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――― 本当ならこの聖杯戦争に『裁定者』が呼ばれる事は有り得ない。
『裁定者』が召喚されるには、聖杯戦争の破綻。又は、聖杯戦争によって世界に歪みが生じる。 世の均衡を破壊し、人類に大きな悪影響を及ぼす場合のみ。
だが、勿論例外も存在する。
聖杯に対して「世界の崩壊を招く」願いは絶対に許容せず、聖杯戦争によって世界の崩壊が理論的に成立すると見做された時点で『裁定者』は召喚される。
即ち、此度の聖杯戦争の参加者にその様な願いを抱く魔術師が居ると言う事。
この聖杯戦争は『事実』、正しい歴史に則った英霊同士の戦争。
しかし、 聖杯戦争はいつしか逆転し『虚構』として、嘘偽りで塗り固められた、歴史に残ることの無い御伽噺へと変貌する。
――― 故に、逆転した聖杯戦争のルールは一新される。
この聖杯戦争はイレギュラーを拒み、正しい英霊とその魔術師が摘出され、陣営が完成する。それが『事実』。
そして、逆転した場合の聖杯戦争は “冬木の聖杯戦争” と全く違う、偽物の状態。
イレギュラーな存在や有り得ないはずの人物が介入出来る狂った『虚構』へと、 独自のルールに改変される。
「今はまだ正規ルール通りに聖杯戦争が進んでいる。『虚構』では無く、『事実』の状態という事だ」
逆転前に選ばれるのは、
―――『剣士』
―――『弓兵』
―――『槍兵』
―――『騎兵』
―――『魔術師』
―――『暗殺者』
―――『狂戦士』
の七クラス、七騎のサーヴァントとそのマスターが聖杯戦争に参加出来る。そして、 今はこの七騎のみが鏡石市に召喚された事は周知の事実。
“冬木の聖杯戦争”―――『事実』の場合、『裁定者』と言うクラスは、基本となる七騎のサーヴァントに該当しない。
剣士・弓兵・槍兵を除く四騎士と入れ替わる形で召喚され、聖杯戦争を取り仕切る役割を果たす。
もし、四騎士と入れ替わらず、八騎目のサーヴァントとして現界したとすれば……、
「『裁定者』単独での召喚が確認された時が、逆転の合図だ。この戦争で勝つ為には”アーチャー”のマスターであるお前が勝利の鍵を握る必要がある、その鍵は『裁定者』が持っている。だから頼んだぞ、駿」
「…………はい、お父様」
扉が開く音と同時に、高齢の男が部屋から去る。薄暗く、凍りつく様に冷たい空間が一瞬にして消え、暖炉の火が再び灯る。
椅子に座る青年は大きな溜息を吐き出し、机に並べられた食器類をまとめて回収し始めた。
「………正直、聖杯戦争は乗り気じゃないな」
ポロッと口から零れ落ちた声に反応するかのように、部屋の隅から返事が返ってくる。
「――― 乗り気じゃないのは十分に分かってるし、俺もそれについて良く理解している」
「けど、聖杯戦争で願いを叶えるが為に闘い続けるサーヴァントの横で、そりゃちょっと控えて欲しいってもんだぜ、マスター」
「悪かったね、アーチャー。君が居るとは思わなかったんだ、わざとじゃないよ」
「………あのなぁマスター。俺はいつ以下なる時でもマスターの傍に居るってのを忘れないで欲しい。もしもの時に備えてな」
“アーチャー”の格好、黒く輝きを放つ巨大な甲冑。顔を覆う兜の奥で薄らと笑みが見える様な気がする。
「――― 他のマスターが僕を襲うと?」
「あぁ、マスターは見た目からして弱々しいのと、魔術師としての才能が皆無だからな。一人前の魔術師とやり合えば100%負ける。狙われる理由には十分すぎるだろ?」
「確かに、そうだね。僕の魔術は精々動けなくする程度だから、ちゃんとした魔術師相手だと効かないよね」
「だから、俺が居る。マスターを護る英霊となる、”アーチャー”のサーヴァントが」
「…………はは、随分とかっこいい事言うんだね」
「おいおいやめてくれよ、何だかちょっと恥ずかしくなってくるじゃねぇか」
そう一言残し、”アーチャー”の下半身が透けて行く。霊体化して青年について行く気なのだろう。
青年は椅子から立ち上がり、食器類を持って部屋から出る。カチャリカチャリと金属が触れ合 う音が廊下に響く。
「もし、八騎目のサーヴァントが “彼女” ならば………『裁定者』か、聖杯戦争を正しく導く聖職者の如き存在。捉え方次第では『聖杯戦争を促進する』人物という事」
「なら僕の願いである、これから未来永劫続く戦争の根絶と今回の聖杯戦争の終結の邪魔をする存在という事で間違いないだろう」
予想通り、”彼女”が召喚されていたら 。
生前の行いが良かろうと、民を思いやり、争いを無くそうと奮闘していようと。この聖杯戦争で僕の邪魔をするならば。
“アーチャー”の宝具を以て、沈めるしかない。
青年は足早に階段を下り、自室へと入って行く。それを霊体化で見ていた “アーチャー” がポツリと呟く。
「………マスター、そりゃ他のマスター達と同じ。『裁定者』を殺す事は聖杯戦争に関与するという事だぜ 」
誰にも聞こえない、姿の見えない英霊の声がそう言った。
“セイバー”・”バーサーカー”・”ランサー”の攻防開始から同刻。
「………お前は時計塔からの使者か?それとも、アインツベルンの関係者か?」
鏡石市内で一番栄えている場所、立ち並ぶビルの路地裏で二人のやり取りが聞こえる。片方は、怒りの声。もう片方は―――
「だ…ずげ……!!も”ぅ……”し”ま”……せ”ん”か”ら”!!」
助けを乞う声。
「答えろ、どっちなんだ?」
「が………ぁあ……」
「答える気が無いか……ならお前をここで殺す。私達の前に立ちはだかる事への罰と知れ」
「ば………罰…?!」
瀕死状態の男へと、一本のナイフが振り下ろされる。それは男を貫通せず、コンクリートの壁に音を立てて突き刺さった。
「あぁぁぁぁ……」
情けない声が響き、余りの恐怖心に瀕死の男性はその場で気絶してしまった。
ナイフを振り下ろした別の男はナイフを捨て、何も喋らず、ただただ倒れた男性を見つめ続けている。
「………直ぐに殺してしまえば良いものを。貴様も我も難儀な契約を結んだな、崇之よ。わざわざ下郎風情に嘘をついてまで不殺の契約を守るとは、な」
瀕死の男性の目の前で、ポケットに手を突っ込み佇んでいる金髪の男がそう言う。
「――― 貴方の場合は直ぐに相手を殺してしまうから、仕方なく契約したのですよ」
“キャスター”のマスターであり、ここ鏡石市に建つ唯一の公立高校『漱場高等学校』の教師。名を、哘 崇之。
魔術師としての才能は程々にあり、地脈を利用した魔術ならほんの少しだけ使える程度である。
「何せこの聖杯戦争はマスターとサーヴァントの戦い、聖杯戦争に関与していない、サーヴァントですらない一般人を殺す事は許されない」
「それに、この戦いは私の戦い。私の手で勝利を勝ち取らねばならないのです」
「………サーヴァントに全てを押し付けず、自身で状況を判断し、最善の行動を取る。尚且つ勝算のない無謀な行動を慎む」
「貴様の喉を抉り取った後の行動、即時に喉を治し、目先の利益より周囲の人間を護る為に契約を持ち出す」
「そこは気に入った。だが、崇之よ。この時代の、この地に生ける雑種共にそれ程の価値があると思うか?」
周囲の空気が張り詰め、”キャスター”の表情が一気に強ばる。
確かに、とある時代の都市を取り仕切っていた王である”キャスター”からすれば、今の世界の在り方を嫌うだろう。
現代の人間は、数ばかりが膨大となり、その全てに価値があるとは言えない有象無象。 昔の、それこそ古代に生きる人間と比べれば貧弱で愚かで傲慢。 彼はそう言いたいに違いない。
果たして、その思考は絶対に正しいのか 。………答えは分からないし、崇之も答えが出せる訳でもない。
それでも、
「価値なんてどうだっていいんです、私は私のしたい事をやる。それに伴う犠牲は出したくないだけですから」
「………………そうか、そう言えば貴様はそう言う人間だったな。貴様の答えはつまらぬが、その意思はよく伝わった 」
「ならば、少しは我も力を貸してやる。泣いて喜べ雑種、王直々の助力だ!! 」
“キャスター”が正式に、崇之のサーヴァントとして共に戦うと誓った。 それは崇之にとって大きな功績であり、勇気となる瞬間だった。
「――― それでだ、さっきからずっと気になってたのだが…………、どうやら我の財宝を狙う輩が動き始めた様だ」
視線の先、”キャスター”が振り返った先に広がる景色は立ち並ぶビルの裏側………では無く、その先の先。
栄えた地を超えた先にあるこじんまりとした協会の外。そこで、第六次聖杯戦争の火蓋が切って落とされた。
「他のマスター………、どの陣営か分かりますか?」
「………あぁ、我程では無いが凄まじい霊基を肌身で感じる。そうだな、”バーサー カー”と”ランサー”辺り、と言った所か」
“バーサーカー”を崇之はまだ一度も肉眼で視認しておらず、どのような力を持ち、どのような逸話を持つ英霊なのかが分からない。
それは”ランサー”に対しても同じことなのだが。
「…クフっ……フハハハハ!!………この聖杯戦争はどうやら我を楽しませてくれそうだ。 崇之よ、我は暫し此処であの闘いを視る。好きに行動する事を許す」
何を視たのかは分からない。だが、相当な程滑稽な争いをしていた事は、”キャスター”の笑い方からして分かる。
なら今は、王の機嫌を損ねる前に事を終わらせ、サーヴァント同士の闘いを見なければならない。
そう結論を出した崇之は”キャスター”に感謝を述べた後に、路地裏から抜け出す様に走り出した。薄暗く狭い場所では無く、明かりが多数灯る場所へ。
「冬木の聖杯戦争の時は随分とつまらぬ結末を迎えたが故に、………此度の聖杯戦争に期待しているぞ」
この時、この瞬間の”キャスター”はまだ勘づいていない。と言うより、どのマスターやサーヴァントも気付けない程の変化が、この鏡石市で起きていた。
――― 否、”キャスター”は既に全てを知っているのかもしれない。 それでも “キャスター”は何も言わず、暫くしてからその場を立ち去った。
たった一つの宝剣を残して。
「オッドバルド帝都から派遣された魔術師である『オーメン・ワトソン』の死亡が確認………か。中々見所があるヤツだと思ったが、死んでしまったのなら仕方が無い 」
「…………………。」
「それに協会で複数のサーヴァントが殺り合ってる、今ここで馬鹿共を一気に殺すのも良いが――― アイツが居る以上手が出せない」
「…………。」
「どうだ?貴様はアイツを……… エルライフィルアル・フォン・アインツベルンが気になるか? 」
「……………。」
「なにも喋らず……か。まぁ今はまだ我々が出る幕では無いと言う事だ。大人しく待機しておけ、一人で殺りに行くのは許さんぞ」
「…………アインツベルンめ、どうも扱いづらいサーヴァントを寄越しやがって。口数が少ないどころか全く喋らないじゃないか」
この聖杯戦争で唯一、全マスターの敵となる人物。 “アサシン”のマスター、廣田 來堂はワインの注がれたグラスを傾けて香りを楽しむ。
果たして、 そのワインは人間の血と肉を表しているのか。 真っ赤な液体が、照明の明かりを反射する。
これからの出来事の全てを映すかのように。