それから1週間。
事は思ったよりも早く進み、今日、相手の家族が家へ住むようになる。
私は少しでもこの家と、父と、私を好きになってもらいたくて、父がしていた掃除を手伝った。
将来のためだ。
相手に好きになってもらわなくては、私の居場所は無いのだから。
ピンポーン
インターホンが鳴る。
父は急ぎ足で玄関へ向かい、ドアを開ける。
私は父の隣へと並んだ。
可愛い、人見知りの男の子。
そう思って貰えれば良い。
「今日から宜しくな。」
父は新しい母に微笑み、私の方を向く。
「ほら、アキラ、新しいお母さんにご挨拶だ。」
「ぁ、えっと…、四季凪アキラです…。 」
他人に慣れていない、いかにも子供らしい態度だろう。
すると、相手の後ろに影が見えた。
何だ?人か?
「じゃあ、こちらもご挨拶しなきゃね。」
相手側…、いや、もう「母」と呼ぶべきか。
母は後ろの人影の背中をそっと押し、自己紹介をするよう促す。
人影の正体は子供だった。
肩までつかるダークネイビーに、正面の両サイドに赤い小さな羽根みたいな髪。
手には星に関する図鑑を持っていた。
「…セラフ。」
「…セラフ・ダズルガーデンです。」
警戒しているのか、こちらをキッと睨む。
「ごめんなさいね。この子、人見知りで。」
そうして各々の自己紹介は終わり、部屋への案内や荷解きも済ませた頃。
「ねえ。」
後ろから突然声がした。
「わっ!…な、なんでしょうか……?」
気配も無く後ろに立っているのに驚く。
声の主はセラフだった。
彼は驚いた私の声に驚いたのか、目をぱちくりさせてこちらをじっとみている。
「びっくりさせちゃったかな?ごめんなさい。」
「いえ、大丈夫です。」
「で、どうしたんですか?」
無邪気な笑顔。
これは夜中に一生懸命練習した笑顔だ。
何度も鏡の前で微調整を重ねた、偽りの笑顔。
それも全て、私の未来のため。
「お手洗いがどこにあるか知りたいんだ。」
「あぁ。階段をおりて左に行くとお風呂があります。」
「その隣にあるのがお手洗いです。」
「ありがとう。」
そう言って彼は一礼し、ぱたぱたと階段を降りていった。
それからしばらく暮らしていく中で、分かったことがいくつかある。
母の夫は、2年前に事故で亡くしたこと。
それから仕事場で父に出会い、母は父と仲良くなり、良き相談相手にもなっていた。
そしてこのタイミングで持ち掛けてきた。
その結果が今だ。
父と母の話は子供にとって面白いものでは無く、軽く手伝いをしたら、私は自分の部屋に行くことがほとんどだった。
たまにセラフが私の部屋に来たり、私がセラフの部屋に行くくらいで、他はいつも通りだった。
だが、セラフと話してみると意外と面白い。
年齢は私より一個下の10歳。
星が好きで、あの図鑑はかなりのお気に入りらしい。
また、彼は思ったよりも明るい人だった。
それこそ、来てから3日間くらいは警戒されていたのか、じっと睨まれていたが、今はそんなことは無い。
互いに今までの事や、趣味、愚痴など、些細な会話を楽しんだ。
でも、やっぱり、お互い身の上や、心の内について話すことは無かった。
彼は私が在籍する公立小学校に転校してきた。
だが、名前があまりにも外人過ぎるため「セラフ・ダズルガーデン」という名前を「美園聡(みその さとし)」という名前に変えて使う事にした。
苗字は本人の意思で変えないことになった。
セラフ曰く「美園っていう苗字はなんだか綺麗だから、残しておきたいんだよね。」ということらしい。
確かに、こちらの姓の「四季凪」よりも「美園」の方が字面も響きも合っている。
また、私だけがこの学校という箱の中で「セラフ・ダズルガーデン」という名前を知っていることに酷く優越感を覚えていた。
そう思うと、教室の彼の席に貼られた名前シールの「美園聡」は私にとって、ほんの少しだけ劣って見えた。
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