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院瀬見のことを意識しだした日から三日が経った。といっても、俺の態度とか行動を院瀬見のためにいいように変化させようとまでは思っていない。
そもそも院瀬見はモブ男子たちにちやほやされることに飽き飽きしているのであって、そこに俺というよく分からない態度の奴がいたから興味を持った。
だから俺に対しての態度が変わっていったのだ――と思ったに過ぎない。
それなのに、
「翔輝さん、おっそーーい!」
バイトがあるということで早起きをしたこの日の朝。俺は時間に余裕をもって、誰よりも早く駅南口にある宝くじ売り場前に着いた。
誰もまだ来ていないという優越感にひたろうとしていると、多くの人が行き交ってうるさい駅通路の中で、誰かが俺を呼んでいることに気づく。
こんなに雑音が響く中で随分と声が通っている、という時点で大体予想は出来ていた。だがいつもと違うし、別人だろうという思いもあったせいでよそ見をしようとした、その時だった。
「こらーーっ! 何でシカトするんですかぁ!?」
そう言いながら俺に勢いよくタックルをしてきたのは、長い髪が耳と後ろしか見えないくらい深々としたツバ広の麦わら帽子をかぶった女子だった。
全身は夏らしく白のキャミソールに涼しそうなライトブルーのデニムワイドパンツを合わせていて、その上にボレロカーディガンを合わせている、何とも可愛らしい格好をしている。
俺が思っている女子とはまるで違っただけに、
「…………どちらさんで?」
――などと本音が出てしまった。
「本っっ当ーーに、翔輝さんっておかしなことを言う人ですね。だからこそ……、なんですけど。本当に分かってないんですかっ?」
声は間違いなく院瀬見に違いないし格好も気にしないでおくとしても、この口調には大いなる違和感がある。こんなにも甘ったるい言い方だっただろうか、と。
「何か変なもんでも食ったのか? つらら」
「そんなわけないじゃないですかっ!! でも、わたしですよ? 間違いなく!」
「アレか? 昨日のうちにどこかの世界から転生してきたとか?」
たまに幼馴染のアレがどこかの令嬢みたいになるが、院瀬見もその気《け》がある可能性がある。美少女選抜の優勝者だしなくは無い話だ。
「もうっ! まぁいいです。そんなことより、翔輝さんはいつまでずっとこんなところで待ってるつもりなんですか?」
「あん? 遅刻はしてないはずだけど……?」
誰よりも早く集合場所に来ているし、遅刻ということにはならないはず。
「あれ~? もしかして聞いてないんですか?」
「……何を?」
「七石先輩のイベント日は数日後にずれたんですよ~? 今朝のライネで知らされていたと思うんですけど~」
「はっ? 今朝?」
「ですです! この場で見てみてください!」
早起きをしてそのまま駅に来たから何も見てなかったが、まさかだよな?
「…………マジか」
イベントバイトからは確かに変更の連絡がきていた。そうなると、俺は何のために早起きしてここで待っていたというのか。
「――マジでした?」
「まあな。で、つららはバイトが無いことに気づかなかった俺を笑うために、変装までしてここに来たのか?」
俺の言葉に一瞬下を向いたつららだったが、すぐに俺の顔に向き直り、髪を隠していた帽子を取って顔を露わにする。
「違いますよ? 今日は翔輝さんと一緒にお買い物に行く日なんです」
「行く日なんです……って決定事項みたいに言うなよ」
「だって約束しましたもん!」
一応思い出すと、確かバイトが早く終わったら買い物に付き合うとかなんとか言ってた気がした。
「……バイトが別の日にずれたのに、それでも買い物には行くのか?」
「いけませんか?」
「駄目ってことは無いけど、俺が買い物ごときで喜ぶとでも?」
「喜ぶ必要なんて無いです。とにかく、行くったら行くんですっ! ですので、行きましょうよ~」
相変わらず強引な奴だな。
バイトだと思っていたら単なる買い物に付き合わされる時間とか。とはいえ、暇なのは事実だしここで帰ると新葉《アレ》がうるさそうだし、行くしかなさそうだな。
「……分かった。行くから駄々こね中止な。で、どこに行くんだ?」
「や、やったぁぁぁ~!!」
渋々ながら行くことを伝えると、院瀬見は運動神経の良さを発揮するかのごとく、その場で軽くぴょんぴょんと跳ねた。
格好が夏の格好だけに、ちらりと見えるへそに目のやり場が無い。
「そんな飛び跳ねて喜ぶことか?」
「だって嬉しいんですもん! 翔輝さんは嬉しくないんですか~?」
「……まぁ、暇つぶしになるからな」
「ふふん、素直じゃないですね~」
しかし俺が主導の買い物ではなく女子の買い物となると、色んな意味で体力を使いそうだな。下手するとバイトよりも疲れそうな予感しかしない。
「とにかく、移動でいいんだよな?」
「はいっ! それじゃあ行こ、翔輝さん!」
「お、おぉ」
院瀬見はただでさえ最強美少女なのに。まさかここにきて、ごく自然な可愛さを全面的に出してくるとは。
何となく感じるが、まさか意識をし出した俺への挑戦か?
「翔輝さん、離れちゃ駄目ですからねっ?」