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貴族との取り次ぎは上手くいったようで、二日後に会ってもらえるらしい。
明日は一日、牧場と呼ばれる孤児院の調査をするとしよう。
そして子供たちをこのまま外に放り出すわけにはいかないため、チロルさんの店にそのまま保護することとなった。
「まぁ一人で退屈でしたからぁ、私は構いませんけどねぇ」
とはいえ、空いてる部屋は一つのみ。
そこは子供たちに使ってもらうとして、僕らは店内スペースで雑魚寝することになる。
(毛布は……全部子供たちに使ってもらうか)
僕らの分がなくなるが、ここにはロンバル商会の商品が並んでいるんだ。
寝袋の一つや二つたいした出費では……
「一つ金貨2枚ですねぇ」
雨風に強い冒険者仕様で思ったより高かった。
絶対屋内で使うもんじゃないよ……。
しかしこれが思った以上に使い心地が良かった。
中はゆったりとしていて余裕があり、それでいて布擦れ音もあまりしない。
おかげですんなりと眠りにつくことができたのだが、深夜にとある違和感によって目が覚めた。
「……いつの間に」
寝袋の中にミモザが潜り込んでおり、静かな寝息を立てていた。
よりによって僕の所に潜り込まんでも、リズとかシルフィのところに行けばいいのに……。
かといって、起こすのも可哀想な気がする。
「ママ……」
そんな寝言と共に、ミモザはギュッと抱きついてきた。
(……ママから一番程遠いんだけどね)
でもまぁ、無粋なことはやめとこうか。
そっとミモザの頭を撫で、再び眠りへとついた。
◇ ◇ ◇ ◇
朝、ダンが血相を変えて2階から降りてくる。
「み、ミモザが……!」
だがそれもすぐに安堵の顔に変わる。
その後ろから、落ち着いた様子でニコルが顔を覗かせた。
「やっぱりこっちにいたんですね」
こちらは予想通りだったらしい。
「やっぱりって?」
「ミモザはいつもお母さんと一緒に寝てたから……」
ニコルの言葉に「そういやそうだったな」とダンも相槌を打つ。
なるほど、まだまだ母親が恋しい年ごろだもんね。
年上の女の人にそれを重ねちゃうわけか……。
(……それはちょっと解せないね)
こんなときどんな顔したらいいかわかんないよ。
だってその理由で僕の寝袋に入るのはおかしいでしょ。
「……キミたちの両親は?」
「俺らの親はみんなレジスタンスにいたんだ……。ま、この都じゃ誰かしら身内が関わってたりするから珍しくもねーよ」
ダンは笑顔でそう答えた。
それは彼なりの気遣いだったのかもしれない。
でもそうか、彼らは親がいないんじゃなくて……奪われたのか。
朝食の準備が整った頃、昨晩調査に出かけたアゲハさんが音もなく姿を現した。
それはつまり、調査が完了したことを意味している――――
「ふぅ、危うく寝過ごすところでした」
……ん?
僕が困惑していると、何かに気づいたシルフィがそっとアゲハさんの黒髪に触れる。
「アゲハさん、寝癖がついてますよ」
「おや? これはかたじけない」
なんてことない朝の一コマだ。
でもなんもないのはおかしいでしょ。
「……アゲハさん? その……昨晩のことを聞きたいんですが」
「ぐっすり眠れましたが……それが何か?」
アゲハさんはキョトンとしていた。
おかしいな、じゃあ昨晩のアレは一体……。
「……そういえばアゲハさんって近眼でしたね」
魔眼が発動してればまた違ったのかもしれないが……。
昨晩目が合ったと思ったのは僕だけだったらしい……なんて紛らわしい忍者だ。
「さて、今日は孤児院を徹底的に調べるわけですが……」
アゲハさんの調査は残念な結果に終わったが、魔眼の力には期待したい……というか魔眼が本体と言っても過言ではない。
しかしあまり大人数で言っても目立つだけだ。
ここは最小限の人員で向かいたいところ。
「よし、俺も行くぜ」
「……やめたほうがいいよダン、僕らがいっても邪魔になりそうだし」
やる気十分のダンに対し、冷静に自分の置かれている状況がわかっているニコル。
「ミモザ知ってる、カチコミでしょ?」
ホントにこの子は一体誰の影響を受けてるの?
「キミたちはダメだよ。何があるかわからないんだからね」
ダンは不満そうだが、孤児院の狙いが子供達なら危険だからね。
かといってここにただ残すのも不安ではある。
「人数も最小限で行きたいから……リズとシルフィもここに残ってください」
内部に侵入する可能性も考えると、4人は多すぎる。
それにこの二人がいれば守りは完璧だろう。
正直僕もこっちに残りたいぐらいだ。
「孤児院の調査には――――僕とアゲハさんで行ってきます」
ということで、僕は背中を絶対に任せたくない忍者と共に、向かいの屋根から孤児院を観察していた。
こういうところは忍者っぽいんだけどな……
「……それにしても、相変わらず子供の声すら聞こえてきませんね」
今のところ人の出入りもないし、窓から見える建物内にも人の姿はまったくない。
「そうですね、呪術の痕跡も昨日と変わりありません。避けて通るなら、内部への侵入も可能かと」
そう言いながら、アゲハさんは眼鏡をクイッと上げた。
心無し表情もキリッとしている気がする。
これは仕事人モードと思っていいのかな。
でも失敗はしたくない、ここは情報共有を大事にしよう。
「こんな真昼間からどうやって……それに警備の目はどうするんです?」
警備に限らず、この時間が人の目が多い。
かといって、僕は人の域を超えた速さなんて持ってないからね。
「これを使います」
そう言ってアゲハさんは、紙製の丸い玉を取り出した。
「これは……?」
「閃光玉です。注意を引きつけ、さらに視界を奪います。その間にあそこから屋根裏部屋へ侵入しましょう」
アゲハさんが指し示す場所には、たしかにそれらしい窓がある。
少なくともあそこには、呪術の痕跡が視えないようだ。
「……タイミングは任せます」
チャンスは数秒、それぐらいなら僕でもいけるはず。
「わかりました、では目を覆って下を向いててください。一瞬だけ小さい音がしますので、その後は私の足元を見て飛び移ってください」
僕はコクリと頷いた。
そしてアゲハさんは狙いを上空に定め――――
「――いきます!」
その合図と共に、一瞬の眩い光に備えた。
後は音を待つ……
『ズドンッ!』
という大きな音と共に、足元が僅かに揺れる。
……全然小さい音じゃないよな。
そう思いアゲハさんの様子を伺うと、その顔が青ざめていた。
「あわわわわ、あれ炸裂玉だったぁ……」
つまり先ほどのは爆発音だったらしい……なにしてくれとんのこの忍者。
幸い投げた先が上空だったので被害は出ていないが、人が集まり始めている。
ますます孤児院へ飛び移るタイミングがなくなってしまった。
「……この状況、どうしてくれるんです?」
ただでさえ屋根の上は身を隠す場所が少ない。
いっそのこと、この忍者を突き落として囮にしたい気分だ。
「だ、大丈夫です。なんとかしますので……」
そう言ってアゲハさんは自身の喉に触れた。
そして――――
「――レジスタンスの生き残りが暴れているぞ!」
その口から野太い男の声を発した。
それを聞いた人々はざわつき始める。
追い打ちをかけるように、アゲハさんはまた炸裂玉を投げた。
再び――上空に爆発音が響き渡る。
その後訪れたのは女性の悲鳴、騒ぎに動き出す警備兵。
そして逃げ惑う人々によって街は大混乱に陥っていた。
「よし、今度こそ閃光玉いきます!」
その言葉を聞き、僕はもう一度目を覆う。
すると、カッ――という小さな音と共に、周囲は一面白く染まった。
後はアゲハさんの足元を見て飛び移れば……
「目がぁ、目がぁぁぁぁぁッ!」
投げた本人は目を抑え悶絶していた。
「あぁもう! 勘で飛びますからね!」
アゲハさんを抱え、おおよその勘で孤児院の窓目掛けて飛ぶ。
前を直視できないのでアーちゃんを周囲に纏い、その感覚を肌で感じ取る。
(――ビンゴッ!)
そう確信すると同時に、窓を突き破って屋根裏部屋へと突っ込んだ。
徐々に眩い光は収まり、周囲の状況がはっきりとしていく。
散乱したガラスに埃っぽい空間、そして屋根の形にそった天井……狙い通りの屋根裏部屋とみていいだろう。
でもこれ……侵入というより突入なのでは?