1943年 夏
風でカーテンがひらひらと舞う病室の中
眠っている兄に対して
自分の声が病室の中に響く
「久しぶりだな」
5年ぶりだろうか
長らく会っていなかった
会いたくもなかったからな
兄からはもちろん返事など返ってこない
「なあ、
どうしてお前は自分のほうが国から
必要とされているのに俺を助けたんだ。」
不思議なことに、 こいつはドイツ軍の
爆撃から 俺を庇いやがった
兄の階級は中佐。
俺よりか断然必要とされる
頭の回転も速く、ドイツ軍との戦いには
不可欠な存在だった
なのに俺を助けた
断然お前とは劣る弟を
頭も特別いいというわけではなく。
今でも兄に突き飛ばされた
感覚が 残っている
気持ち悪い
結局は俺の右目も守れなかったんだ
お前自身は昏睡してさ
俺は右目だけで済んだんだ
「”バカな奴”」
そう言い残してから病室を出る
コツ コツ コツ コツ
ミリタリーブーツで歩く音が廊下に響く
しばらくして後ろから
一際違うヒールの音が響く
カツカツカツカツカツカツ
数秒後、廊下の中に高い女性の声が広がる
「あっ…あの!」
バッと振り向くと
そこには背の低い看護婦が一人居た
顔を見るもそいつはベラルーシ人だ
「なんだ?」
そう言うと
看護婦は近づいてきて
ポケットから何かを取り出した
「あっ…これ…あなたのお兄さんの軍服から
でてきたものです」
看護婦の手を見ると一冊の手帳のような
物が握られていた
「処分される直前だったのですが…
絶対渡したほうがいいと思ったので!
見てみてください!」
そう言って俺の手に置く
ボロボロな手帳だ
看護婦の顔をよく見ると
目が薄っすら赤く充血していた
「あーえっとじゃあ私はこれで!
急いでるので!」
看護婦は小刻みに腕を振りながら
走り去っていく
「あッ おい!別にこんなもの!」
その瞬間
遮られるように女性の
デカい声がフロア全体に響いた
「うっるさ…」
か弱いような声でジェーニャ?
と呼ばれるさっきの看護婦が答える
「許して先生ィィィィィィィィィィィィ!」
ヒールなのにも関わらずすごい速さで
走り去っていく
「なんだったんだ…」
そうつぶやき場を後にする
コツ コツ コツ コツ コツ コツ
下の階に行けば悲惨だ
看護婦、医者の服は赤く染まり
痛みにうめく負傷した人や兵士達
女、子供も
もう既に事切れている人もいる
看護婦、医者
みんな戦士のような顔つきだ
次々に担架で運ばれてくる患者
そのうちの一人の兵士と
目が合ってしまった。
銃口のように大きく見開いた目
俺に『お前もこうなれば良かった』
と言わんばかりの視線を向けてくる
その射程内から俺は目を逸らした
『見てはいけない。 考えてはいけない。』
そう言い聞かせながら
敵兵から逃げるように病院を飛び出す
何も無い更地をただただ走る
本当に何も無い。
戦前は賑わっていたこの場所に
誰もいないたった自分一人
こんなに寂しいことはないだろう
自分の祖国がこんなに寂しい場所だったとは
このただ広い土地が憎たらしく思える
「ハァ ハァ ッハァ」
手を膝につき肩で息をする
右目が痛い
触れると薄っすら手に血が滲んだ
気づかないうちに俺は泣いていた
「 …クソ」
しばらくしてから手に持っていた
手帳の存在を思い出した
見てみると
表紙には『日記』とだけ書かれていた
更地となった地面に座り込み
何を思ったのか俺は表紙をめくる
【1940 7/19】
|今日から日記を書くことにした
|文章力を鍛えるいい機会だろう
|
ダヴィード・イリイチ・パトソールニチニク
「なんだ…これは」
「アイツこんなものを書いていたのか」
日記をペラペラと軽くめくる
眉を歪め
『くだらない』
ペラペラとめくったものの
結局は一文字も読んでいない
見ても仕方がないと思い地面に放り投げる
そして地面に倒れ込み空を見る
優しく肌を撫でる風が心地よい
前線の火薬と鉄の匂いのする風とは違う
せっかくなら少し寝てしまおう
今ならきっと許される
もう前線に戻らなくていいのだから
瞼を閉じ意識が地の底に沈んでゆく
コメント
3件
続き来た!!!!日記がどういう意味をもっているのかワクワクする!続き待ってるね!!!!(* ˊ꒳ˋ*)