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「そんなところで何してるの…?潤伊くん!」
そんな必死の訴えに沈黙する潤伊くん。その目は、顔は、さっきまでとは比べ物にならないくらい暗かった。
潤伊くんの答えが出るまでの数十秒は、とても長く感じた。
「死のうかなーって」
潤伊くんは、表情ひとつ変えずにそう言った。
死ぬという言葉に、その重さに、私は怯えてしまう。そんな様子を見て潤伊くんは何も言わない。そして私はもっと怖くなってしまう。本当に、潤伊くんが死んでしまいそうだったから。でも、怖くても、いくら怯えてても言わないといけない。目の前が滲む。言葉が詰まる。ようやく出せたその声は掠れていた。
「やめて…潤伊くんっ」
その声が面白かったのか、怯えている私が面白かったのかはわからないけれど、潤伊くんは笑った。そして、フェンスを乗り越え、私の涙を拭った。
「鈴香ちゃんには勝てないや。優しすぎるよ」
いつもの顔になっていた潤伊くんを見て、私は堪えていたものが全て出てしまった。
「潤伊くんっ、よか、よかった…死ななかったぁ」
潤伊くんは何も言わずに、私を抱きしめて頭を撫でてくれた。
少し落ち着いたところで、私は怒っていた。
もう少しで本当に死んでしまいそうだった潤伊くん。今はなんともなさそうな顔をしているけど、絶対に誤魔化しているだけだ。
「なんで死のうとしたの?美桜ちゃんから聞いたよ。色々複雑だって。私に何かできることはないかな?」
直球な私の質問に、潤伊くんは視線を逸らす。どうやら答えたくないようだ。
私は思い切って、フェンスを越えてみた。それに潤伊くんはびっくりしている。
「答えて。今私、すっごく怖いよ。こんな怖いところにいた理由、教えて!」
潤伊くんはやっと観念したようで、話すからこっちにきてと私の腕を引っ張った。
「鈴香ちゃんの言うとおり。僕はその、幼少期から色々あって…」
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僕の家庭環境は酷かった。お父さんはお酒とお金を持って毎日どこかへ出掛けて、お母さんはおしゃれをして、お父さんとは違う男の人と夜に出掛けていた。僕は小学校に入学しても学校に行けるような服は持っておらず、お母さんとお父さんは料理や掃除をしないから当然ご飯は食べれないしお風呂にも入っていなかった。
あぁ、このまま死ぬんだ。って何回もすりガラスの向こう側にある白い光を見ながら瞼を閉じる。あの光には、きっと僕は一生知れないような温かい家があるんだろうな、と思いながら。
でも、ある夜。そんな日々が終わった。それは、いつもなら白い光が見えていたのが、その日だけは赤色の光だった。珍しい光に気を取られていると、玄関を乱暴に開ける大人の人たちが家の中に入ってきた。僕は何が何だかわからず、なぜか息を潜める。それぐらいしか、生き延びるスベはないと思ったから。
でも、その大人の人たちはお父さんやお母さんには乱暴だったけど僕には優しかった。何度も何度も、「もう大丈夫だよ。安全なところに行こうね」と言ってくれる。そして、僕を抱きかかえて車に乗せた。女の人は僕に毛布を被せてくれた。その毛布は、お母さんやお父さんより暖かかった。
赤い光を見たあの日から、僕はおばあちゃんとおじいちゃんの家に住むことになった。そこでたまたま家に来ていた叔父さんと叔母さんは僕を見てこう言った。
『この子を助けよう。表情がなくなるなんて、あの親は酷すぎる』
その頃の僕は言葉の意味がわからなかったけど、今ならわかる。あの人たちは、僕を大切に思っていた。
おじいちゃんとおばあちゃんは少しだけ淋しそうにしていたけど、笑顔で僕を叔父叔母の家へと送り出してくれた。僕は、何も思わなかったし何も言わなかったと思う。
新しい家に着くと、1人のお兄さんがいた。僕より背が高くて、かっこよくて優しそうな人。叔父さん達の子供らしい。僕より7つも離れているお兄ちゃんだ。そのお兄ちゃんも、僕に優しくしてくれた。勉強を教えてくれたり、お菓子をこっそり買ってくれたり、公園でキャッチボールもした。最高のお兄ちゃんだった。
でも、幸せがずっと続くとは限らない。僕が中学生になった時、叔父さんが事故で死んだ。お葬式の時、僕は泣けなかった。お兄ちゃんも叔母さんも泣いていたのに、僕だけ泣けなかった。でも、そんな僕をお兄ちゃんたちは責めない。いっそのこと怒鳴って欲しかったけど、そうすることは絶対になかった。
それから数年経って、叔母さんは叔父さんのことで体を崩し、病気になってそのまま叔父さんを追いかけて行った。お葬式にはおばあちゃんとおじいちゃんが来て、僕とお兄ちゃんの背中をさすってくれた。お兄ちゃんは泣かなかったけど、僕はたくさん泣いた気がする。あんまり覚えていないけど、お兄ちゃんは僕を抱きしめてくれたと思う。
お兄ちゃんは叔母さんが死んだ時成人していた。僕を1人で養おうとしてくれていたらしい。僕はなんとなくお兄ちゃんの負担になっているんじゃないかと思い始めていた。お兄ちゃんの将来の道を塞いでしまったのではないかと…。
僕が高校生になった時、お兄ちゃんは22歳だった。忙しいはずなのに僕に勉強を教えてくれて、バイクの免許を取ったからバイクの後ろにも乗せてくれた。昔はお菓子を買っていたけど、僕とお兄ちゃんはお菓子を作ることにハマって、クッキー、マフィン、マカロン。誕生日にはケーキを作った。見た目はお店で並んでるような綺麗なものではなかったけど、何よりも美味しかったのを覚えている。
ある日、クッキーを作りたいとお兄ちゃんに言った。お兄ちゃんも賛成してくれて、早速材料を用意した。けど、材料が1つ足りなかったから、お兄ちゃんが買ってくると言って出掛けた。冬の日、その前の日に雪が降っていて危なかったのに、僕はそれを忘れてお兄ちゃんを送り出した。そして、お兄ちゃんは死んだ。
僕は誰よりも泣いた。僕のせいで死んだから。僕がクッキーを作ろうと言わなければ、雪が降ったから危ないと止めていれば、兄の将来をなくしてしまうようなことはなかったのに。僕は、兄の大切な将来や未来を2回も奪ったんだ。だから、僕も死んで、償うしかない。
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「死んで、お兄ちゃんに謝りたいんだ」