穏やかな春の日差しが、大きい窓から降り注ぐ。
温かで平和な食堂。
でも私にとっては、こんな平和は退屈でしかない。
私は九条陽月(くじょうひづき)。ローリエ学園の一年三組。
友達には隠しているが、私はミステリーが大好き。
だから、学園で事件でも起きてくれないかなーと思っている。
「そういえば陽月、知ってる?」
私に問いかけたのは私の唯一の友達、小渕詩乃(こぶちしの)。優しくて気配りができる、自慢の親友。
詩乃は耳が良く、良くない噂話なども耳に入ってしまう。そして、記憶力も良いため、一度聞いた人の名前は覚えてしまう。
だからか、詩乃は情報屋だ。
「なに?」
私はぼーっと見ていた外から、詩乃に目線を変える。
「二年生で噂になってる、ラブレター事件のはなし!」
「ラブレター事件?」
詩乃がいなければ噂に疎い私は、初耳だ。
「そう!二年七組で起こったんだけど、授業中に女子の先輩に男子の先輩からのラブレターが回ってきたんだよ!」
詩乃は興奮気味に少し早口で話す。
「でも男子の先輩は書いたことを否定してて、誰が書いたとかは謎なんだよねー。」
「そう。」
興味なさそうに冷たく言う。
でも実際は…
え、書いた人分かんないとか燃えるんだけど!謎解きてぇー!
詩乃よりも興奮状態だ。
でもそれを表には出さない。キャラじゃないから。
「よし、食べ終わったー!」
詩乃は勢いよく立ち上がる。
詩乃が食べ終わるのを待っていた私も、続いて勢いよく立ち上がったけど、椅子に足をぶつけてしまった。
浮かれすぎた、普通に痛い。
でも声に出さなかった私、ナイス✩
今日もクールな九条陽月だからね。
「付き合ってるんだろー!認めろよー!」
「だから!そういうのじゃないって!」
食堂を出てすぐの廊下に甲高い声が響き渡る。
「なんだろう?」
心配している瑠璃の声がかき消されるほどだ。
廊下で騒いでいるのは、ポニーテールの女子とその女子を囲む男子達だ。
上履きの色は、赤。制服的にも中等部の2年生だろう。
ローリエ学園は学年ごとに上履きの色が決まってる。今年の二年生は赤だ。
制服は、中等部はリボンが青、ボタンが銀。高等部はリボンが赤、ボタンが金で、見分けることができる。
「あの女子の先輩、陸上部でハードルしてる、期待の2年生だ。たしか、森本柚乃(もりもとゆずの)、だった気がする。」
私にだけ聞こえるような声で、詩乃が呟く。
「あの坊主の先輩は、野球部のエースの小柴凌(こしばりょう)だ。」
詩乃が知っているということは、全校集会で表彰でもされていたのだろう。
私は全校集会はこっそり寝ている。
寝るコツがあるのだ、コツが。
寝るのを隠そうと思って、下を向いてはだめ。堂々とステージを見ているように寝ているけど、バレたことがない。
言われたことがないだけで、バレてるかもしれないけど。
翌日。
「ちょっと聞いてよ!」
朝、教室で読書をしていた私は、詩乃の大声で本から顔を上げた。
せっかく今流行りの丁寧な暮らしをしてたのに。
すると、焦った顔をした詩乃が私の机に手をついていた。
「どうしたの?朝からそんなに大声出して。」
「ラブレター事件のことなんだけどね。」
大声を出した詩乃は教室中で注目されていることに気づき、私の耳元で喋る。
ラブレター事件のことだったら、大歓迎だ。
「ラブレター事件で手紙が回ってきた女子は森本先輩で、書いたことを否定している男子は小柴先輩だったんだよ!昨日の集まりはラブレター事件のことだと思う。」
「なるほどね。」
なんで小柴先輩が書いたことを否定しているのか、謎の解きどころだなー。
「やば!あと五分しかない!」
朝読書の時間まであと五分。詩乃は急いで自分の机に向かった。
「なんの話してたの?」
そう言いながら現れたのは、前の席の向日一葵(むかいいつき)。
冷たい言い方しかできない私に、話しかけてくる珍しい人。
ただ、その内容はからかうことが目的なので、誰でもいいんだと思う。たまたま後ろの席になったから、それだけの関係。
「別に。向日には関係ない。」
私にとってはうざいだけなので、いつも冷たく突き放す。だけど、
「えー。ラブレターとか聞こえたんどけど。恋バナじゃないの〜?」
それは向日には通用しない。
「そうだけど。」
まぁ、あれも恋バナの一種だろう。
「なに?九条って好きな人とかいるの?」
ニヤニヤしながら向日が聞く。
「いるわけないでしょ。私の話じゃないし。」
実際、私は恋をしたことがないし、よく分からない。
興味もないが、ラブレター事件は謎を解きたいから恋バナ?をしていただけだ。
「え!じゃ、じゃあ小渕さんのはなし…とか?」
からかうためじゃないっぽい話し方だ。
え…?ということは…?
「向日って詩乃のこと好きなの?」
すると、耳が少し赤かっただけの向日の顔が、一気に茜色に染まった。
「な、ち、ちが!」
この反応は恋しているのだろう。恋愛に疎い私でも分かる。
「へ〜。そうだったんだ〜。」
顔が思わずニヤけてしまう。
恋バナにニヤけている、というより向日の弱点を見つけられて嬉しいからだけど。
「なに?いつから好きなの?」
全然気づかなかった。分かりやすそうなのに。あ、私が鈍感なだけ?
「夏休み明けの全校集会。」
向日は、遠い昔を見つめるように話し始めた。
「小渕さんが美術部のコンクールとかで表彰されてて、俺は関わりもなかったから、『あ、同じクラスの人だな。』くらいしか思ってなかったんだけど、ステージから降りたときに、涙を一粒だけ流したのが見えたんだ。」
私も詩乃が表彰されてるところはちゃんと見てたつもりだったけど、ちょっと目が悪いからだろうか、そこまでは分からなかった。
「『何でだろう?』って考えてみたらさ、同じ1年生がもっといい賞もらってたんだよ。」
それは私も覚えてる。でも詩乃は教室で、「悔しいなぁ」と笑いながら言っていた。
「ステージの上でも、教室に戻って九条の前でも笑っていた。心配されたくないだろうな。泣きたくてたまらないはずなのに。それに気づいたとき、『好きだなぁ。』って思った。」
そのときを思い出したのか、頬をすこし赤く染める。
「じゃ、この話はおしまいだから!ぜっーーたい小渕さんには言うなよ!」
「はいはい。」
いつもなら、必死すぎて笑えてくるだろう。でもこの話を聞いたあとだと、応援したくなる。
今思えば、向日は詩乃のことだけ、小渕さん、とさん付けしている。
話したことがないのもあると思うけど、好きだからなのかな。
「詩乃を好きだから、私と仲良くしてたのか。」
あ、やば。
つい、口に出して呟いてしまっていた。
「そんなことないけど。」
私の独り言が聞こえたのか、向日は後ろを振り返りながら言う。
「九条は言い方はきついけど、本心はそんなことないでしょ。小渕さんが仲良くしてるんだし、悪い人なわけないって話しかけてみたら、普通に話すの楽しいし。勘違いしてんじゃねぇ!」
そう言って、前を向いた。
あぁ、いい人だな。
人を周りの目で判断しない。
この人になら、詩乃の彼氏としてふさわしいかもしれない。
あれ?私何目線で向日のこと見てんだ?詩乃の親?
「ごめん、私今日委員会だった!」
4時間目のチャイムが鳴ると、詩乃は私に謝りながら急いで教室を出ていった。
詩乃は、図書委員会で書記をしている。急ぎの集まりかな?
詩乃といつもお弁当を食べてるけど、詩乃と向日以外私は友達がいない。
じゃあ、裏庭行くか。
裏庭は、体育館裏に一つベンチがあるちょっとしたスポット。
入学したての頃に、一人になれる場所を探して見つけた場所だ。
今も、詩乃がいないときにたまに行くほど、気にいっている。
体育館裏にベンチがあるなんて知っている人は少なく、全くと言えるほど人が来ない。
告白スポットとして使われがちな体育館裏だが、日陰すぎて寒く、雰囲気が全く出ないのだ。
昼ご飯を食べてるときに、一度だけ告白している男女を見たことがある。そのときは、50メートル10秒の足で全力で逃げたっけ。
そんなことを考えていると、裏庭に着いた。
周りをキョロキョロ確認する。よし、誰もいないな。
持ってきた弁当箱を開けて、お弁当を食べ始めた。
私のお弁当は、三つ上の姉さんが作ってくれている。
姉さんは忙しい両親に変わっておばあちゃんに育てられたおばあちゃんっ子で、中学二年生の秋まではおばあちゃんに作ってもらっていた。でも、姉さんが中学二年生のときに亡くなってしまい、その頃からおばあちゃんが残したレシピを見て自分で作るようになった。
今ではすっかり料理上手で、二人分を作れる余裕待て生まれている。
今日も美味しいなー。
ご飯を食べ終わった私は、教室に帰ろうと曲がり角を曲がった。
そのとき、
「桂のことが……ずっと好きだったの!」
え、告白?陽キャ?やばいやばいやばい。
突然すぎることに驚き、固まってしまった。
告白中の二人にも見える位置だ。
でも、私の存在には気づくことなく、告白は続いていく。
「えっ!いつから…?」
「一年生のときから、ずっと……」
告白しているのは三年生の女子、されているのは同じく三年生男子だ。
同じくって人生で使いそうで使わない言葉トップに入ると思う。
こんなこと考えてる場合じゃない。
でも、この人たち私のこと見えてない?こんなジロジロ観察しても気づかれないんだけど。
でもどうしよう。告白が終わってからこっそり帰るか?
今動いてしまったら、足音で気づかれそうだ。
陽キャの告白には興味がないけど、私のせいで雰囲気が消えたらさすがに申し訳ないと思う。
まぁ、私がいる時点で雰囲気もなにもとっくに消えてると思うけど。
「ごめん。」
あ、断られちゃった。私は絶対関係ないからな?
「僕、この子と付き合ってるから。」
そう言って、後ろにいた私の肩に手を回した。
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