【君に出逢うまでの長い長い話】
main:🧣👻
sub:🐖☁️🦑
+α:🍤
呪鬼の名前を引用してますが、呪鬼要素はミリもないです。
🧣が🐖☁️🦑達と家族になってる。名字は五色(ごしき)猿山じゃ無いです。
バカみたいに長い。
15000時越え。
pixivでも公開予定
(↑名前はチェシャじゃないです)
・
君に出逢うまでは、お互いにとって長い長い道のりだった。
「みどり……?」
「……エト…なんで、泣いてるの…?」
また君に逢えた事を、俺は奇跡と呼びたい。
・
俺は、春が嫌いだ。
日曜日。春の陽気が体を優しく包み、薄桃の花弁が視界を遮る中、公園のベンチに座って友人を待っていた。
「は…っくしょい!!ゔぅ〜…」
花粉の畜生め。
こんなに景色が美しく彩られる季節だというのに、花粉のせいでろくに目も開けられねぇ。そのうえ、くしゃみが止まらないときた。
新学期前に必要な物を買いに行くついでにゲーセンにでも、なんて考えていたが、どうやら寄り道はせず用事を済ませたらすぐ帰ることになりそうだ。
季節に対する憎らしい気持ちを誤魔化すように足を組み替える。
「ん?」
ふいに視界の端に白い煙が揺蕩うような、そんなモヤが見えて目を擦った。
花粉でとうとう目がイカれたのかと思ったが、どうやらそういうわけではないらしい。
「ラ ク 、ラダ ン……!」
プツプツと途切れる音は、まるで一昔前のラジオ放送を彷彿とさせた。
ノイズに混じったその音は人の声のように思えて、それとなく辺りを見回してみたけれど、それらしい人影は無い。
しばらくしたら声なんて聞こえなくなっていたので気のせいだったのかと首を傾げる。
あー…まぁそんな日もあるよね、とわからない事はわからないで放っておける事は、自他共に認める自分の長所の一つだ。
そんなこんなで約束した時間から三十分ほど経過した頃、遠くの方から大きな声が聞こえて溜息を吐く。
そんなんじゃ五月蝿いと怒鳴られるぞ、と思った矢先に、庭で花に水をあげていたお爺さんに注意されてペコペコと頭を下げていた。
「らっだぁぁぁあああ!!」
「はよー」
「遅れたぁー!ごめぇーーんっ!!」
「うるさいし遅いよ、ぺんちゃん。買い行きたいって言い出したのお前でしょ?」
「ごめっ、呂戊太の友達が家に来てて…」
「あぁ…確か、義理の弟くんだっけ…?」
優しくてチョロいコイツのことだ。
きっと義弟くんにお願い、なんて言われて少しゲームに付き合ってやったのだろう。
「そう!もー…覚えて欲しいから写真見せたいのにらっだぁ嫌がるから…」
「嫌がってはないよ。一回見せてもらったし」
これは嘘じゃない。写真を見ることについて、いつ見せてくれたって構わないと思っていたのに、その気持ちを初回でへし折ったのは親バカならぬ兄バカなお前の長話だ。
おかげで面識はないのに、二歳の頃にどうしたとか、三歳の頃ああしたとか、そんな情報ばっかり一方的に知っている。あのマシンガントークを二時間も三時間も一方的に撃たれるのは正直言って俺のHPが保たない。
たぶんコイツの親友である彼らもそう思っているだろう。
鮮やかな青と紫と緑を思い出して、心の中でそっと同情の念を送っておいた。
いつもお疲れ様です。
まぁ…要するに、コイツの義弟の写真を見る気が全然無いことについて、俺は全く、少しも、微塵も、悪くないってことが言いたい訳だ。
「まだ見せてない写真だってあるだろー!!」
「ハイハイ、また今度ねー」
「えぇー…」
「ホラ、買いに行かないと時間が無くなるよ?」
「え?…ワァッ!?もうこんな時間!?行こ行こ!!」
その日もいつもと同じように別のことに意識を向けさせて難を逃れた。
・
「っ…くしゅっ、はーっ……しんど…」
とうとう限界を迎えてきた鼻と目はもう既にパンパンだしグズグズだった。
薬飲んでてコレかよ!春なんて無くなっちまえ!と叫びたくもなるが、叫んだところで意味はないのだと理性が勝ったことによって、通りすがりの少年少女達に変な目で見られる事はなかった。
きゃらきゃら笑いながら公園を飛び出していく年下の子供達を見て、クスリと笑みが溢れる。自分も低学年の頃はあんなふうに外ではしゃぎ回っては怪我をして、家にいる兄たちに泣きついたものだ。
「あれ…あの子一人じゃん……」
大した広さもない公園。
その公演の真ん中に植えられた、大きな桜の木の根元に男の子が立っている。
桜を見上げて、ただ立っている。
「…もう時間も遅いんだけどな」
最近はこの辺りも物騒な話が出ているから、流石に見過ごせない。
これで翌朝のテレビニュースで小学生くらいの少年が行方不明で、なんて放送されたが最後、らだおは自己嫌悪に陥って首を吊る…のは家族が悲しむので、引きこもりくらいにはなるかもしれない。
「…ね、何してんの?もうそろそろ帰らないと日が暮れちゃうよ」
声をかけてから失敗したと思った。
抑揚が無くて愛想の悪い声なのに、笑うでもなく、目線を合わせてやるわけでもなく、ただ声をかけてしまった。
やばい。ここで泣かれるのはマズイ。
どうしよ…何も言わないし……
『困ったら笑っちゃうんだよね…ホラ、自分のせいだって言われても、俺にはその原因がわからなかったから…』
三番目の兄の言葉を思い出して、ニコォ…ととてもじゃないけれど気持ちの悪い笑みを浮かべて手を差し出す。
「えっと…帰ろ?」
わっと目の前の男の子の両目から涙が溢れ、幼い子特有の少し高めの声をしゃくりあげながら両腕で顔を隠しながら泣き出した。
俺の心はあっという間にめんどくさいという方へシフトすると同時に脳内はパニックを極めている。
レウの嘘つき!!全然ダメじゃん!?!?
めっちゃ泣いてるよ!!えぇ!?
静かだけどめちゃ泣いてる!!
兄のえぇ…としょぼくれている様子を思い浮かべながら、何とか泣き止ませようと考えてみるも、あんまりこういう経験値ないせいでなにも思いつかない。
あぁ、ここにぺんちゃんがいたら…アイツは年下をあやすのが上手くて人にも好かれやすいから、きっとこの状況もどうにかしてくれただろうに。
「あー、うーんと…なっ名前は?」
「……ひぐっ、ミドリ」
「みどりね?おけおけ。お家はどこ?」
「…ぐすっ」
あれ、もしかして迷子かぁ…警察?
あ…この子、怪我してる。
ところどころに見える傷の跡は、転んだとか、不注意だとか、そういうのじゃないものだった。
カッターとか、包丁とか、そういう先の鋭い刃物じゃないとこんな傷は出来ない。それに、青紫色の痛々しい痣は真っ白なハイネックの大きなパーカーの袖に隠れているものの、見えるだけで五つほど。
コレは只事じゃねぇ、と頭の中で嫌な想像がたくさん頭を駆けて行った。
「俺の家、来る?」
「…ラダオクンの、お家?」
「そ、俺の家。兄が三人いる…両親は蒸発、今は親戚が面倒見てくれてる。とは言っても、ソイツらは家には居ないよ」
だから安心して欲しい。
心優しい兄達のことだから、きっと事情を話せば一日くらい家に置いてくれるだろう。
「……ラダオクンは、イマ楽しい?」
「…ん?………まぁ、そうね。ぺんちゃ…絵斗っていうんだけど、親友だっているし、家族は優しいからね」
ぼぅっと俺を見上げて、暫くの無言。
一度俯いて、もう一度顔を上げて、何を言うかと思えばヘラリと笑った。
綺麗だと思った。
月並みな言葉で言うなら、ほんのりと染まった頬と微笑。それから、夜桜に映える瞳が。
「……ソッカ…俺も、帰る」
「…一人で帰れる?一緒行こうか?」
「ウウン…また、会いにきてくれる?」
「いいよ、明日会いにいく」
明日は新学期なのに、きっと夜は焼肉パティーにでもなって、行くのは夜遅くになるだろうに…自然とそう言っていた。
「また明日…遅くなるかもだけど…」
「ウン、ずっと待ってる」
後ろ髪を引かれるように何度も公園を振り返る。みどりは俺が角を曲がって見えなくなるまでずっと手を振っていた。
・
家に帰って早々に何があったのかと問い詰められた。なぜそんなに焦っているのか不思議に思って時計を見れば、時間は八時。
約束していた七時から一時間もオーバーしている。
「友達に会ったんだ、公園で」
「ホンマか?悪いことしてへんやろなぁ?」
二番目の兄が瞳をキュッと細めて、ジッと顔を覗き込んでくる。
大丈夫だから、と顔を押し退けて、一番怒っているのにニコニコと笑っている一番目の兄に勢いよく頭を下げる。
「ホンットーに、すみませんでした!!!」
「うんうん、謝れて偉いね。だけど、それとこれとは別だよね?だから、今日の皿洗いは任せるよ」
「ヴ…は、はい……」
皿洗い…明日じゃないだけマシだ……
明日はきっと焼肉とかになるだろうから、あの油まみれのベタついたプレートを洗わなくていいだけヨシとするべきだ。
あ、でもみどりと会う約束をしたんだっけ………
俺はどうやって会う機会を作り出すべきか手を洗いながら考えていたおかげで、冷水をジャバジャバかけていた手はいくら春といえどもキンキンに冷たくなってなかなか温まらなかった。
「……レウは今日もダメそう?」
「レウさんならリビングのソファーで寝てるよ、しばらくしたら起きると思う」
「今日はいつもより元気そうやったな」
冷え冷えの手にハーッと息を吐きながらきょーさんに聞いてみると、コンちゃんときょーさんからダブルで返事を貰って良かった、と嬉しくなった。
三番目の兄はある日を境にめっきり外へ出なくなってしまった。レウの双子で二番目の兄であるきょーさんは理由を知っているらしいけど、俺が聞いても秘密の一点張り。
最近は調子が良いみたいで話をしたりゲームをしたりしてくれる。
「…らっだぁ」
「なに?」
「今日、いつもと違うことあったか?」
「いつもと違うこと…?」
何も無かったと思う。
強いて言えば、新しく友達と呼べる存在が出来たことくらいだろうけど、それはわざわざ言うことでもない。
いくら家族といえど、プライベートな事まで共有しないといけないなんてルールは無いのだから。
「いや、特にないよ。なんで?」
「…んーん。なんでもないならええわ」
「えぇ?どういうことよー」
「まぁまぁ、気になっただけやって」
ポンポンと肩を叩かれて、ムスッと頬を膨らませる。
きょーさんはこういうところがあるのだ。
何か特定の事柄はのらりくらりと躱して、話そうとしない。その割に俺のやる事にはいちいち釘を刺してくるのだから、そりゃあ喧嘩もよくする。
「らっだぁ、おかえり」
「れう〜!起きたんだ、調子どう?」
「さっき起きたんだ、元気だよ」
タオルケットを肩にかけながらレウがふんわりと笑う。
そんなレウの隣に座って、今日あった事なんかを話していると、みどりの話になったところできょーさんがストップをかけた。
「もー、さっきからなに?」
「お前の言い方やと…その…えぇ、言って良いんか?コンちゃん!コンちゃんなら今の俺のこの複雑な気持ちがわかるやろ!?」
もどかしい!と言わんばかりに掌を上に向けて指を蜘蛛の足のようにわきわきと動かす様子を見て、珍しく紅茶ではなくコーヒーを飲んでリラックスしていたコンちゃんがクスクスと楽しそうに笑った。
いや、何が言いたいのかさっぱりだ。
誰かわかるように説明してくれ。
助けを求めるようにレウを見ても、生暖かい温度の視線を向けられるだけだった。
「お、男……お前のそれは男向けやったんか……いや、否定するつもりはないで?ただ…あー…どーりで今に至るまでの十数年の間に一人もカノジョが出来んかったわけや…」
突然のカノジョいない歴をディスられてカチンと頭にきた。その感情を隠すことなく表に出す。フンと鼻を鳴らして、ジトっと目を半分伏せてきょーさんに向かって指を指した。
「きょーさんだって最近いないじゃん」
「俺はええの。作ろうと思えば作れるし」
「うわ、クズ発言」
「あ?なんやと??」
カバディカバディ、と威嚇ポーズをしながらもコンちゃんの影に逃げ込む。
きょーさんが色々なとこでコンちゃんに弱いって事を俺は知っているのだ。
予想通り、コーヒーカップ片手にニッコリと笑うコンちゃんと目があったきょーさんは右へ左へと視線を彷徨わせ、最終的に大きく溜息を吐いてから椅子に座った。
勝負あったな。
ふふん、ざまぁ見やがれってんだ。
「明日は新学期でしょ?早く食べて寝な」
「そーする!今日のご飯はー?」
「唐揚げだよぉ〜」
「よっしゃー」
・
長くてゆったりとした、寝るために用意されたような声量の校長挨拶。
それに続けてPTA会長の挨拶なんてものもあるのだから、これはきっと寝なさいという神のご意向なんだ。そうとしか捉えられない。神のご意向だから、多少頭が揺れるのは仕方ないんだ、とくだらない言い訳を並べて襲いくる睡魔に抗う。
もう睡魔に負けてガックンガックンとヘッドバンギングの如く頭を揺らしているぺんちゃんを視界の隅にやりながら、どうにか意識を逸らそうと努めていると、不意に校庭の桜が目に入った。
「…え……?」
桜の木の横に、みどりがいる。
慌てて目を擦ってもう一度見直した時には、みどりの影なんてどこにも無かった。
そこにはポツンと一本の桜があるだけだ。
「…何だったんだ………?」
心霊体験のようなそれに、少し冷たい汗が背筋を伝う。あれだけ眠たくて朧げだった頭はスッカリ冴え、目も覚めてしまった。
「らっだぁ…!ほら、いくぞ!」
「え?あれ、もう終わった?」
「ボーッとしてたけど、なんかあった?」
「……んや、眠かっただけ」
始業式はいつのまにか終わっていて、生徒がゾロゾロと揃って体育館を出ていくところだったらしい。
慌てて座面の固いパイプ椅子から立ち上がって、ぺんちゃんの誰の話がどう長かったと言う不満を聞きながら体育館を後にした。
校庭の桜にはやっぱり誰もいなかった。
「やったならっだぁ!クラス一緒だ!」
1-Aの出席番号が五番と十番。席も隣同士なりそうで、やったな、と二人で笑った。
それなのに、教室にやってきた快活で、いかにも体育会系です。というような担任が白い歯を見せてニカっと笑った。
「席替えをしようか」
その言葉のせいで隣同士ではなくなってしまったけど、窓際の一番後ろの席という良い席を引いたおかげでプラマイゼロかな、なんて最前列のど真ん中を引き当てて涙目になっているぺんちゃんを見ながら思った。
お前は変なとこで運がいいね…あー、いや。この場合は運が悪いなのかな?
ドンマイ。残念だけど、俺はどれだけ金を積まれてもこの席を代わってはあげないよ。
家から持ってきた飴を一つ、口に放り込んで外を眺めた。甘い。
春の風は相変わらず花粉を運んでいるようで憎らしいけど、逆に言えばそれさえなければ暖かい日差しもあってまぁまぁ快適な季節だ。
「…となる。いいかー?」
え…なんだっけ。
あ、そうだ、不審者が出たから東地区の生徒は気を付けろだっけ?
遅い時間帯になると帰ろうとしている子供に怪我を負わせていなくなるっていう…
でも俺は西地区だから関係ないね、俺の場合は不審者が来たら家に帰るのが最善策。
コンちゃんはああ見えて体術が上手いし、きょーさんは完全な武闘派だ。
それでいて二人とも頭も顔も良いんだからこの世は不公平だと思う。
「ふぁ……」
「こら、五色?眠そうだなぁ。先生が言ってた事をもう一回言ってみろ!」
「…んぇ?」
あぁ、でたでた。
面倒な教師特有の、ちゃんと聞いてたなら出来るよな?っていう吊し上げ行為。
実際聞いてなかったし、どうしようかな。
素直に謝る?それはちょっと癪に触る。
「…明日は短縮授業ダッテ」
誰か知らないけど優しい人がいるらしい。
わざわざ手を差し伸べてくれるなんて良い人だ。
「…明日は短縮授業って話ですよね」
「な、んだ…ちゃんと聞いてるじゃないか」
「すみません、校長の話の余韻がまだ残ってるみたいです」
遠回しに校長の話が長すぎだったと主張すれば、ぺんちゃんと同じように体育館の隅でヘッドバンギングをしていた担任には何も言えなくなったらしい。バツが悪そうに唸って、すぐに話題を切り替えた。
お礼をするべきかと周囲を見渡したが、横の奴は半寝状態で、前のやつは机の陰でスマホをいじっている…おい、校則違反だぞ。
とまぁ、いろいろあるけれど、どちらも俺に教えてくれた救世主ではなさそうだった。
……あれ、じゃあ誰が教えてくれたんだ?
窓はどこも開いていないのにそよそよと風が流れて、ほのかに桜の香りがした。
・
その日の夜はやっぱり焼肉パーティーになって、なかなか家を出る機会が無かった。
だから、ちょうど食べ終わりって頃合いを見計らって、アイスが食べたいと声を上げる。焼肉後のアイスが至福であることを知ってる兄達は揃って冷凍庫を漁った。
「うわ、アイスないじゃん」
「えぇー…俺もうすっかりアイスの口になったんやけど…」
コンちゃんの声にきょーさんのガッカリとした声が重なる。
俺は至極普通の様子を保って、意味もなく見ていたスマホの画面から顔を上げた。
「えー?買いに行く?」
「誰が行くねん…俺は行かへん。嫌や」
「レウさんは論外だもんねぇ…うぅーん、俺もやだぁー……」
そしてここで気がつくのだ。
昨日、遅れて帰ったん日の皿洗いをやったのは、結局誰だったのか。
「あ。そーいえばお前、昨日腹痛い言うてトイレ閉じ籠ってた所為で皿洗いしとらんやんけ」
そう。実は昨日からこの計画を立てていた俺は、食事の後コッソリ冷凍庫のアイスを食べまくって腹を壊し、皿洗いをパスした。
腹痛に苛まれている間は本当に辛かったし、アイスを勝手に食べまくったことがバレないか本当にヒヤヒヤしたものだ。
シナリオ通りに進む事にニヤけそうになる口の端を気合いで制御して、心底めんどくさそうに、ゔわぁ…と声を出した。こう言う時はちょっとわざとらしいくらいが丁度良い。
「えぇー…俺ぇ?」
「行ってこい行ってこい、昨日の皿洗いサボったやろ。コレでチャラやな」
「いや、サボったわけじゃないし…」
「まあまあ…らっだぁクン、君に任せたよ」
コンちゃんから五千円札を手渡される。
きっといくつか見繕ってこいという事なのだろう。いかにも渋々…といった感じで薄い上着を羽織り、足にサンダルを引っかけて玄関の鍵を開ける。終始怠そうな様子を崩さずに外に出て、しばらく歩く。
幸いな事に、コンビニのある方向には待ち合わせをした公園があるのであまり帰り道の時間も特に気にせず夜の道を走った。
「みどり!いる?」
「ラダオクン、コンバンハ…!」
「うん、昨日ぶりだね!」
陰からパッと飛び出してきたみどりに駆け寄る。
口元に手を当てて、くふくふと嬉しそうに笑うのが可愛らしくて自然と笑みが溢れる。
あぁ、楽しいな。
このまま二人で過ごして、一緒に夜を越すなんてのも良いかもな。
「みどりはお家の人ヘーキ?」
「ア、ウン!…仕事、仕事デイナイノ!」
「そっか…一人で寂しくない?」
「ウン、大丈夫」
それから、しばらくの時間はお互いの話をして盛り上がった。
俺は学校でのつまらなかった事、苛立った事なんかを不満げに訴えれば、みどりはくすくすと笑っていいね、と返した。
「みどりと初めて会った時もここにいたけど、この公園が好きなの?」
「ウーン…そうだね、好きなんだと思う」
「思う…?」
みどりによると、彼がここによくいるのは、大切な人と会うためなんだとか。
その大切な人とはもう随分と長い間会えていなくて、いつか必ずやってくる再開の日を待っているうちにらだおと出逢った、と。
大切な人。
女?男?コイビトだったりするのかな。
俺よりも年下なのに、やけに大人びた顔で遠い遠い過去を懐かしむような顔。
誰が見てもその大切な人とやらが言葉通り心底大切で、愛しい存在なのだとわかる、そんな優しくて暖かい、慈愛に満ちた表情。
羨ましくない、なんて強がりが出来ないほどに俺は羨望していた。
羨ましい、名前も顔も知らないソイツは、俺が仲良くなりたいと思っているみどりにそんな風に懐かしんでもらえるほど記憶に刻み込まれている。
線香花火のような、一瞬の鮮やかさに目が眩んで触れてしまうと、あっという間にヤケドしてしまう、危険な感情。
「…ラダオクン?」
「好き」
「……………ぇ…?」
行ってしまってから悟った。
この感情は今すぐ隠さなければいけない。
大切な人を待ち焦がれる、その美しい目の前の穢れなき存在に、俺の汚い感情を流し込んではいけないと。
なんていうのは都合のいい言い訳で、本心では伝えた事によって、このささやかな関係性が壊れてしまうのが怖いだけだ。
どこまでも利己的で汚い欲の塊。
「ラダオクン…その…」
「お、俺…!その、アっアイス買ってこないとなんだ!そろそろ行くね、また今度!」
たった今思い出したかのように勢いよく立ち上がって、みどりの言葉を遮った。
結果なんてわかりきっていたから、聞きたく無かった。
耳を塞ぐ以外に逃げ道が欲しかった。
「ア……ン、わかった。またね、ラダオクン」
みどりの一瞬浮かんだ寂しそうな顔が、頭に染みついて離れない。
やってしまった。
あれはあからさまに悪い態度だった。
愛想のなさに涙が出そうだった。
それからのことはあんまり覚えてない。
帰りが遅いと怒る兄達に沈んだ声で言葉を返して、適当に選んだ少し溶けたアイスとお釣りをテーブルに置いて、早々に部屋に向かって凹んだ心を慰めるように布団を頭から被った。
・
「死んだら人は何になると思う?」
俺の問いに、誰かがこう答えた。
「死んだら人は何にもならない。屍となり朽ち果てるだけだ」
なるほどそうか。じゃあ俺は死んだらそこで終わりというわけだ。
俺の納得した様子を見て、君はこう言った。
「死んだら人は思い出になると思う」
ずいぶん抽象的な話だと思った。
ところどころにロマンチックな理想を持ったヤツだとは思っていたが、こんなにファンタジーでふわふわした中身の無さそうな意見を出すなんて。
「お化けになるとか、ゾンビになるとか、骨になるとか。いろいろあるけど、やっぱり思い出になるのが一番良いんじゃない?って俺は思うよ」
かちゃかちゃと立方体のパズルを弄りながら意見を述べるが、視線は手元のそれに向いたまま。今日の天気を述べるような淡々とした語りはいつもの事。
しかし、そんなの主観的すぎる。あまりに自由な発想で、論争にすらならない。
そう伝えると、凛として真っ直ぐな瞳が自分を射抜いた。
「ダメなの?死後のことなんてどーせ夢もへったくれも無いんだから、好きに想像したら良いのに。俺以外の存在は死んで幽霊になったところで長い間自我なんて残せないしね」
初めて知った。幽霊になると自我は残らなくなるのか。
確かに、ホラー漫画やホラーゲームでは意味のない単語を呻くモノがほとんどだ。
「幽霊なんてその瞬間の強い意識の残り香みたいなモノだからね。残留した強い思いだって、長い年月を過ぎれば元のカタチじゃいられない」
なんか香水みたいだね、俺はつけた事ないけど。
そう呟いたら、その例えは結構イイかも、ピッタリだよ。なんて返された。
どこから取り出したのかわからない小さなボトルの中身を、されるがままに曝け出した手首にシュッと吹きかけられた。
何だかわからないけど、とりあえず良い匂いがする。
「アロマスプレー。体に使っても大丈夫なヤツだから安心して。これはシトラスブリスっていう香り……甘い匂いだけどサッパリしてるの。良いでしょ」
自分にも吹きかけてからすうっと息を吸い込む姿を真似て、すんすんと匂いを嗅ぐ。
確かにほんのりとした甘さに爽やかな柑橘系の香りがして重すぎない。
アロマスプレーについて少し話していたら、いつのまにか匂いがしなくなっていた。
良い匂いだったのにな、なんて残念に思いながら顔を上げて視線を向ければ、目が合った瞬間フフッと、笑われた。
「ね?そういうことなんだよ。どう足掻いたっていずれ元のカタチが無くなっちゃうから、思い出に変えてずっとずっと大切に残しておくの」
そう言われてから、何だかその考えがしっくりときた。
何度か言葉を反芻して、ふとある事に思い至る。
誰の思い出にも残らなかった場合、死者はどうなるのだろうか?
「んー…どうだろ。その時は消えてなくなっちゃうか、壊れてバケモノになるかだね」
突然のホラーに酷く寒気を感じたことだけは確かだ。
予告の無い脅かしに若干苛立ったため息が出てしまうのはご愛嬌だろう。
「お前が死んだら俺が思い出にしてとっといてあげる」
「じゃあ俺はずっと待ってるね」
「待ち合わせはどうしようか」
きょろきょろと二人で辺りを見回して、きっと同じところで目が止まった。
館の外にある大した広さの無い庭の真ん中にポツンと一本だけ植えられた桜の木。
顔を見合わせて、悪戯を考えついた子供みたいに声を潜めて笑った。
「「待ち合わせは、あの桜の木の下で!」」
遠い遠い、昔の話。
長い長い生の、ほんの一瞬の出来事だった。
・
窓が開いている。桜の花弁が音もなく頬の上に乗った。
いつもなら花粉を嫌ってすぐに窓を閉めるのに、今日は夢の余韻が残っている所為なのか何だかその気になれず、暫くの間はまだ薄暗い外の様子を眺めていた。
「………思い出になる…」
『待ち合わせは、あの桜の木の下で!』
『大切な人を待ってる』
「………みどり…?」
確信は一つも無い。
夢物語に過ぎないけれど、もしこの夢がかつての俺であって、あの顔も思い出せない話し相手がみどりだったなら…みどりが待っている人が、昔の俺であったなら。
そんなもしもに縋って、薄い上着を羽織り、サンダルを引っ掛ける。
「はぁっ、はぁっ…」
今、すごく会いたい。
告白したとか、振られかけたとか置いといて、とにかく会いたかった。
今みどりに会わなければ、二度と会えない気がした。
「みどりっ!」
夜じゃなくて、朝。
東の空が白み始めた時間帯。花弁に光が透けて朧げな輪郭。
一本しか植えられていない桜の木はその明るさに溶けてしまいそうだった。
そして、桜の木の下で誰かを待つ後ろ姿を見て確信した。
あの約束は今、この瞬間に果たされるのだと。
「オハヨ……今日は随分と早いね」
そう言って笑うみどりの輪郭は、桜の花弁と同じように光を透かせて朧げに霞んでいる。
……幽霊…みどりは、死んでいたんだ。
形容し難い悲しみの渦が腹の底からぐるぐると螺旋状に込み上げてくる。
俺を見て困ったように笑ったみどりは薄くなった足を動かして目の前に立ち止まった。
「……幽婚でもする…?」
「…意味が違うんじゃない?……知ランケド…」
「意味が違くてもいいよ…俺はみどりと一緒にいたい……」
どうして、どうしてみどりは死んじゃったの?
俺も死んだら一緒になれる?
初恋だったの。
初恋は叶わないなんてよく言うけど、まさか幽霊に恋するなんて思ってもいなかった。あまりの滑稽さに、このシナリオを描いた作者は、きっと今頃大喜びで両手を叩いて嗤っているに違いない。
「……みどりは成仏するの…?」
「ンーン…形が保てないから消滅するの」
「………………は?」
じゃあ、みどりにはもう二度と会えないじゃん。
消滅って何よ。知らないよ、そんなの……まだ出会って二日だよ?
約束だってようやく果たせたのに…それよりも昔のことはまだ思い出せない。
全部思い出して、二人で一緒に懐かしいねって笑い合いたかった。
……あれ…形が保てれば、消えないんだよね?
まだ薄れていない両方の手を掴んで、俺はグッとみどりに向かって身を乗り出す。
目を丸くして少し体をそらせたみどりはパチパチと瞬きをした。
「俺に取り憑いて!みどり!」
「…………………………ハ?」
「みどりが俺に取り憑けば形を保つ為の力を回収できるじゃん!そうすればみどりも消えなくて済むよね、そうでしょう?」
「イヤ、イヤイヤイヤ…待って、待って待って!落ち着いて!!…言ってる意味分かってんの!?」
「そんなのわかって………!」
「わかってないよッ!!」
何にもわかってない!そう繰り返して首を横に振ったみどり。
俺は不思議でしょうがなかった。
どうしてわかってくれないの?
俺の事が嫌いなの…?
俺に取り憑けば悲しい思いをしなくても、辛い別れをしなくてもいいのに。
「殺したくないの…ラダオクンを、殺したくないよ………」
「死なないよ、大丈夫だから。俺は死なない…だからお願い、みどり…」
みどりは少し怯えたように俺を見てハッと目を見開いた後、少し悲しそうに笑った。
…わかった、よろしくね……ラダオクン。そう言ったみどりが俺を抱きしめる。
自分の中に自分以外の存在をもう一つ招き入れたような、人をもう一人抱えたような、そんな明らかな違和感ですら、みどりから与えられたのだと思うと愛しく感じられた。
俺は狂ってしまったのか。そんな気がする…でも構わない。
「よろしくね、みどり………」
自分の喉をするりと撫でて、ほぅっと感動の溜息を吐く。
これでもう離れない。
俺のもの、俺だけのもの。
・
満たされた心地のまま家へと帰る。
家の目の前まで辿り着くと、玄関からきょーさんが飛び出してきた。
普段じゃ滅多に見られない慌てようにどうしたのかと首を傾げる。
「らっだぁ……お前っ………!!」
「なぁに?………きょーさん、ソレ…何?」
自分でも、こんなに低い声が出せたのかと驚いた。
きょーさんの手に握られた長方形の紙切れ。
表側には小難しい模様が描かれていて、俺達にとって害のあるものだと言うことだけはハッキリと感じられた。
内側にいるみどりを守るように自分の身を抱いて後退る。
「らっだぁ、今すぐソイツを出せ…!」
「ヤダ。きょーさんには関係のない事だよ」
「らっだぁ!」
「みどりに触んないで!!」
「!!」
伸ばされた手を叩いて、目の前の敵を睨みつける。
そう、敵だ。みどりと俺の世界を壊そうとする、敵の一人。
みどりは殺さない…絶対に離さない……!
違うでしょ、何考えてんのって頭のどこか片隅の方で否定してるけど、それもすぐにドロリとしたモヤの中に溶けて消えてしまった。
「……中のヤツ。お前聞こえとるやろ…頼む、弟なんや…頼むから、殺さんといて………」
悩むような態度が氷が溶けたみたいに緩んで、願うような言葉と共にきょーさんのべっこう飴みたいな目からポロポロと涙が流れて、頬を伝う。
「ごめんきょーさん。おれ、みどりがすきなの……みどりに、きえてほしくない………」
何の涙がわからないけど、自分も流していた涙がアスファルトの上に音もなく落下した。
その瞬間に、身体中に重石が乗ったみたいに自由が効かなくなって、立っているのもやっとになる。
なんで、なんでなんでなんで?
どうして出て行こうとしてるの、みどり?
とうとう立っていることすら出来なくなって、地面に膝をつく。
弾かれたように俺のそばにしゃがみ込んで心配してくれたきょーさんの声が段々と遠ざかって、そして聞こえなくなった。
暗転。
・
次に目を覚ました時には、あんなに明るかった空がオレンジ色に染まっている頃だった。
トロリとした目玉焼きの黄身のような濃い色を見つめて、次に部屋の隅に置いてあった鏡が目に入る。そこに映った自分は酷いものだった。
目の下には濃い隈が存在を主張しているし、顔色だって悪い。
唇はカサついていて、髪だって何日も洗っていなかったみたいに艶がなくなっていた。
そして何よりも、みどりが居ない事が気に掛かった。
なんで、どうして。語彙力の低い小学生の言い訳のような言葉に思わず苦笑する。
何だか酷く焦っていた気がする。どうしてあんなに焦っていたんだっけ…
部屋の扉がコンコンコン、とノックされ、返事をする前にそっと扉が開かれた。
「…きょーさん、おはよう」
「………アイツは祓った」
「…そっか。いや、何となく察してはいた」
だから大丈夫、とは決して言わなかった。
酷く簡潔で、酷く優しい配慮に感謝して、それをそっくりそのまま返しただけだ。
気を失う前の激情と打って変わって落ち着いた今の心がなんだか物悲しい。
ベッドの横にただ座って窓の外を見ているきょーさんの手を意味もなく弄った。
指先をつまんで持ち上げてみたり、手の甲の筋を自然で辿ってみたり。
そうして少ししたら、言いにくそうにきょーさんが口を開いた。
多分、俺が何で怒らないのか不思議なんだろうな。
まぁ、さっきまであんなにブチ切れてたし、そう思うのも当然か。
「憎いって思わないんか……俺は、お前の初恋相手を殺したのと同じようなもんやろ」
予想通りの質問に苦笑しながら、視線を窓の外に向けて沈んでいく夕陽を眺めた。
「………んー…そうだね………」
言葉にするのは少し難しいのだけれど、みどりの側に居る時は多幸福感に包まれるのだ。
それこそ新学期の前日の日、予定が合うわけもないのにお願いを聞いて何も考えずに頷いたように…新学期の日の夜、俺が何とか口実を作って会いに行った時のように……何かを犠牲にしてもみどりを前にすると恐ろしくちっぽけでどうでもいいことに感じてしまう。
きっとその犠牲は時間の流れとともに徐々に大きくなっていくのだろうと感じていた。
時間が、体が、関係が……全てを犠牲にしたら、今度は自分が。
みどりの無意識のうちに、幽霊としての本質が俺に作用していた。
狩る側と狩られる側の式が、どちらの意思も無視して勝手に組み上げられていたんだ。
「言い方が酷くなるかもだけど……仕方のない事だったから…かなぁ……」
「………仕方の…ない事……」
「それに、あの時は俺もみどりも自由がなかった。まぁ、俺は正直言ってあのまま一緒に死んでも良かったかなー?なんて思ったりしちゃうけど…お互いの意思が尊重されない思いはただのエゴだからね……中学生にしてはカッコ良すぎるか…」
うんうん、カッコ良すぎるのも問題だわ。もうちょっとイケメンオーラ抑えないとね。
にっこりと笑って見せても心配そうに、申し訳なさそうに眉を下げたままのきょーさん。
………あぁ、どうしようかな。
ちょっと注文していいなら、少し一人にさせて欲しいんだけどな。
そんな風に思っていたら扉がゆっくりと開いて、レウが顔を覗かせた。視線だけできょーさんに出ていくよう伝え、自分は入れ違うように部屋に入ってくる。
流石にこれ以上誰かと居るのは辛いと感じて、笑顔のままそっとレウの袖を摘んだ。
「レウ、俺としては今ちょーっと放っといて欲しいって言うか………」
「らっだぁ、泣いても良いよ」
頭を抱きしめられて、レウの縞模様の部屋着が目の前を揺れる。
囁くような、そっと慰めるような声に、いつの間にかハラハラと涙が流れていた。
「………はは…それはズルいじゃん…」
くしゃりと前髪を握って静かに心を洗い流す。
優しすぎるこの兄は、俺がきょーさんの前で泣けない事をわかっていたのだろう。
俺が泣いたら、きょーさんが責任に思うことはわかりきっていた。
だから泣けなかった。泣かなかった。
でも、本当は馬鹿みたいに大声を出して泣き喚きたかった。
どうして、ときょーさんを糾弾して、その行動を責め立てたかった。
「……おれ、思ったよりも好きだったみたい……ちょっとの時間しか一緒じゃなかったのにね。これもみどりの幽霊の能力の仕業かなぁ…?」
「……そんな事ないよ…きっと、それはらっだぁの本心だったんだよ。そうじゃなきゃ、今こんなに涙を流すことなんてなかったはずだ」
「そっかぁ………うん…そうなの。おれ、みどりのこと大好きなんだぁ…」
口に出せば、しみじみと思う。
俺はみどりに恋をしていた。
人間らしい、醜くて汚くて滑稽で、あまりにも尊い恋をしていたのだ。
・
たった三日の、瞬きをするような短い時間での出来事のよう。
それでいて、何千年も前の長い長い時間を過ごしたかのようだった。
・
俺は、春が好きだ。
大好きな人との忘れられない一瞬が、その季節にはまだ残っているように思えるから。
そこに、大きな桜の木があったら尚イイ。
「みどり……」
公園の桜の幹に手を当てて、名前を口にしたら今でもひょっこりと顔を出してくれるんじゃないかな、なんて冗談を考えたり…
「ナンデ、名前知ってるの…?」
「………うそだ…」
記憶よりもずっと小さな身長。
大きなランドセルを地面に置いて、さっきまでの想像通りにひょっこりと顔を覗かせた小学生くらいの男の子。
思わず口にした言葉は随分と震えて情けない色をしていたと思う。
白いパーカーの布を手の平で握って、フードの隙間から俺を見上げる瞳はどこか胡乱げな雰囲気を漂わせていた。
「え、ぁ…う、えっと……君は?」
「…ミドリ…お兄さんが当てたんじゃん」
困惑した声が遠く離れた場所から聞こえる。
こんな奇跡があって、今後の俺は大丈夫なんだろうか。
「みどり……?」
「……エト…なんで、泣いてるの…?」
「あいた、かった……」
「エッ!?…泣かないで……ヨシヨシ…」
突然泣き出して、しかも抱きしめたのに幼いみどりの手は優しくて、酷く暖かかった。
「みどり……俺と結婚しよ……?」
「…防犯ブザーがランドセルにあるんだけど、それってこういう時に背負ってないと意味がなくなるってわかった」
「不審者じゃないもん…」
「ショタコンだからヤダ」
「みどり限定だもん…」
「ウワ…なおキモいじゃん」
「ご両親どこ…?みどり貰いますって言いに行かないと…」
「俺、施設育ち。あと貰われない。ヤメテ」
トゲトゲした言葉を使いながらも、まだ体に回した手を離さないでくれる事が嬉しくて、ぐりぐりと顔を押し付けた。
ちょっと鬱陶しそうに唸るところも可愛くて、笑みが溢れる。
「んへへ…」
「ナニ…?」
「俺の家に来ない?」
「……考えてあげなくもない」
この約束の場所でまたみどりに逢えた事を、俺は奇跡と呼びたい。
コメント
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rd→中学一年 md→うん千年前からずっと幽霊 ・ ・その後 ・ rd→中学三年生 md→小学四年生 おにショタっていいよね😊 (↑言うほど年齢差は無い)