カレンダーに付けられた赤丸の部分を、ぐちゃぐちゃと黒ペンで塗り潰す。
昨日の為に用意した赤色のカーネーションと手紙も、ゴミ袋に乱暴に詰め込んだ。
「…………っ、」
口から漏れ出たのは音のない言葉だけで、自分の気持ちを何一つ 吐き出す事が出来ない。
ダン、ダンと力任せに壁を殴るも、この苛立ちは消えないし、悲しみも癒える筈がなかった。
「………さ、」
「…ぁ ………最悪、さいあく…………」
壊れた玩具の様に、その単語だけを繰り返す。
頭の中はゴチャゴチャしていて、真っ黒い何かで埋め尽くされていた。
最悪。最悪だ。 渡せなかった。感謝を、愛を、伝える事が出来なかった。
何で机に置いておかなかったんだ? 自分の手で渡したかった?それで渡せなかったら意味が無いだろうに。
ドロドロした考えが、頭の中でミミズみたいに這いずり回って、気色が悪い。
涙で視界が歪んで、なんかしょっぱくて、手も頭も全部痛くて、嫌な感じがする。
泣く資格なんて無い癖に、馬鹿みたいに涙ばかりこぼれ落ちて、一日遅れても遅くは無い筈なのに、花と手紙をゴミ袋に詰めている。
ぐしゃぐしゃになった二つを今更渡せるわけもなく、後悔ばかりして、また泣く。
上手な泣き方も知らないから、目の前がチカチカして、呼吸もうまくできないで、なんか、もう駄目で。
そんな自分が酷く汚らわしく思えて、この世の全てから逃げ出したくなる衝動に駆られる。
いつもは気にならない子供達の笑い声も、救急車のサイレンも、今は鬱陶しく感じてしまう。
全部全部投げ棄てて、この身も名前も消し去ってしまいたいぐらいに、自分が嫌いで嫌いで仕様がなかった。
でもそんな事をしたら迷惑が掛かるだけで、この胸の痛みをどうする事も出来ないから、ただ部屋で蹲っている事しか出来ない。
「………かあさん……」
帰って来て。帰って来ないで。
抱きしめて。抱きしめないで。
ごめんなさい。ごめんなさい。
泣いて吐いて暴れて殴って、その繰り返し。
自分が、情けなくて気持ち悪くて仕方がない。
赤い痣が出来た手の平も、黒くクマが浮かぶ目も、全部、全部が気持ち悪い。
「渡したかった……渡したかったのに……!」
迷惑をかけている母さんに、カーネーションと手紙を渡したかった。
僕のせいで夫が死んで、苦しんでいた母さんに、「ごめんなさい」って伝えたかった。
母さんに直接渡して、直接言いたかった。
言えなかった。
渡せなかった。
母が帰って来たら、珈琲を淹れてあげて、「お疲れ様」って声を掛けたかったんだ
まずはゆっくり休んでもらってから、それから、部屋に隠しておいた 花と手紙を渡したかったんだ
渡したかったんだ。
“待ち疲れて眠ってしまった”なんて、言い訳にはならない。
母さんに淹れてあげたかった珈琲も、
掛けてあげたかったブランケットも、
母さんに渡したかったカーネーションも、
伝えたかった謝罪の言葉も、
ずっと貰ってる愛情も、
返せなくて、渡せなくて、眠ってしまった自分が嫌になる。
酷く自分に絶望して、失望した。
母さんは、朝早くから職場に行って、夜遅くに家へ帰って来るのに、自分はのうのうと眠っているのだ。
彼女の大切な夫を殺したのは、紛れもない僕自身だと言うのに。
「あの時死んだのが、父さんじゃなくて、」
「僕だったら、よかったのに」
こぼれた言葉は誰に届く事も無く、そのまま天に消えた。
ぐちゃぐちゃの醜い姿になった赤いカーネーションは、きっともう、輝く事はないだろう。
ーfinー
(アビスごめん)
コメント
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もっかいカーネーション買いに行こうね、アビスくん 「母の日何も書いてないのまずいかな…、一応書いとくか……」 で生まれたのがこれ 控えめに言わなくてもクソ やりすぎた