昔から、後ろをついてくる奴だった。
てくてくとわざとなのか天然なのかわからない変な足使いをして、俺の後ろを歩く。何が楽しいのか、何が面白いのか、いつも笑って、俺の後ろ歩く。
この狭くて何も無いド田舎で育った、俺の血の繋がってない弟。
「りのよん!」
覚束無い舌から発される、俺の名前。
小学校、中学校、高校。
この狭い田舎は、学校が1個ずつしかない。だから相当勉強して都会にでも出ていかない限り、卒業したからって周りの顔ぶれは変わらなかった。
俺は別に必要以上の勉強をしてまでここをでたかったわけじゃないから、いつになっても俺を呼ぶ声は続いた。
「ファンです。よろしくお願いします。」
初めてコイツに会った日。
ここは狭いしきっと隣じゃなくてもいつか出会ってたけど、たまたま家が隣だったからし幼稚園にあがる前の頃に出会った。仲良くしなさいと言われ、俺はやっと頭の毛が生え揃ってきたヒョンジンとしどろもどろになりながら遊んでやった。
別に楽しくもなかったけど、ヒョンジンはこの頃から俺の後ろをついてくる。
赤子って意味わかんない。
遊んでやったあと、いつもそう思って家に帰っていた。だって急に泣くし、と思ったら急に笑うし。
「りのよん、遊んで!」
だけど次第に言葉を使えるようになって、兄として慕われてる事が伝わってきた。
嬉しかった。最初は。
でもその反面、知性が芽生えたからこそ人間として扱わなければならなくて、面倒くさかった。
学校でいじめられて助けるのは俺。勉強を教えるのは俺。やけにモテるコイツの悪意ないれん恋愛相談を受けるのも俺。
嫌なことをやらされてる気持ち、コイツはやらされた事がないから俺の気持ちがわからない。
「行かないで」
だから俺がアイドルの選抜メンバーに選ばれてここを出るってなった時も、コイツは人の気も知らずに駄々を捏ねた。
学校の帰り道、目にいっぱいの涙を溜めて。
太陽が落ちて、ひぐらしがないて、真昼間だったらきっともうちょっとはマシだったのに、なんだか寂しくなった。
夏なのに、ひっつき虫のように抱きついてきて離れないヒョンジン。
汗っかきのくせして、暑いし、うざい。
「離れてよ、俺は行くから」
この帰り道を行くだか世に出て行くだか、あれはどっちの意味で行ったのか俺自身にもよくわんなかった。けど、半強制的に突き放されて直立したヒョンジンの顔は、酷く傷ついた顔をしていた。
コイツが今まで俺の事を慕ってきたせいで、心がチクリと痛む。
つい数ヶ月前まで中学生だった奴のすることは、実に幼く見えた。
夏休み、来る日も来る日も徒歩5秒の俺ん家に上がり込んでは「行かないで」の一点張り。
行かないで以外のボキャブラリーが無いのか少し心配になった。
馬鹿に加えて幼いからこそ引き止め方が純粋で変な手間がかからなかったけど、こうも毎日引っ付かれている余裕が無い。
「行かないで、リノヒョン」
「ちょ….、おい、離れてってば」
俺はダンスの練習があるから、お前なんかと同じスピードで生きてはいられないのに。なんの焦りも強要されない世界で泣いてる間に、俺の時間はどんどんと削れていくのに。思ったことが言語化されて、俺をきつく抱き締めてるコイツにふつふつと腹の底が湯だっていく。
段々と本気でイラついてきて、「出ていけ馬鹿」なんて言葉を投げつけた。無理やり引き剥がして肩を強く押すと、ひょろひょろのヒョンジンはすぐ床に倒れ込む。
腹立たしい。
あーあ、なんでお前はそんな顔をするの。
もうよく分からないけどとにかく腹立たしくて、俺は片手でヒョンジンの頬を叩いた。
変な気をつかってパーで叩いたから、セミの鳴き声に紛れて綺麗に衝撃音が部屋に鳴り響く。ヒョンジンのどたどたと階段を掛け下りる音をそれきりに、部屋の音はまたセミに掻き消されていった。
続いたら続く
コメント
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好きすぎます。エアフラの小説もっと書いてくれると嬉しいです!!この作品好きすぎて勢いで1000にしちゃいました、、、