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昼時のバスは全くと言って良い程いない。
田舎の砂利道を通るバスは左右に揺れ、やがて入るコンクリートで舗装された道に揺れが収まった。
車掌さんへ事前に許可を取り窓を開ければ豊かな自然の良い香りがした、所謂マイナスイオンと言うやつだろうか。風が気持ち良い。
結った後ろ髪が靡き、軟く顔に当たる。
昼から登校するのは久しぶりな事で、以前も執事に休むと言ったにも関わらず昼からの登校を余儀なくされてしまった。
正直に言うとかなり体力の消耗が激しい。
玄関からバス停に向かうまでの間に何度倒れそうになり、何度意識が飛びそうになったことか。
それでも休むよりは良い、学校には行けというのだからうちの執事はかなり頭がおかしいと言える。
いや、人間ではないから頭がおかしいも何もないと思うけどさ。
学校へ着くと、休み時間だからか教室内は騒ついていた。
近くにいた生徒に話を聞けば、なんでも今日は[バレンタインデー]らしい。
気になる生徒にチョコを渡すもの、としか認識が無いけれど合っているだろうか。
自分の席の椅子を引くと隠されるように置いてあった引き出しから溢れ出すチョコの山。
あぁ、まだ今年は言ってなかったっけ。
「俺の席にチョコ入れてくれた人、悪いけど俺甘いもの苦手だから食べられないよ。」
大声で言うとビクリと肩を振るわせる何人かの女子たち。
毎年言っているはずなんだけど。
放課後、他の男子生徒の助けもあってか半日生き延びれた俺は極限状態だった。
一刻も早く帰ろうと廊下に足を進めていると、後ろから名前を呼ばれる。
声からして女子生徒だろう。
「…あれ、甘笠?」
小学校からの幼馴染、甘笠ひより。
手には大事そうに、綺麗に梱包された”カップケーキ”を持っていた。
「あの、これ…受け取って下さい。」
「あ、いやでも俺甘い物は…」
「今年は‼︎…言ってなかったから、」
”朝までは”…か。
「ここで、食べてくれないかな、」
なんの意図があるのかは知らない。
もじもじと体を揺らす目の前の彼女。
昔から、俺は存分に頼み事に弱いらしい。
「…」
「…食べてくれたら、もう渡さないから、」
綺麗な梱包を剥がし、中の物を一口食べる。
パサ__
「…ん、美味いね。甘笠料理上手じゃん。」
口を見られるのが苦手だ。
仮面をずらすのが嫌いだ。
甘笠の顔が徐々に紅潮していく。
「ぁ、…」
ありがとう、とだけ言い帰っていく背中。
そして口の中にまだ残るパサついた感触に、自身の顔の筋肉が歪んでいくのを感じる。
「…っ、ッ」
俺は男子トイレへと走っていた。