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本日は朝早くから要塞都市東部の外壁の上で、帝都カトルをただ眺めるだけの簡単なお仕事をこなしていた。
「朝日が気持ちいいな……」
以前のような視線も感じないし、平和そのものだ。
この分なら今日は僕の出番もないだろう。
「向こうは忙しそうだが……私たちが行っても邪魔になるだけか」
リズは手に入れた聖剣を磨きながら都市内部を眺めていた。
あちらは今なお制圧中……といっても無人なので、各施設の掌握などがメインとなっている。
シルフィは神官として都市内の教会を調査中。
といっても形だけの小さな支部があるだけなので、それほど時間はかからないだろうとのこと。
そしてアゲハさんは鉱山都市から帰ってくるなり、泥のように眠ってしまった。
どこで寝てるのかは知らない……。
メイさんは今日も留守番するのかと思いきや、僕らと一緒に帝都監視の任に就いていた。
……監視してるの僕だけで全然仕事してないけど。
「ほれエル、できたで」
そう言ってメイさんは、リストバンドのようなものをこちらに差し出してきた。
さっきからずっと何かを組み立ててるようだったのは、これを作っていたのか。
「……なんですかこれ」
持ってみると少し重い……アンクルウェイト的なものだろうか。
これを付けてもっと鍛えろってことかな?
「なんで微妙そうな顔すんねん、エルが欲しい言うたんやないか」
「たしかに……細マッチョが欲しいです」
そして汗を流しながら、首からタオルを下げスポーツドリンクをおもむろに飲みたい。
「細マッチョ……? エル、諦めが肝心やで?」
試合を諦めろと諭された。
「そうやのぉて、これやこれ」
そう言ってメイさんが手首をクイッと捻ると、勢いよくワイヤーが飛び出してきた。
そしてもう一度捻ると、それは巻き戻り収納されていく。
「あぁ……交易都市で見たアレですか」
男心をくすぐるクールなロマン装備だ。
空を飛べたらいらない気がするけど……そういうことじゃないんだよなぁ。
「せや、ほれ付けてみぃ」
メイさんに促され、左手首に装着する。
付けてみると重さはほとんど気にならなかった。
「あとは手首を……こう?」
「ちゃうちゃう、ちょっとコツがいるんや」
その後メイさんにワイヤー射出のコツを学び、実際石壁に向かって放つと突き刺さる感触があった。
「あとはワイヤーを巻き取って……」
何の懸念もなく、クイッと手首を捻る――――これが間違いだった。
「――いッ!」
自身の体重と引く力が、全て手首に襲い掛かった。
そのまま派手にずっこける。
壁に衝突までしなかったのは不幸中の幸いだった。
「言うの忘れとったけど、手首に負担全部いくさかい気ぃつけてや」
「……それを早く言ってください」
手首から先が吹っ飛んだかと思ったよ……。
ワイヤーの練習をしていると、アンジェリカさんがこちらへ顔を出した。
「人が働いてるときに呑気なものね」
どうやら僕が遊んでるように見えたらしい。
たしかにちょっと楽しくなってきたとこだった。
「ちゃ、ちゃんと帝都の様子も見てますよ。そちらはもう終わったんですか?」
「まぁひと段落はついたわね。あまり物が残ってないから楽だったわ」
となると気になるのはこれからのことだ。
はたして帝都に攻め込むつもりなのだろうか。
「それで……帝都はどうするつもりです?」
戦争だから仕方ないのかもしれないけど、あまり民間人を巻き込みたくはない。
「そうねぇ……いっそのこと向こうから攻めてきてくれたら、悩まなくていいんだけどね」
そう言ってアンジェリカさんは都市内へと視線を向ける。
「要塞都市がこの様子じゃ、取返しには来ないでしょ。かといって帝都に引きこもられてもねぇ……あそこにはまだ民間人が多いようだし」
どうやらアンジェリカさんも同じ考えだったようだ。
ここで民間人の血が多く流れるようなら、ここまでに得た支持を失う可能性だってありえる。
「そうなると、こっそり内部に侵入する……とかですか?」
僕の言葉に、アンジェリカさんは笑顔を向けた。
「あら、行ってくれるの? 助かるわぁ。半端な戦力じゃ送り込んでも不安なだけだし、あなたなら適任よねぇ」
勝手に適任扱いされた。
僕はすごく不安なんですが……。
「ふむ、帝都の内情はわからんが、実質的な支配者を落とせば勝ちなのだろう?」
リズはやる気だった。
「さすがお姉さま、そういうことです」
「ほな、ウチは留守番やな」
……閃いた!
「なるほど、じゃあ僕も公女らしく吉報を待――――
ガシッとアンジェリカさんに肩を掴まれる。
「呪術に対抗できる人が行かないでどうするの?」
優しい口調なのに目は笑っていない。
「じょ、冗談っすよ……」
こうして、明日の予定は帝都スパイミッションに決定した……。
◇ ◇ ◇ ◇
帝都へは、僕、リズ、シルフィ、アゲハさんの4人で侵入することが決定した。
帝都内には協力者もいるそうなので、その者と協力して帝都中枢を調査することになる。
なのでできるだけこっそり侵入するのはわかるのだが……
「ひどい臭い……」
結果、帝都の下水を通ることになった。
帝国で下水があるのは帝都だけらしいが、公国中央都市の下水と違って衛生管理が行き届いていない。
浄化が目的ではなく、ただ汚水を垂れ流してるだけだ。
「できるだけ呪術の気配から遠い道を選んだ結果なのですが……」
アゲハさんは申し訳なさそうにそう答える。
他にも裏口や商人に紛れて、という手段もあるにはあったのだが、アゲハさん曰くそこには何かしらの備えがしてあったらしい。
つまり罠が張り巡らせてあったわけだ。
「下水にだけ罠を張ってないというのも、それはそれで誘導されてる気がしますね」
考えすぎかな? と思ったが、僕の心配もあながち間違いではなかったようだ。
「実際それらしい痕跡もあります。回避した結果どんどん環境が悪くなっていってますが……」
よりひどい道を選んでるように思えたのはそのせいか。
しばらく進むと、ようやく下水から帝都内へ出ることができたのだが、そこもあまり良い環境とは言えなかった。
都と呼ぶにはあまりにも荒れ果てている……ホントに帝都内に出たのだろうか。
「ここは……スラム街か」
リズの言葉で、この場所がそういう場所なんだとはっきりした。
どんな街にも寂れた場所はあるが、都は貧富の差が顕著らしい。
「これはひどい……」
シルフィは周囲を見回し、眉をひそめる。
その声には悲しみよりも、怒気の方が勝っているような気がした。
なんとかしてあげたいけど、ここでは僕らの身なりは目立ってしまうようだ。
「ともかく、協力者と合流しましょうか」
協力者は、とある雑貨店で都の情報を集めているらしい。
位置的にもここと違い、スラム街ではないようだ。
スラム街を抜け、都の中心付近を目指し足を進める。
時折人とすれ違うが、あまり活気があるようには見えない。
しかし中心に近づくにつれ、建物自体は立派なものが増えて行った。
この辺はさすが都ということなのか。
「印象としては、交易都市に似てるかな」
本来はもっと活気があり華やかな街なのだろう。
はたしてこんな状況の雑貨店で情報なんて集まるのか?
「ん、ここじゃないか?」
リズはとある建物の前で足を止めた。
視線の先にはたしかにそれらしき店があるが、繁盛してる様子はない。
しかし店自体は小綺麗にしてるようだった。
さて、協力者の特徴だが……。
「会えばわかるってどういうことだろ」
アンジェリカさんにはそう言われていた。
僕らの知り合いなのか……?
「……ごめんください」
そっと扉を開き中を覗くと、店の奥から声が聞こえてきた。
「はいはーい、久々のお客さんですぅ」
この間延びした声……聞き覚えがある。
「おやおやぁ、お久しぶりですねぇ」
店の奥から顔を出したのは、ビビリなくせに危機意識の低いチロルさんだった。
「すいません、間違えました」
僕はそっと扉を閉めた。
これはさすがになんかの間違いだよ。
引き返そうとすると、チロルさんは不機嫌そうに扉から顔を出した。
「ちょっとぉ、あまり目立つのはよくないですよぉ? なんで中に入らないんですかぁ」
もしかしなくてもチロルさんが協力者なのか……厄介者の間違いでは?