「これ以上は無理か……」
光の槍を放つと、力の行使に限界がきたのか、体の主導権が戻ってきた。
だが、直後脱力感が襲い、ゆっくりと地上へ向けて降下する。
『すまなんだ、迷惑をかけたな。この借りはいずれ返そう……』
頭に直接語り掛ける声が、最後にそう言って消えていった。
せめて名前ぐらい名乗っていってほしかったよ……。
それに……ここで僕に返すのは無責任じゃない?
これの責任をとってよ……
地上へ目を向けると、皆の注目はこちらに集まっている。
それはそうだろうな。
僕がやったわけじゃないけど、傍から見たら僕がやったようにしか見えない。
一体どう説明したものか……。
誰かに体乗っ取られてました、なんて言ったら正気を疑われかねん。
そしてさらに、場は混乱する。
あれやこれやと悩みながら降下していると、フランス人形のような格好をした女の子が泣き喚きだした。
皆の視線が、着地した僕へ……そしてまた女の子のほうへ、そしてまた僕へ……。
(なにこれ……すげぇ気まずいんだけど)
降りる場所間違ったかな。
なんとか女の子をなだめようとするアルベルトに確認してみるが……
「邪神将たちは撤退したようだけど……この子もその仲間? だったみたいで……」
聞いたら疑問形で返ってきた。
場が混乱してるわけだ。
こんな小さい子が邪神将の……?
誰がそんなことを信じられるだろうか。
実はドワーフで、見た目より歳いってるとかなら分からないでもないけど。
「ぅ…うぅ……ぐすっ」
長い栗毛で顔の目元がほとんど隠れているが……10歳前後かなぁ?
とにかく泣き止んでくれないと、どうにもなりそうにない。
僕はポーチからあるものを取り出す。
「てててってってて~、果物たっぷりフルーツカスタードパイ~」
これは農業区のオープンテラスで買っておいたものになる。
僕とリズさんの二人分しかないので、シルフィさんが一緒だと出し辛かったのだ。
これを食べれば誰もが笑顔に、と思ったのだが……。
小さい子に合わせたつもりが、若干周囲の視線が痛い。
それは女の子も同じで、「は?」って顔でこちらを見ている。
……普通に出せば良かった。
女の子は差し出されたパイを受け取り、まじまじと見ている。
「……?」
見たことないのだろうか、食べ物として認識しているのかすら怪しく思える。
(こ、これは仕方ないよね、不可抗力だよ)
そう自分に言い聞かせ、僕はもう一つ同じパイを取り出す。
そしてそれを一口、食べて見せた。
サクっとした生地はバターの香りを漂わせ、バニラビーンズで香りづけされたカスタードクリームは、強烈な甘さで味覚を支配していく。
だが噛み締める度に、フルーツの酸味と優しい甘みが味覚を中和する。
フルーツ達の食感は全てバラバラだが、その役割は皆同じ方を向いている。
競うのではなく……そう、互いの個性を尊重し合っているのだ。
そして個性の主張は、口に運ぶ度に新鮮な違いを見せる。
「アメージング……」
一口……また一口と――――
あぁ、止めらんねぇよ……。
自分でも驚くぐらい、一気に食べきってしまった。
物足りなさを感じる……。
チラっと少女のほうを見ると、恐る恐る一口……小さな口で頬張った。
――途端、目を輝かせて、自然と二口目を頬張る。
もはや……そこに涙はなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
「エル、無事……なんだよな?」
リズさんも合流し、お互いの状況を確認する。
なんともない、とはお腹を刺されたことだろうか。
「今は何ともないですね」
刺された部分を擦ってみる。
痛みどころか痕すら残ってなさそうだ。
「良かった……いつも通りのエルだな」
ホッとしたのか、リズさんは優しく微笑んだ。
いつも通りとはどういうことだろう……。
そして、視線は僕の背後の存在へと移る。
「それで、その子は一体……」
背後で僕の裾をつまんでいる少女は、リズさんをチラッと見て隠れてしまった。
スイーツで餌付けした女の子です……などと言おうものなら事案発生だよ。
ここは正直言うべきだろう。
「本人は邪神将の一人だと名乗ってるみたいなんですけどね……」
名はミンファ、9歳らしい。
それ以上のことはまだ聞き出せていない。
「こんな小さい子が? 冗談だろう?」
誰もがリズさんと同じ反応だった。
だがこの子のことを知る者が、難民たちの中に誰もいないという事実もある。
「ミーちゃん小さくないもん! としそーおーだもん!」
ミンファは頬を膨らませた。
難しい言葉を知ってるね、偉い偉いと撫でて上げたいところだ。
でもね、歳相応だから戸惑ってんだよね。
それに、このままここにいても仕方がない上に、状況がそれを許してくれない。
アルベルトは邪神将の言葉を思い出し、すぐに難民を引き連れ公国に戻る判断をした。
「公国は今頃大パニック……と言ってたな。実際やつらはこちらの足止めが目的だったようだし、急いで戻ったほうがいいだろう」
アルベルトの判断に異議のある者はいない。
ただあるとしたら、ひょっとしてこの子は……
「拘束したほうがいいのかもしれないけど、現状敵意はないようだし……その子の扱いはキミに任せるよ」
お守りを任されてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
公国に戻る馬車の中で、御者をしているシルフィさんの視線がチラチラとこちらを向いていた。
増えた同乗者であるミンファを見るならわかるけど、なぜか見られてるのは僕だ。
見てるというよりは観察されてる感じがする。
理由があるとしたら……すげー心当たりあるんだよなぁ。
こそっとポーチからあるものを取り出す。
それはバラバラに砕けた女神像……シルフィさんにもらったものだ。
なんで砕けちゃったのかは知らないけど、司祭の勘みたいなものでわかるのだろうか。
『女神像をこんな姿に……? この背教者をいかがいたしましょう創造神様。処す? 処す?』
脳内のシルフィさんはすごく物騒なことを言っていた。
いやいや、まさかそんな……ねぇ?
そう思い、チラッとこちらもシルフィさんのほうを見ると、何やらマジックバッグから分厚い本を取り出し、調べものをし始めた。
……処刑法とかじゃないよね?
そして、ミンファは現状静かに馬車に乗っているが、それには理由があった。
「どうした? ……エルも食べるか?」
リズさんが、干し芋をミンファと一緒にちまちま食べていた。
食感が楽しいのか、小さい子がちょっとずつ口に含む姿は小動物を彷彿とさせる。
ひょっとしてリズさんも餌付けを……?
だとしたら干し芋という選択が渋い。
でも止まらない味わいがそこにはある。
僕も混ざり、ミンファを挟むような形で3人ちまちま干し芋を食す。
少しは距離感も縮んできたのかな。
聞きたいことは多い、でもまた泣かれたら困るからね、ここは遠回りに聞いてみなければならない。
そこでリズさんと目が合う、どうやら同じ考えのようだ。
ならば見せよう、前世も合わせて50歳越えの人生経験豊富な話術を――!
「ミンファはどうして難民の中に紛れてたの?」
僕のその問いかけに、ミンファはビクッと反応する。
そしてリズさんはジロッとこちらを睨む。
……どうやら聞き方を間違えたらしい。
気まずい静寂が訪れる……。
だがそこへ、ボソリと小さな声で言葉を発したのは、ミンファだった。
「……怒らない?」
目元が髪でほとんど隠れてしまっているが、申し訳なさそうな上目遣いであることはわかる。
「怒ったりなんかしないよ」
できるだけ優しい笑顔でそう答えた。
でもね、こんな口約束、大人は簡単に破ってしまうんだ。
僕はそうならないように気を付けるよ。
「あのね……ミーちゃんは戦えないから、隠れてペットだけ作ってればいいって言われたの」
ミーちゃん……はミンファのことか。
しかしペットというのは……。
「ペットを……作る?」
愛玩動物なんてあの場にいただろうか。
疑問に思っていると、ミンファが魔力を外に放出し始める。
それはあまりにも膨大な魔力だった。
「んとね、こんな感じ」
ミンファの指先がぐるぐると回ると、それに呼応するかのように、魔力は人の形となり――――
「お初にお目にかかります、上位悪魔のセバスニャンと申します」
猫耳の生えた老齢の男性となり、人の言葉を発し始め、あろうことかそれは上位悪魔だと名乗った。
「これはちょっと自我が強いけど、ミーちゃんのペットだよ。いっぱい作れるの」
どうやらあの無数の悪魔は、ミンファが魔力で生み出したものだったらしい……。