君はとても人気者だ。モテモテだし、告白されることもしばしば。あまりにも可愛くて優しいから、「天使」なんて呼ばれてる。でも君は、絶対に彼氏をつくらない。あいつが告白したとか、こいつが手紙渡したとか、そんな噂はしょっちゅう出回るのに、君に彼氏ができたなんて、今までに聞いたことがない。
「私…怖いんだよね。誰かを傷つけたり、傷つけられたりするのが。恋ってどうしてもそうなるでしょ?どんなに気をつけてても。だから、多分私は、一生恋できないんだと思う」
君が優しすぎるが故に、誰かを傷つけてしまった過去。
優しすぎる君は、それをずっと引きずっていたんだね。
「…確かに、傷つくこともある。でも、恋してる時って、すごく幸せだなって思うな。ちょっとしたことですぐ舞い上がっちゃうからさ。なんでこんなことで喜んでるんだろう、僕バカみたいだなぁって思うこと、よくあるんだよ」
そう言って笑った君の顔は、すごく柔らかかった。いいなぁ、とふいに思ってしまう。
彼がこんなに想っている人が誰なのか私にはわからないけれど、こんなに優しい人に好かれるなんて羨ましい。彼の想い人は、一体どんな人なのだろう。
「そっか。私も恋してみたいなぁ…」
「桜木さんならできるよ。きっと素敵な人がいるよ」
「そう…かな。ふふ、ありがとう」
優しすぎる君の笑顔に、思わず泣きそうになった。
君に恋するまでの話
「なあ、桜木うららって受験するらしいぜ」
「えーマジか、じゃあ違う中学なのかよ」
「あれっ、もしかしてお前も桜木ファンなわけ?」
「ちげーよ!てかお前そんなんどこで聞いたんだよ、お前こそファンなんじゃねーの?」
「俺も違うし。そこらじゅうで噂になってんの」
「ふーん。ま、これでいろいろ騒がれることも無くなるし、いいんじゃね?」
「お前絶対思ってないだろ」
そんな会話を耳にした、小6の夏。「桜木うらら」という名前は、当然僕も知っていた。何年か同じクラスになったこともあったが、彼女の美貌がなにかと注目されるようになったのは、高学年になってからだった。もちろん小さい頃から目を引くような美人だったことは間違いないだろうけど、自分や周りの見た目を気にする思春期に突入し、彼女の可愛さに皆気づき始めたようだった。また彼女の人気は、その性格からもきている。決して気取ることはなく謙虚で、モテるから女子に嫌がらせを受けることも時々あったみたいだけど、女子の中にも一定数のファンがいたためいつも守られていた。色白で色素薄めの綺麗な髪に、きらきらした大きな瞳をもつ優しい彼女は、「天使」なんて呼ばれていた。
そして僕は、そんな彼女とは全く無縁な生活を送っていた。同じ班になった時にはもちろん話したけれど、僕は基本的に男子同士で行動していたし、桜木さんはあまり男子と絡まなかったから。でも、あることをきっかけに、僕は彼女に惹かれることになる。
あれは確か、小学4年生の時だった。僕は当時桜木さんと同じクラスだった。その時までそんなに意識していなかったのだけど、僕と桜木さんは家がそこそこ近かった。登下校のタイミングが被ると会えることもあったが、いつも彼女は友達と一緒に歩いていたので、僕は「おはよう」の挨拶もろくにできていなかった。だけど何故か、あの日だけは違かった。たぶん友達が風邪かなにかで休みだったのだろう。1人俯いて歩く彼女に、僕は偶然にも鉢合わせしてしまった。足音に気づいた彼女が顔を上げて、僕と目が合った。
「お、おはようっ」
咄嗟に口から出た言葉に、彼女も、そして僕自身も驚いていた。だが、彼女は次の瞬間、
「おはよう、咲間くん」
と返してくれたのだ。それも、ふわっとした笑顔を添えて。
返事、してくれた。ていうか、名前覚えててくれたんだ…。
たったそれだけのこと。でも僕にとっては一大イベントだったし、それで僕は堕とされた。彼女はこうして無意識に男を堕とすんだなぁと今では思う。とにかく、それから僕は、彼女___桜木さんを目で追うようになった。当時はまだ小学生だったし、これが恋だなんて思っていなかったけど、桜木さんを見かけたらなぜか顔が熱くなって思わず影に隠れてしまったり、そのくせ目が合ったりしないかなぁと期待したりしていたのを思うと、あれは完全に恋だった。僕なんかに目をくれるはずがないのに彼女を好きになってしまった僕は、結局どうすることもできないまま小学校を卒業した。そして彼女は、あの噂通り受験した中学校に合格したため、僕が通った地元の中学とは別の中学に入学した。
僕は、完全に「終わった」と思っていた。もうきっと会えることはないし、僕も彼女もこれからは全く別の道に進むのだと確信していた。それはつまり失恋、ということになるんだろうけど、特に行動を起こしていなかった僕にとってはそういう意識はなく、ただ彼女と会ったり話したりできないであろう中学校生活を思い描くだけだった。
それなのに、僕の初恋は、今再び動き出そうとしている。
「ほ、本当にこの高校だったんだ…」
ファンも多かった桜木さんの話題は途切れつつも同じ小学校出身の生徒間で広がっており、ついには彼女がこの高校を受けるらしい、という噂まで出回った。どこまでが本当なのかはわからなかったが、偶然にも僕はその高校を視野に入れていたため、かなり背伸びをすることにはなったが受験した。そして、ほぼ奇跡とも思われる成績でなんとか合格し、今日、入学式を迎えた。…のだが。
教室の黒板に貼られた座席表の中にある、「咲間陽輝」という自分の名前、そしてそのすぐ下に。
「桜木うらら」
…神様、これは、まだチャンスがあるって思っていいんですか?
昔から私は、人の気持ちに敏感だった。感受性が強いっていうんだろうか。とにかく、誰かが笑っている時はすごく楽しいけど、誰かが泣いていたり、しんどいって思っていたりすると、なんとなくそれを感じ取ってしまい、自分までその負の感情に引っ張られてしまう。だから、周りの人を嫌な気持ちにさせたくなかった。私も嫌な気持ちになんてなりたくなかったから。いろんな人に「優しいね」って言われるけれど、本当は私、そんなに優しくないんだと思う。
ありがたいことに、告白されて交際を申し込まれることもたまにあった。でも私は、どんな人に何を言われても断ってきた。それにはわけがあるのだけど、誰にも言えない。きっと、そんなことで悩んでるのかって笑われてしまう。
中学は受験をして、私立の女子校に通っていた。自分を変えたくて環境も大きく変えたのだが、結局あまり変われなかった。相変わらず人間関係には敏感で慎重すぎるぐらいだった。この性格が功を奏して女子同士のいじめとかには巻き込まれずに済んだけど、いつも周りを見ながら時には怯えて、私は何も関係ないのに学校に行きたくなくなることもあった。それに小学校からの内部進学者の子たちは当然お嬢様ばかりで、気の強い子が多かった(もちろん優しい子もいたけれど)。そういう子とも表面上は上手くいっていたが、たぶん裏で何か言われていただろうし、そんなことを考えながら学校生活を送るのはもう嫌だった。エスカレーター式で受験せずに高校に進学することもできたが、やはり女子校は私には合わなかったので、ごく普通の公立高校を受験するという選択をした。
ここで何か、変われるだろうか。
言おうとした言葉が喉元でつっかえて、心にブレーキがかかって結局何も言えない自分も、他人の感情に振り回されて勝手に涙ぐんでしまう自分も、いつまでも過去に囚われる自分も、私は嫌いだ。
みんなが好きと言ってくれる私は、きっと本当の私じゃないんだ。
…別に全員に受け入れられたいとか、そんな欲張りなことを望んでいるんじゃない。誰か1人でもいい。私の本音に触れても、それでも私のそばにいてくれる人に、ここで出会えたらいいな。
そんなことを考えながら迎えた、入学式の日。
「こちらにクラス掲示してありまーす!クラスと番号を確認して、教室に行ってください!」
人混みの中、背伸びをして自分の名前を探す。…あった。1年A組だ。
教室に入って座席を確認すると、ふとある名前に目がいった。
「咲間…って、もしかして」
あまり見ない苗字だし、まぁ間違いないだろう。小学生のとき何度か同じクラスになったはずだ。
そっか、こういうこともあるんだなぁ。…懐かしい。
正直咲間くんのことはそんなに覚えてないけど、すぐ前の席に知り合いがいて良かった。
そしてだんだん席が埋まっていくうちに、ついに彼も姿を現した。
…私のこと、覚えてるかな?
声をかけるべきか悩んでしまうが、その必要はなかった。
「…あの、久しぶり」
「えっ…?」
「あ、あれ?ごめん、人違いかも…小学校一緒だったと思ったんだけど」
咄嗟に言葉が出てこなくて、困らせてしまった。
「ううん!合ってると思う!えっと…咲間くん、だよね?」
慌てて返事をすると、彼は強張った顔を綻ばせて笑った。
「うん。まさか桜木さんと一緒とは思わなかったからびっくりした」
「ね!こういうことってあるんだね」
2人でくすくすと笑い合い、よろしくね、と言い合った。
あの頃に比べたら背も伸びたし声も低くなっているけれど、笑顔は全然変わってなかったな。
ほっと安心すると同時に先生が入ってきて、そわそわと落ち着きのなかった教室内の視線が一斉に集まった。
先生の話を聞きながら、これからの高校生活に思いを馳せる。
今日から始まっていくこの生活が、どうか良いものでありますように。
第1話 終
最後まで読んでくださりありがとうございました!
はじめまして、投稿主の玲(れい)と申します。初めて小説を投稿するので緊張しております…。。
実はこの「優しすぎる君に。」は数年前に考えていたものなのですが、書かず終いになっていたので、当時書いていたノートを漁りながら設定やストーリーを練り直して書いたんですよね。
そしてもう少し言うと、実はこの2人の他にもあと3組ほど書きたい子たちがいまして。
全部完結させるのに一体何年かかるんだか…。
「優しすぎる君に。」自体も不定期更新になります。今のうちに宣言しておきます。
今は夏休みなのでなんとか書けていますが、学校が始まるとなかなか…。
更新は亀🐢レベルに遅いと思いますが、なるべく面白い話を書くつもりなので、次回も読んでくだされば幸いです。どうぞよろしくお願いします!
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!