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放課後、帰り支度をしている恵那の元に他のクラスの男子生徒たちが数人やって来る。
「ねぇ恵那ちゃん、これから遊びに行こうよ」
「カラオケとかどお? 生歌披露して欲しいなぁ」
「良いでしょ? 奢るしさぁ」
クラスメイトの女子たちはそんなやり取りを気にする事も無く、さっさと教室を出て行ってしまう。
残ったのは男子生徒で、他のクラスの男子生徒たちに加わる形で恵那を遊びに誘おうとする。
「俺らも行きたいな」
「せっかくだし、みんなで行こうぜ。な、恵那ちゃん」
けれど、当の本人はというと、
「……私、行くつもり無いから。帰りたいの。そこ、退いてくれる?」
特に気にする様子も無く帰り支度を終えると、男子生徒たちに「行く気は無い」とハッキリ告げた。
しかし男子生徒たちはそれに応じる事は無く、
「え~? つれないなぁ、あ、もしかして恵那ちゃん、緊張してる? それとも、警戒してる? 大丈夫、本当にカラオケ行くだけだからさぁ」
「そうそう、だから行こうよ」
恵那がウンザリする程しつこく誘っていく。
「いい加減に――」
流石に苛立った恵那が声を上げようとすると、
「お前ら何やってんだ? いくらアイドルだからって、海老原にちょっかい出してんじゃねぇぞ?」
偶然通りがかった担任が様子を見兼ねて声を掛けたその隙に、
「あ、恵那ちゃん、待ってよ!」
「さよなら」
恵那は逃げるように教室を出て行った。
「……はぁ……」
溜め息を吐きながら下駄箱の前までやって来た恵那が靴を履き替えていると、帰ったはずの同じクラスの女子生徒が数人現れて、
「アイドルだからって色目使ってんじゃねぇよ」
「性格ブス」
「学校来んな」
なんて暴言を吐きながら靴を履き替え、笑いながら去って行く。
(誰が色目なんて使ったのよ……)
慣れているとは言え、転校初日から悪意を向けられ続ける恵那は早々に参っていた。
(結局、何処へ行っても『芸能人』『アイドル』っていう肩書きは消えないのね……)
さっさと家に帰ってゆっくりしたいけど、自宅へ帰れば祖父母が居る。
こんな疲れ切った顔をして帰れば、当然心配されるだろう。
ただでさえ体調不良を理由に休業という形を取ってこの町へやって来た恵那は、これ以上祖父母たちに心配を掛けたく無かった。
「……寄り道して行こう……」
どこか一人でゆっくり出来る場所を探し求め、恵那は河川敷の方へ向かって歩き出す。
十五分程で河川敷に到着した恵那はグラウンドで野球をして遊ぶ小、中学生らしき少年たちから離れた場所に腰を降ろすと、何をする訳でもなくただ空を眺めていた。
すると、
「――ッ」
少し離れたところに伸びた雑草が生い茂っている場所があり、そこから呻き声のようなものが聞こえて来た事でハッと我に返った恵那が恐る恐る声のした方へ近付いていくと、
「ちょっ、江橋……くん!?」
服は汚れ、顔には殴られたような痣や擦り傷があるボロボロな姿の斗和が倒れ込んでいた。
「……お前……、海老原……だったっけ?」
「そう。っていうか、どうしたの? その怪我……」
「別に……」
「でも……」
「いいから、放っておけよ。俺の事は、……構うな」
「…………分かった」
心配して声を掛けた恵那だったけれど、放っておけと言われてしまった以上どうする事も出来ず、この場に留まる訳にもいかない彼女は後ろ髪引かれる思いでその場から立ち去った。
(大丈夫なのかな? っていうか、あんなに怪我して……病院行かなくて平気な訳?)
命に関わる事は無いだろうけれど、痛々しい姿を思い出すと、やっぱり手当をした方がいいのでは無いかと思う恵那。
(一旦帰って、包帯とか持って行こう)
構うなと言われたものの、あんな状態の人を放っておける程非情な人間では無い恵那は、急いで自宅に戻ると救急箱から包帯や消毒液などを手当り次第鞄に詰めていく。
(そうだ、水も持って行こう)
水分補給もさせた方が良いかもしれないと冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して鞄に入れる。
「恵那? また出掛けるのかい?」
「あ、おばあちゃん。うん、ちょっと友達のところに」
「そうかい。雨が降りそうだから傘、持って行くんだよ?」
「分かった! 行ってきます!」
祖母に再び出掛ける旨を話した恵那は言われた通り傘を手にすると、急いで河川敷へと戻って行った。