視点)桐谷奏
私にとって、【教師】という職業は夢であり、希望であり、そして…絶望だった。
けれど、その私の大きな気持ちは、いつしか【教師】というものを夢として捉え、それを現実にする日が来た。そう、それが…今日なのだ。
「どうも。今日からこの学校に勤めることになりました。桐谷奏です、よろしくお願いします。…うーん」
洗面所の鏡に映る私を見ながら、私は今日の挨拶内容を考えていた。
「もうちょっと軽く行くか?いや、でもそしたら絶対舐められるよな…。やっぱ無難なやつ?」
鏡の前で1人うんうん唸ってみるが、いいものは特に思いつかない。
…そう考えている間に学校に行く時間に近づいていってしまう。
そう思った瞬間、アラームの音が洗面所に鳴り響いた。
「やば!もう学校行かないと!」
教師が、しかも出勤初日の私が遅刻してはまずいだろう。私は床に置いていた荷物を持ち、最近買ったばかりの靴を履いて走り出した。
車は持ってない、事故ったら怖いし。あと普通にお値段が高い。
…コレ多分周りから見たら変人だな。スピードを落とす気はないけど。
そんなことを考えていると、学校についた。学校名はアイリス学校。確かアイリスの花言葉は「希望」とか「信じる心」とかだったな。
…随分とおしゃれですこと。
「まずは職員室かな?」
そうして私は教師用玄関から中に入ろうとした、すると…。
「あら、奏さん。おはよう」
「みゆきさん!おはようございます!」
後ろから花園みゆきさんに声をかけられた。みゆきさんは私の高校の先輩で、たまたま勤務先の学校が一緒だった人だ。あとめっちゃ美人。
「あ、ここでは桐谷先生でしたね」
「せ、先生、ですか…!」
先生、という響きに胸が高鳴った。そうか、桐谷先生か…。
緊張感がさらに押し寄せてきた。
「大丈夫よ、そんなに緊張しないで。きっとすぐ慣れるわよ」
「そ、そうですね!」
私は頬を叩いてやる気を入れた。
ついでに眠気も痛みによって飛んでいった。
「じゃあ、行きましょう!」
「そうね。遅刻したら恥ずかしいもの」
私とみゆきさんは学校の教師用玄関から学校内へと入った。
職員室内へと続く扉の前、私は一度深呼吸をし、扉を開けて中に入った。
「おはようございます…!」
「おはようございます」
「ん?あぁ、おはようございます」
中には何人か先生がおり、おはようと返してくれた。職員室の中はひやりと少し冷たくて、それが心地いい。
そういえば、昔はクーラーがよく効いている職員室を羨ましがってたことなぁ。
今となっては懐かしい思い出が頭を掠めた。
「そういえば、桐谷先生」
「はい!なんでしょうか?えっと…」
「あ、自己紹介がまだでしたね。俺は藤屋直樹っていいます。3年6組の担任です」
藤屋直樹と名乗った人はとても爽やかで若そうな先生だった。
きっと生徒に人気なんだろうな。
「よろしくお願いします、藤屋先生。…えっと、私に何かあるのでしょうか?」
「ん?あぁ、そうです。桐谷先生、急で悪いんですが3年2組の担任になったので、準備お願いしますね」
「…え?」
待ってどういうこと???え、私担任じゃなかったんだけど…。しかも3年?!私早速3年の担任になるの?
頭の中が大混乱中の私を置いて、藤屋先生は話し出した。
「いや〜、実は元々決まってた人が病気かかって入院してしまってですね。他の先生も色々あるみたいですし…。ここ学生多いので。まぁ、そういうことなので、よろしいですか?」
「あ、ぇ、はい…?」
「ありがとうございます。返事したということで、後で無理とか言わないでくださいね。じゃあ、頼みましたよ!」
そう言うと藤屋先生は職員室を出ていった。まるで嵐のようだな。
にしても…。
「私が、担任…」
「あらぁ、よかったわね。若いうちに経験しておくのはいいことよ」
「あ、みゆきさ…。…花園先生!」
いつの間にやら私の後ろに立っていた花園先生が話しかけてきた。
…まだ先生呼びはなれないや。
「ふふ、ゆっくりでいいわ。さぁ、そろそろいきましょう?担任になるのなら、クラスの名簿がデスクにあるはずよ」
「あ、そうですよね!少し見てきます」
私と花園先生は各々のデスクへ向かった。
私のデスクへと寄ってみると、机の上には私のクラス名簿が透明なファイルに入れられ、置いてあった。
ファイルには付箋がついており、内容は
『これ、桐谷先生のクラス名簿です!無くさないでくださいね。 by藤屋』
というものだった。
変なところで真面目だな、この人。
「さて、一応目を通しておくか」
私が一度ページを巡ってみると、そこには41人の生徒の名前が載っていた。
〜クラス名簿 3-6〜
1番 安藤 美樹(あんどう みき)
2番 石山 晃(いしやま あきら)
3番 海野 誠也(うみの せいや)
4番 江口 守(えぐち まもる)
5番 条木 綾乃(えだぎ あやの)
6番 大野 栄明(おおの はるあき)
7番 甲斐田 優樹菜(かいだ ゆきな)
8番 喜井 雅美(きい まさみ)
9番 小田 正宗(こだ まさむね)
10番 笹島 えりか(ささじま えりか)
11番 佐野 美佳子(さの みかこ)
12番 獅子春 翔也(ししはる しょうや)
13番 角谷 恵理子(すみや えりこ)
14番 田中 聖(たなか こうき)
15番 田中 玲奈(たなか れいな)
16番 田辺 百合(たなべ ゆり)
17番 月哉 はる(つきや はる)
18番 東城 真咲(とうじょう まさき)
19番 富田 雄一(とだ ゆういち)
20番 都宮 こより(とみや こより)
21番 中島 シエラ(なかじま しえら)
22番 永田 夢香(ながた ゆめか)
23番 仁宮 春彦(にみや はるひこ)
24番 野村 かこ(のむら かこ)
25番 野村 みらい(のむら みらい)
26番 畑田 直人(はただ なおと)
27番 鳩乃 優(はとの まさる)
28番 緋村 凛(ひむら りん)
29番 藤本 大和(ふじもと やまと)
30番 螢田 崇彦(ほたるだ たかひこ)
31番 瑞瀬 奈々美(みずせ ななみ)
32番 村方 歩(むらかた あゆむ)
33番 村上 志歩(むらかみ しほ)
34番 門田 絢花(もんだ あやか)
35番 山下 蓮斗(やました れんと)
36番 山下 蓮(やました れん)
37番 湯村 彰(ゆむら あき)
38番 流川 瑛二(るかわ えいじ)
39番 鷲田 昭弘(わしだ あきひろ)
40番 鷲田 涼夏(わしだ りょうか)
41番 輪水 紗奈(わみず さな)
「…多いなぁ」
1クラス40人ぐらいなのかな?それでクラスが6クラスだから…1学年240人ぐらいいるってこと?!やば…。
「ちょ、ちょっとずつ覚えないと…」
「桐谷先生、どうですか?」
「花園先生!やっぱり人数が多いですね、覚えていかないとな…」
「へぇ、ちょっと見せてくれる?」
「え?はい、どうぞ?」
私は花園先生にクラス名簿渡す。
花園先生はクラス名簿に目を通すと、あからさまに眉間に皺を寄せた。
「直樹…あいつ…。面倒ごと後輩に投げるとかどうなの…?」
「えーっと、花園先生?」
「ん?あ、ごめんなさいね。今返すわ」
私が知っている花園先生と口調が急に変わってびっくりしたが、話しかけると私の知っている花園先生へと戻った。
そういえば、花園先生は昔からよくわからない人だったな。
私は花園先生からクラス名簿を受け取り、さっきの花園先生の言葉を聞いてみることにした。
「あの、花園先生。さっき言ってた『面倒ごと』って何ですか?」
「あら、聞こえていたの?ごめんなさいね」
「え、いやいや!偶々聞いた私が悪いので!気にしないでください」
聞いてみると、花園先生は聞こえていたと思っていなかったようで、申し訳なさそうに、そして、少々恥ずかしそうに謝ってきた。
美人に謝られると罪悪感凄いなぁ。
「うーん。実は桐谷先生の担当することになったクラスの子達、全員色んな意味で問題児なのよ…」
「も、問題児?」
「えぇ、しかも今年みたいに問題児が多かったら1クラスにまとめられちゃうのよね。しかもそれを見世物みたいに扱うのよ。酷いわよね」
「な、なッ…!」
かなりギリギリで「なんですかそれ!」と叫びそうになった。
耐えて偉いぞ、私。
「正直腹が立つわよね。本当、この高校の校長は頭いかれてると思うわ」
「花園先生もそんなこと言うんですね」
普段花園先生が言わなそうなことを言っている姿はとても新鮮で面白く、思わず笑いが漏れた。
「ふふ、そんな笑うほどかしら?」
「す、すみません。面白くて…」
「謝らなくていいわ。あ、桐谷先生担任になったのなら教室の準備しないといけないんじゃないかしら?」
「準備?」
クラスの担任は何かしないといけないらしいが、そんな話は聞いていないので私は首を捻った。
すると、花園先生は私に一枚のプリントを渡してきた。
「この紙に書いてあるのをするのよ。まぁほとんど雑用のようなものだけれど」
「教室の清掃、机の整列、物品の確認、クラスの用品確認…。いや結構多いですね?!」
「ふふ、そうね。まぁまだ早い時間だし、今からやればきっと間に合うわよ。頑張ってね」
花園先生は一度微笑んだ後、そう言い残して職員室の扉の方へ向かっていった。
今からやれば、ということは後回ししたら間に合わないのだろうか。
「先に知らせておいてよ…」
私の声は花園先生が扉を閉める音によって消えていった。
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