彼に問う。
「ねぇ、ねぇ。君は僕のこと好き?僕のこと忘れたり、置いてったりしない?僕はしない。ずっと君のこと好きだし、絶対置いてったりしない。ねぇ、だからさ、僕と、ずっと…..。」
「…ロシア」
プロイセンくんの片手はいつのまにやら僕の頭の頂点に移動してぽんぽんと子供にするみたく軽く撫でられ、じゃらりと背中に冷たい金属のチェーンがあたる。
「あしらってるでしょう」
すこし口を尖らせるようにして言えば、彼が「バレたか」と微笑して言う。
ほら、やっぱり。
最近君が見せるようになったその笑顔は今までの僕たちには絶対考えられないもので、なんだか弟くんに見せる顔に似てきているような気がする。
…僕は、ちょっとだけそれが嫌だ。なんて言うか、弟くんに取られてるような気がする。僕はロシアなのにプロイセンくんは弟くんと僕を重ねて一種の現実逃避をするみたいにしてる。それがすごく不愉快なのに、その彼の微笑みは慈愛で溢れていてなんだか胸が苦しくなる。
こんなとこ考えちゃう僕がやだ、こんな僕に優しい彼が嬉しい、彼が変わってしまって悲しい、彼を変えたのは紛れもない僕だ。
思考がぐるぐるぐるぐる2転3転して頭の中を回るから、それが気持ち悪い。でも彼の笑顔と声色を受け取ると全部どうでもいいみたいに溶けてなくなっちゃう。僕自身が優しくなれるみたいになる。
「どうしたんだよ、イヴァン。」
「….!急に、それで呼ばないでよ….」
「なんでだ?イヴァン、いい名前じゃねぇか」
「そ、ういう事じゃなくてさ….」
「はぁ?わけわかんね」
はぁ。とため息を着く彼に何かがちぎれる音がする。今まであったぐるぐるがぜんぶちぎれちゃった感じだ。その変わり、ぐちゃぐちゃになった感情がふつふつと押し寄せる。
好き、嫌い、許さない、愛してる、欲しい、大好き、助けて。
さっきと似たようでちょっと違う感覚に頭がくらくらする。あぁ、こうなったら彼に直してもらうしかないな。
「ん〜、もういいや、めんどくさくなっちゃったな。」
そう言って彼を床に押し倒すとじゃらり、とチェーンが擦れあって音を立てた。
「、わ」
勢いは大して無いから体を打つとかはしてないと思うけど、反射で出てしまったようなそんな声がとても可愛らしく思える。
ごろんと彼が寝そべって僕を見上げる。
煌めく夕日みたいなきれいなあかいろが僕を見つめる。君のそのきれいな瞳の中に僕が映ったのをみて、感情が昂る。この感情を、なんて表現したら良いものか。今まで足りなかったものが一瞬にして継ぎ足されて満帆になるみたいな。そういう充足感がある。
「プロイセンくん、痛くしないよ。痛くしないから….ね?」
あざとく首を傾げながらそう言うと彼はぐっとなにかに堪えるような表情をしてからやんわりと拒否の言葉を捻り出した。
「…今なんも準備してねーからむり。」
「大丈夫、何とかなるよ」
「それ俺がやなんだけど…」
痛くしないとは言ったけど、後片付けとか怪我させないとかそういうことは言ってないからね。大丈夫。それにプロイセンくん痛いのも好きでしょう?
いつからだったかな。プロイセンくんが僕とのこういう行為に拒絶をしなくなったのは。
いつからだったかな。プロイセンくんが僕のこと嫌いじゃなくなったのは。
いつからだったかな。プロイセンくんが、プロイセンくんじゃなくなったのは。
「プロイセンくん、だいすき。」
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