______僕は何て不幸な男なのだろう。
今までの人生でジャンケンだなんて勝った事は無いし、良くガタイが良い不良と呼ばれる人々に絡まれてはまるで玩具の様に扱き使われる。だから、今まで事ある度に自分の不運を嘆いていた。
が、其れ等を軽く凌駕する出来事が起こってしまった。
“白鯨”との遭遇だ
廃色に染まった空を幽遊と滑空する巨躯を目の前に、命綱を持つ手が悴む。
ギロリと此方へ向けられた瞳孔は収縮を繰り返している
故に魔獣と言えど生きているとは到底思えぬ不気味さと、物々しさを孕む程のおどろおどろしさを誇っている
先の見えない未来を暗示したような霧の猛攻を掻き分けながら、淡々と龍車は進む。見知らぬ女性の名前をほざき乍ら気が狂った彼を無理矢理引き摺り下ろしてから一体何分…何十分が経ったのだろう。
嗚呼、今頃…彼は僕の事を恨んでいるのだろうか。
だけど僕だって未だ充分若い、未だ…死にたくなんか無い。それなのに、あの畏怖の根源である白鯨を呼び寄せているだなんて言うから…
「なのに!!何で僕に着いてくるんです!!」
白鯨を引き寄せている筈の白鯨が徐々に近付いて来る。僕の努力も圧倒的な力の前では雀の涙で、もう目と鼻の先と言うところ迄迫って来ていた
刻々と死が近付く程、鬼気迫る自身の般若の様な形相と絶望の淵を除いた様な彼の顔が頭から離れない。
僕は悪く無い。僕は悪くない。ただ彼に頼まれて乗せただけなのに。何故こんな不幸に遭うのか
「僕は…本当に、悪く無いのでしょうか。」
白鯨に呑まれようとする最中、自己肯定に走る情からは裏腹に本音が漏れ出てしまった。
…僕は、人を…ナツキさんを殺してしまった。其の実感が沸いた瞬間、背筋が凍った。
彼の真夏に咲く向日葵の様な笑みを、僕が踏み躙ったんだ。
そう気付いて後悔した頃にはもう遅く、僕の身体は白鯨に啄まれていた。
駆け巡る鈍い劇痛、肉が引き裂かれ骨が砕け。限界を迎えた血管が弾け飛ぶ。だが、自然と痛みは無い。
僕だけ摘み食いされた様で、空になった龍車が淡々と空を切っている。嗚呼、僕の居場所すらも無くなったんだ。
其の虚しさと共に、龍車が逆を行っていることに気付いた。此の方向は、先程ナツキさんを突き飛ばした…
駆け巡る其れを追う様に不気味な被り物をした集団が龍車を包囲する。
あれは…まさか、魔女教だ。
降り注ぐ刃が龍を引き裂き、座席に刺さり龍車が急激に減速する
「走って下さい!!」
僕の精一杯の怒号を聴き、龍車はスピードを取り戻し遥か彼方へと消えていく
僕はと言うと、待てど暮らせど救われず、力無く白鯨の口吻から手を伸ばすことしかできない
ああ。やっぱり、僕は不幸な男だ。
ナツキさん、貴方に特別な想いを抱いてしまうだなんて
こうする事でしか貴方に贖罪出来ないだなんて
どうか、此の想いを乗せた龍車が貴方の元へ届きます様に
コメント
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うぐ……悲しいなぁ、